ざまぁまで進まない私の悩み ~何事にも「限度」があるでしょうが!~
私は物語を読むことが大好きだ。
それは、私に様々な楽しみを与えてくれる。
特に、最近巷で流行っているという「ざまぁ系」が私の一番好きなジャンルだ。
私の国のような別の異世界で、虐げられていた主人公がイケメン貴族の庇護に入り、これまで主人公を虐げてきた人にやり返していく……その展開が私は大好きなのである!
私の名前はアミルーン・ナレオン。
エルテレル王国の、中級ほどの貴族の娘だ。
なぜ冒頭でこのような話をしたかというと、今、まさに「ざまぁ系」のような人生を歩み始めているからである。
まぁ……全てが順調、ってわけではないけど。
一旦、最後まで聞いて下さる?
私はつい1年ほど前から、ある人にいじめられていた。
その人とは、上級貴族であるフォーレット家の令嬢である、エナ・フォーレット様のことである。
エナ様はこの国の王様に恋心を抱いているらしく、どんな風の吹き回しかは知らないが、私が王様の寵愛を一心に受けていると勘違いしてしまったらしい。
そしてその嫉妬から、私は「田舎娘」だの、「王様の御前に出るな」だの言われ、終いにはドレスを数着ほどズタズタにされたり、根も葉もない噂を流されたりした。
苦しかった。
しかし、その胸の内には、別の高揚感があった。
これは、私が今読んでいるざまぁの展開と全く一緒なのではないか?
私は今、物語の世界のことを現実にしようとしているのではないか?
そう思うと、この苦しみなど安いものだった。
ざまぁがしたい。
私も物語になりたい。
その願望だけが、私をエナ様からのいじめから奮い立たせた。
そして半年ほど前のことである。
王様はエナ様が流した根も葉もない噂を信じ込み、私を辺境の地へと流した。
これはそろそろイケメンの囲い者になるチャーンス! と、その頃の私は喜んだ。
建前では絶望の顔をしたが、胸に渦巻く歓喜が私の口元を緩ませかけた。
あれを抑えるのは苦労したなぁ……
そして期待通り、私はその辺境の地にて独りで数週間ほど過ごした後、その辺り一帯を治めるイケメン貴族様の元に、侍女として働くことになった。
その貴族様の名前は、オルヘルド・ヴィデロ。
名前からして察しが付くが、逆らう者の命は保証されないと言われるほどの冷酷な性格の持ち主だ。
それは、同じ貴族たちの間で、「白銀の狼」という異名が出回っているほどである。
彼の一際目立つような高身長に、夜空の星のような銀色の髪、服を着ていても滲み出ている整いすぎている筋肉のオーラと、鋭い血の色にも似た赤い眼光を、辺境に飛ばされる前に舞踏会で初めて見た時、貴族ではなく騎士ではないかと疑ったものだ。
オルヘルド様——オルは、最初こそその異名に相応しく冷たかったが、少しもしないうちに私に契約結婚的な婚姻を迫ってきた。
私としては、これ以上なく嬉しいことだった。
あとは、彼のもとで力をつけて、エナ様を叩き落とすだけだ。
そう、思っていたのに。
……先程、私は全てが順調ってわけではないと言ったわね?
何が問題かって、夫のことなのだけれど……
……あ。
噂をすれば、私の耳にオルがこの部屋に向かってくる騒々しい足音が届いている。
先程まで記述をしていた手帳を隠し、ベッドに潜り込む。
その瞬間、バァンと大きな音を立てて扉を開け、オルが部屋の中に入ってきた。
「アーミィ! おはよう! 朝焼けの黄色が美しいねぇ。だが、君の髪の金髪に比べたら霞んで見えてしまうな。あぁ、君は何と罪な美貌を持っているのだ! 『白銀の狼』を虜にしてしまうほどの!」
オルが光のごとき速さで扉の前から私のベッドに入り込み、私の金髪を抱き締める。
まーた始まったよ。
そう、問題は、この夫のデレ具合にある。
物語の中で、冷徹な貴族が妻——虐げられる主人公——にだけデレる展開は私も大好きだが、この夫はレベルが違う。
例えば……
「ねぇ、アーミィ。昨日、私はアーミィと二人だけの時間を作ろうと、2日分の仕事を1日でやってのけたんだ! ねぇ褒めて? 撫でて? なんならキスしても……」
「はいはい、ありがとう、オル……あ」
物語の中では、貴族が主人公に、貴族の威厳を損ねない程度に甘い言葉を囁くことが常だ。
だけどこの夫は、恥という概念を谷底に捨ててきている。
集団の中でも一際目立ち、整った筋肉で銀髪で赤い瞳の出来上がった男が、幼い子供のように私にすり寄ってくる。
それだけならまだよかった。
一番困るのは、この人のせいでストーリーが停滞していることだ。
私がオルの妻になってすぐの日、最初の一歩として彼に世間話のようにざまぁ展開を切り出そうとしたことがあった。
「ねぇ、フォーレット家のご令嬢のエナ様のことなんだけど……」
「なぜ他の家の令嬢のことを話しているのだ? ……まさか、自分たちでも作りたいと……?」
(……あー、だめだこりゃ)
この人は、私が自分のこと以外の話をするのを極端に嫌がる傾向があるのだ。
そして……
「アーミィー? なぜそっぽを向くんだ?」
「起きようとしただけなのですが……」
少しでも私が動けば心配する、重度のかまってちゃんなのだ。
つまり、オルに頼んでざまぁ展開をしてもらうこともできない。
自分で何とかざまぁ展開に持っていくこともできない。
ストーリーとして「詰み状態」にあるのである。
だから、「物語になりたい」という私の願望もここ数ヶ月間、進展0なのである。
くそッ……!
