表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

1.勇者の接待、あるいは家畜の矜持③

少し長めです!これで1話は完結になります。


 魔王の首を撥ねたあの日から、俺──近藤の生活は、現実世界では想像もできないほどの狂瀾きょうらんの中にあった。


 「勇者様、祝杯の用意ができておりますわ」


 「近藤様、今夜は私の部屋へ……いいえ、私たち全員でお供させてくださいませ」


 豪華絢爛な王宮の寝所。そこには銀髪のエルフであるリィンを筆頭に、勝気な女騎士、妖艶な魔族の姫、可憐な聖女といった、あらゆる属性の美女たちが俺を取り囲んでいた。


 現実の世界では、女性と目を合わせることすらおぼつかなかった俺が、今やこの世界の頂点に立ち、最高の「華」たちを思うがままにしている。

 リィンは俺の膝に横たわり、指先で俺の胸元を愛撫しながら、とろけるような声で囁く。


 「魔王を討ち果たし、世界を救った貴方様は、もはや神も同然……。この世界の女は皆、貴方様の種を宿すことを誉れと思っておりますのよ。さあ、今夜も私たちを……貴方の愛で満たしてください」


 彼女たちの視線は熱く、濃密で、一切の不純物がない純粋な愛に満ちていた。

 俺は彼女たちの滑らかな肌に触れ、その芳香に溺れながら、勝利の美酒を煽る。

 一人が俺の喉を潤し、一人が僕の足を揉み、一人が僕の耳元で愛を誓う。


 「ああ……最高だ。俺は、このために生まれてきたんだ!」


 俺は叫んだ。

 力、富、名声、そして献身的な女たち。

 かつて俺を「代わりがきく存在」と蔑んだ上司や同僚に見せてやりたい。これが、選ばれた人間だけが手にできる本物の「生」なのだ。




 ──だが。

 その完璧な充足感が、一瞬の綻びから崩れ去ることになる。






 深夜。

 重なり合って眠る美女たちの体温に当てられ、ふと喉の渇きを覚えて目が覚めた。


 隣で眠っているはずのリィンの姿がない。

 バルコニーで月光浴でもしているのかと思い、俺はふらつく足取りで寝室を出た。


 長い廊下を進み、王宮の奥まった一角にある「祈祷室」の前を通りかかった時だった。

 半開きになった扉の隙間から、青白い光が漏れている。


 「……? リィンか?」


 声をかけようとして、言葉が凍りついた。

 中にいたのはリィンだった。


 けれど、俺が知っているあの慈愛に満ちた彼女ではなかった。

 彼女は虚空に浮かぶ幾つかの光る板(モニター)を前にし、感情の欠片もない無機質な声で独り言のように報告を行っていた。


 『──ターゲット・コンドウ。幸福指数、目標値の120%に到達。魔王討伐イベントによる自己肯定感の増幅、成功。ハーレム・オプションによるドーパミン分泌量、安定。これより、フェーズ12へ移行します』


 モニターには俺の睡眠時の脳波や心拍数、そして「快楽度」を示すグラフが刻一刻と表示されている。


 『プラン変更を申請。コンドウの依存度が予想より高いため、明日の「魔王軍残党による復讐イベント」におけるリィンの死亡演出は中止します。はい。彼の満足度を最大化するため、リィンは「永遠の処女」設定を維持しつつ、献身度をさらに5%引き上げます』


