クラスの人気者
月城 澄は、自分が教室の中で数えられる存在ではないことを知っていた。
出欠を取るとき、名前は確かに呼ばれる。けれどそれ以外の場面で、澄の存在が話題に上ることはほとんどない。誰かの隣に座るわけでもなく、輪の中心に入るわけでもなく、ただ決まった席にいて、決まった時間に帰る。それだけだ。
それに慣れてしまえば、案外、楽だった。
朝の教室はいつも騒がしい。澄は鞄を机に掛け、静かに椅子に座る。誰かと挨拶を交わすこともなく、スマートフォンを見るでもなく、ただ始業前のざわめきを背中で聞いていた。
「ひかり、今日のやつどうする?」
その名前が聞こえると、自然と意識がそちらに向く。
白波ひかりは、教室の真ん中にいた。
誰かが話しかけ、誰かが笑い、誰かが肩に触れる。そのすべてを、ひかりは拒まない。特別に愛想がいいわけではないのに、不思議と人が集まる。澄から見て、ひかりは最初からそこにいる人だった。
___生まれ変わったら、あの人になりたい。
そう思うことは、もう珍しくなかった。
澄はひかりのことを、よく知っているわけではない。クラスメイトとして必要な会話を交わしたことも、ほとんどない。それでも、ひかりが笑うタイミングや、少し声が低くなる瞬間や、輪の中で自然に立ち位置を変える癖は、なぜか覚えていた。
自分とは、正反対だと思った。
昼休み、澄は一人でパンを食べる。誰かと一緒に食べないのは、特別な理由があるわけではない。ただ、そういう流れにならなかっただけだ。
少し離れた場所では、ひかりが数人に囲まれている。楽しそうな声が聞こえる。澄はそれを、羨ましいと思った。妬みではなく、ただの憧れとして。
___私も、ああなれたら。
そう思うたびに、同時に分かってしまう。
自分には無理だ、ということも。
放課後。
澄はすぐに帰る気になれず、教室に残っていた。夕方の光が机の列を斜めに照らして、昼とは違う静けさを作っている。
窓の外を眺めていると、背後で足音がした。
「月城さん、まだいたんだ」
振り返ると、白波ひかりが立っていた。
思っていたよりも近くて、澄は一瞬、言葉に詰まる。
「うん。ちょっと」
それだけ答えると、ひかりは軽く頷いた。
「そっ、か」
それ以上、会話は続かない。
ひかりは澄の隣の席に腰掛けることもなく、少し離れた机に鞄を置いた。沈黙が流れる。
気まずさは特になかった。
ただ、どう話しかければいいのか分からないまま、時間だけが過ぎていく。
「月城さんって、落ち着いてるよね」
唐突に言われて、澄は戸惑った。
褒め言葉なのか、ただの感想なのか、判断がつかない。
「そう、なのかな」
「うん。なんか、静かで」
ひかりはそれだけ言って、笑った。
澄はその笑顔を見て、やっぱりこの人は違うと思った。
自分にはないものを、当たり前に持っている人。
誰かと自然にいられる人。
「じゃあ、先行くね」
ひかりはそう言って、教室を出ていった。
残された澄は、しばらくその背中を見つめていた。
生まれ変わったら、白波ひかりになりたい。
その気持ちは、この距離でも、はっきりと残っていた。