この夫め、「白銀の狼」はどこに行ったんだよ!
普通、もっとこう、最初は冷たかったけど徐々にデレていくのが常じゃないの?
この人が冷たかったの最初だけだったし、契約結婚した途端これなんだよなぁ……これ契約結婚って言うのかな?
でもそれ以上に、オルのかまってちゃんを美貌で許しちゃうこの私の心が、ストーリーが進展しない最大の原因だ……!
くそッ……私の馬鹿!
私はベッドから離れ、身支度をしようと部屋を離れようとした。
しかし、ベッドの中で手首をオルに掴まれ、その動きは阻まれた。
「アーミィ? まだ朝も早いぞ? もう少し私の隣で寝ていてもいいのだぞ?」
かまってちゃんの夫の純粋な愛情表現。
それに私は苦笑いしながら正直に返した。
「ごめんなさい、オル。まさか今日に限って2人きりの時間を作ってくれるとは思っていなくて、数日前から侍女たちと女子会をする予定を今日の午前に入れちゃってて……」
「え……?」
オルの顔から血の気が引いて真っ青になっていくのが見て取れた。
あ、これヤバいやつだ。
予想通り、オルはベッドの中で私をきつく抱きしめ、私の耳が壊れるのも気にせず、大声で喚き始めた。
「やだ! 今日だけは! 今日だけでいいから、一日中一緒にいよう!? ね? なんでもしていいから! 火の中水の中、どこでも行くから、ね? 行かないでよおぉぉぉ!」
駄々をこねて……子供かよ……
耳がキンキンするし痛い。
私だって、早く黙ってくれるならそうしたいよ。
「でも約束ですから……あの、これ以上喚かないでもらえます? 耳ざ……侍女たちが驚いてこっちに来ちゃうかもしれないですよ? そしたらあなたの貴族の面目丸潰れですよ?」
「やだ! 女子会に行かないって約束してくれたらやめる!」
私の精一杯の抵抗の言葉も、オルの愛情の激情にかき消される。
……弱ったな。
私の胸に顔を埋めて泣く夫(←破廉恥の変態)の髪を撫でながら、仕方なく侍女たちを呼び、扉越しに女子会の延期をお願いした。
侍女たちは、扉の奥から聞こえてくる主人の泣き声から察したのか、二つ返事で了解してくれた。
「……延期にしてくれるらしいです」
そう伝えると、夫はさっきまでの情けない泣き顔から一転、花のような明るすぎる(けど相変わらず情けない)笑顔を見せ、さらにきつく抱きしめてきた。
(でも、『白銀の狼』と呼ばれるのにも理由があるんだよなぁ……)
数日後、私は屋敷の中をぽくぽくと歩いていた。
特に目的地などはない。
ただ暇を持て余しているだけだ。
ふと私の足が広場へとたどり着いた。
そこにはオルが居た。
しかし、その時のオルはいつもの激甘な夫ではなかった。
(わぁー、『白銀の狼』オンタイムだ)
そこに居たのは、一人の冷酷な貴族そのものだった。
彼は体に炎のオーラを纏わせ、それらを自在に操っていた。
魔法だ。攻撃魔法の技を磨いている最中なのだ。
その動きは貴族らしく、流麗で、美しい。
オルほどの魔法が使える人は、王国内でも数人しかいない。
しかも、騎士などならともかく、貴族身分で使える人はさらに少なくなるらしい。
私も魔法が使えないわけではないが、小さなけがを再生させたりするくらいの、派手とはいえないものばかりだ。
私がオルのその炎魔法に見入りかけた時、突然魔法を出すことをやめた。
「アーミィィー!」
オルが私の名を叫びながら、目で認識できないくらいの速さで私に抱き着いてきた。
私は反動で転びかけたが、後ろの壁がなんとか支えてくれた。
ちょっと! と声を上げようとしたが、肺がつぶれるくらいに抱き寄せられ、呼吸すらままならない。
かわりに、オルが早口言葉の如く話してきた。
「アーミィ! 来てくれたの!? そこまで私に会いたかったの!? 嬉しいなぁ! 夫としてこれ以上に嬉しいことは無いよ! 何してくれる? なんでもいいよ! 執務とか攻撃魔法の鍛錬とかもうクソくらえだ! 二人だけで、ね? 何しようか!?」
「……ぁ……」