 「……リィン、何を……」


 俺の震える声に、彼女がゆっくりと振り返った。

その瞳に、俺への愛は微塵もなかった。そこにあるのは、精巧な義眼のような、ただの硝子玉の冷たさ。


 「おはようございます、コンドウ様。睡眠時間が予定より12分早いですが、何かシステムに不具合でも?」


 彼女は、先ほどまで俺の胸で甘えていたのと同じ顔で、まるで壊れた機械のように小首を傾げた。


 「システム……?不具合……?何を言ってるんだ。君の俺への愛は、あの言葉は、全部……!」


 「愛、ですか。それはコンドウ様が最も好まれるワードとして昨日24回、本日32回、スクリプト通りに出力いたしましたが。何か、出力形式にご不満が?」


 リィンは淡々と告げた。


 周囲にいた他の美女たちも、暗闇から音もなく現れる。彼女たちは皆、同じ無表情で、同じ角度で首を傾げていた。


 「嘘だ……そんなはずはない!全部、全部本物だったはずだ!リィン、君だってあんなに……!」


 俺は裏切られた衝撃と、吐き気のような嫌悪感に突き動かされ、叫んでいた。


 目の前にいるのは、愛する女性ではない。


 俺を太らせ、満足させるために配置された、冷徹な「飼育員」だ。


 「やめろ……もういい! こんなの、全部、全部()()じゃないか!」


 口にした瞬間。

 世界のすべてが、不快な電子音と共に停止した。






 「──チェックメイトですね、近藤様」





 凍りついた世界。

 リィンも、他の美女たちも、王宮の豪華な調度品さえもが色褪せた古い写真のように静止している。

 その静寂を割って、聞き慣れた足音が響いた。


 闇の底から漆黒のマントを翻して歩み寄ってくるのはレクター・カーヴェ。

 彼は相変わらず両の目を閉じたまま、絶望に震える近藤の前で優雅に一礼した。


 「な、なんだよこれ……説明しろレクター!リィンは、あいつらは何なんだ!俺の人生は何だったんだ!」


 近藤はまるで縋り付くようにレクターの胸ぐらを掴もうとした。しかし、その手は虚空を掴んだかのように、レクターの体をすり抜けてしまう。


 「説明も何も、最初に申し上げたはずですよ。ここは完璧な世界(ハイ・ワールド)──つまり、お客様が最も幸福を感じるように設計された、クローズドな演劇空間です。」

 「リィンたちは、あなたという主役を輝かせるための、優秀なキャストに過ぎません」


 「演劇…?キャスト…?ふざけるな!俺は、俺は本物の人生を生きていたはずだ!」


 「本物、ですか。……近藤様、現実のあなたを思い出してください。上司に罵倒され、後輩のミスを押し付けられ、誰にも見向かれず、暗いホームで死を夢想していた男。」

 「ええ…()()()()()()です。そして、その本物を捨てたいと願ったのは、他ならぬあなた自身ではありませんか」


 レクターの声には怒りも嘲笑もなかった。ただ、事実だけを淡々と、残酷なほど正確に突きつけてくる。


 「あなたは、私から幸せを『買い取った』のです。しかし…残念ながら契約違反です」


 レクターが細長い指をパチンと鳴らす。

 その瞬間、近藤の指先がデジタルなノイズと共に青白い光の粒子へと崩れ始めた。


 「な…体が、消える……?」

 「待て、やめてくれ!悪かった、今の言葉は取り消す!偽物でもいい、あいつらと一緒にいさせてくれ!リィン!リィン!!」


 近藤は動かないリィンの足元に縋り付こうとした。だが、彼女の体はもはやただのハリボテのように無機質で、その瞳は近藤を映すことさえしていない。


 「返品も、取り消しも受け付けておりません。……ルールを破ったパーツは、システムの安定のために再構成(リサイクル)される。それがこの世界の(ことわり)です」


 レクターは近藤の絶叫をBGMに、手元の漆黒のカタログをパラリと捲った。


 「ご安心ください。あなたの存在は無駄にはなりません。あなたの恐怖、絶望、そしてこの体験で得られた膨大なデータは次の『お客様』が楽しむための、新しい世界の苗床──」

 「例えば、そうですね。名もなき兵士A、あるいは道端に転がる石碑として、永劫にこの楽園を支える礎となっていただくのですから」


 「やめろ…嫌だ、消えたくない!俺は…俺は……ッ!!」


 光の粒子が近藤の喉を、顔を、そして意識を飲み込んでいく。

 最後に残ったのは、彼が現実世界で何度も味わった、あの「自分は誰の記憶にも残らない」という、虚無の如き寒さだけだった。


 完全に光が収まった後、そこには王宮も美女たちも、近藤の姿もなかった。

 ただどこまでも続く真っ白な無機質な空間に、レクターだけが立っている。


 「──お疲れ様でした、近藤様。いいデータが取れましたよ」


 レクターは満足げに微笑むと、再び指を鳴らした。

 すると、真っ白な空間に再び重厚なエレベーターの扉が現れる。


 扉が開いた先は、雨が降る現代の路地裏。

 そこには、新しい「お客様」──疲れ果てた表情で、スマートフォンを眺めている一人の女性が立っていた。

 レクターは漆黒のマントを整え、いつものように静かに、目を瞑ったまま歩み寄る。


 「お客様の幸福を、管理サーブいたしましょう」


 その背後、新たに構築され始めた世界の中。

 そこには、新しい勇者に「おめでとうございます」と声をかける近藤によく似た顔をした無名の兵士が、感情のない笑顔で立っていた。




    「ようこそ、完璧な世界へ」




 1.勇者の接待、あるいは家畜の矜持──完。




いかがでしたでしょうか?だいぶ拙い部分が有るかもしれないので、所々脱字などありましたら教えてください(汗)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