色々な理由で「たまたま通りかかっただけです」なんて言えなくなり、そのままその日は夫と寝室でゴロゴロすることとなった。
それからさらに数日後のことだ。
書斎にて執務をしているオルと、謎に着いてこさせられている私のもとに、オルの執事から来客の情報があった。
その来客とは、なんと半年ぶりなエナ様であった。
執事の口から「フォーレット」という単語が出た瞬間、私の心臓ははちきれんばかりに高鳴った。
(キタ! 来たよこれ! やっとだ! やっとざまぁ展開まで持ってこれる! エナ様がこんな辺境の地に来たってことは、嘘の噂を流したことがバレて、助けを求めに来た……というところかしら? オルも動いてくれないし私も動けないから、詰み状態だと思っていたのに! 向こうが勝手に自滅してくれていたなんて! ああ……やっと夢が……! 長年の夢が叶……)
「追い返せ」
夫の口から漏れたその言葉は、「白銀の狼」の声そのものだった。
高鳴っていた私の心臓が、冷や水を浴びせられたようにひどく冷え切っていくのを感じた。
「……は?」
思わぬ返答に思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
まずは話を聞いて、その後二人で論破してざまぁするのがこれ系のお決まりの展開ではなかったのか?
「ちょ、ちょっとオル。まずは話くらい聞いてあげないと。せっかく王都から来てもらったのに失礼じゃない」
オルは私の反応に少しだけ頬を膨らませ、少しだけトーンを甘くして反論した。
「このような辺境の地に令嬢が直々に? 公的な用ではないだろう。執務以外は——いや、執務すらも、アーミィとの時間を削る悪因のひとつに過ぎない。なぜわざわざ愛しき我が妻との時間を他家の令嬢に割く必要がある? 今すぐ追い返せ」
さらっと「愛しき」というワードが出たこともそうなのだが、一番にその人への無関心さに驚いた。
この人は、世界を「アーミィ」か「アーミィとの時間を邪魔するもの」の二つに区分してしまっているんだ。
そして、「邪魔する者」は「排除対象」ということなのだろう。
だから、私が望んでいるざまぁ展開も、私との時間を割く「邪魔するもの」に区分されてしまっているんだ。
そうか、どうあがいてもざまぁできないわけだ……
納得しかけているのだが、やはり分からない。
いや、そもそも……
「オル。どうしてそんなに私に……私との時間を大切にしてくれるの?」
執事が去った後、「執着」という言葉が出そうになるのをぐっとこらえて、なるべく言葉を選んで訊いた。
オルは、この世界の理のような当たり前さでこの問いに返した。
「そりゃあ……アーミィだからだよ」
そうだ。そういう奴だった。
上の階に上がり、窓から正門の方を見下ろした。
ちょうど、エナ様が肩を落として帰っているところが見えた。
オルのせいで自分が考えたような展開にならなかったから肩を落としているのだろう。
皮肉だけど、私と同じだ。
……考えてみたら、人生なんてそんなもんだよね。
私、物語の世界と現実を混同させていた。
分からないのが人生の醍醐味なのに。
考えてみたら、なんてバカだったんだろう。
じゃあ、こういうことにしよう。
私は、アミルーン・ナレオン。
辺境の貴族様に盲目の愛で可愛がられている、自分の地位を安定させた女。
物語にも、「ざまぁ系」ではないけどそういう話はあるだろうし、「物語になりたい」って願望は叶っているってことにしよう。
よし、決めたっ!
後書き失礼します。
私自身、ざまぁ系の作品は全くと言っていいほど見たことないので、解釈の不一致等あったとしてもご容赦いただければ幸いです。
さらに、こちらの作品は、私が前投稿いたしました「転生悪女」の物語と世界線が一緒になっています。
そちらも読んでいただければ、さらにこの作品が面白く見えるかと思われます。
ぜひぜひそちらも読んでみてください!<(_ _)>




