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特別少女『地名美南』と青春怪盗高校生『化物幻奇』の死別回避を目指すグッドエンド  作者: ザ・ディル
弐章 怠惰人間『冥界猫と迷回病(トラブルメリーニャン)』

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参話 遊戯(ゲーム)には命を賭してでも勝つ


 ブルーライトが輝く密室空間から、白いきらめきが現れて部屋全体を照らして広がっていく。


 白のきらめきで視界が見えなかったものの、目が慣れていくと上空に飛ばされていたと理解できた。

 空に解き放れたようなステージに伴い、縛られていた鎖も解放されたようで僕に縛られていた鎖はなかった。上下に雲が見られ、地面を見ようとすると山々の木々によって阻まれるほどの高所だ。

 眼前には将棋盤。その奥に『冥界猫と迷回病(トラブルメリーニャン)』が背筋をピンとして正座に座っている。三又がゆらりと揺れる。

 周囲を見渡すと雲の上に大型ストップウォッチがあった。ジャンルが将棋であれば、これは持ち時間を示すのだろう。

 そして足元には座布団サイズの雲があった。将棋盤の足元にも雲があることから、雲を地面と見立てて空から落ちずにゲームができると理解できる。


「驚いたかにゃ?」


「ああ、すっごい空間を創り出せるんだな!」


 少女の特別はやはりすごいの一言だ。こんな青春だってあるべきだとは思っていたけど、普通の青春ではありえない。やはり『七怪奇』は特別だと怠惰人間『冥界猫と迷回病(トラブルメリーニャン)』見て確信できる。


「これで誰にも邪魔されず、『遊戯(ゲーム)』できるにゃ。さあ、先行後攻を決めるにゃ」


 猫耳少女は両の手に将棋の()を入れていた。先行後攻を決めるために行う手法――()(ごま)だ。

 本格的な先行後攻の決め方だが、僕は掌を向けて首を振る。


振り駒(そっち)で決めたほうがじゃんけんより特別感あっていいんだけど、今回は先行を譲るよ」


「……後手番でしか指せない戦法を使いたいのかにゃ?」


「……それは君の戦法次第だ。どうかな?」


 僕の問いかけに猫耳少女は目をつむって数秒ほど顎に人差し指を当てて悩んでいた。

 空色の猫目を開いて少女はにこりと笑う。


「その挑発、受け取ったにゃ。時間は一手十秒以内でどうにゃ?」


「最近はそういうルールがあるのか?」


「ネット対戦だとそこそこあるルールにゃ」


「そうか、じゃあそれでいい」


「快諾ありがとにゃ。それじゃあ始めるにゃ!」


 空に浮かんでいるストップウォッチのカウントが十秒となり、カウントダウン方式で時間が進む。

 猫耳少女は不敵に笑い、駒を持ち上げてパチンと指す。


「初手(ろく)(はち)銀っ……!?」


 衝撃的な一手。

 普通、飛車を有効に使うために飛車先の歩を一歩前に出すか角を有効に使うために右前にある歩を一歩前に出すのがセオリー。初手で銀を動かすなんて、僕の人生(﹅﹅﹅﹅)の記憶にはない。

 猫耳少女はデザートを目の前にしたような満面の笑みで八重歯を煌めかせる。


「にゃはは、初手(ろく)(はち)銀は初見かにゃー。さて、ゲンキはどうする?」


「…………」


 さて、どうしようか。後手番にした理由をそのまま実行に移そうとしていたがまさか初手から奇襲を打つとは想定外だ。

 だけどまあ、本来通り後手番にした理由をそのまま実行に移すべきだ。一手十秒と時間もないから作戦を下手に変えると相手の術中になるだろうけど、それ以上に作戦どおりやったほうが面白く、特別な思い出になるからな。


 僕はとある駒を動かした。その手を見て『冥界猫と迷回病(トラブルメリーニャン)』は空色の猫目を見開く。


「にゃにぃ……!?」


 後手(よん)()銀――初手(ろく)(はち)銀返し、猫耳少女とまったく同じ指し方をしたことになる。

 後手番を選んだのはこれだ。相手の土俵に上がりこんでいく。


「ボクと同じ戦法で()るにゃ?」


「そうだっ!」


 僕は胸に手を当て虚構の自信を眼前の猫耳少女に断言すると、猫目を細めて僕の瞳を見ていた。


「どうせなら君の本気を見たかったのに、君は自身の記憶を過小評価してるのかにゃ?」


「どういう意味でいっているんだ?」


「そのままの意味にゃ。知らない戦法なのに真似をするなんて愚の骨頂。『七七七拒否(アンラッキーセブン)』――自分の記憶がかかっているのに、本気になれないのかにゃ?」


「本気だよ。僕の打ち筋を見てけばわかる」


 そういつつ、僕たちはお互いに駒を動かしていく。

 嬉野流という新戦法は奇策だと思っていたが、互いの駒が交わっていくと単なる奇襲戦法ではなく理にかなった戦法なのだと納得させられた。

 結果として嬉野流という戦法に振り回され、『冥界猫と迷回病(トラブルメリーニャン)』に駒を何個か取られて少し劣勢気味になってしまう。


「やるね、『冥界猫と迷回病(トラブルメリーニャン)』」


「そっちもにゃ。初見の戦法でも大幅な劣勢にならないように考えられた受けをしてて、本気でやっているのはわかった。けどにゃ」


 猫耳少女の猫目が強く光り、オーラが宿ったように錯覚する。

 『冥界猫と迷回病(トラブルメリーニャン)』はパチリと駒を動かす。


「…………っ!」


 自身の大駒(飛車)切っ(捨て)てきた。大駒を相手に渡すリスクはでかいが、その分リターンは大きい盤面になりそうに見える。派手な立ち回りだが合理的だ。

 猫のようなしなやかな思考かつ大胆性を、この盤面で表現している。


「ボクの土俵に上がったのはやっぱり愚策にゃ。1VS1(ワンオンワン)の『遊戯(ゲーム)』において、相手の戦法に乗ることは敗北に直結する。当然のことにゃ」


 猫耳少女のいっていることは至極当然だ。相手のしたい作戦を封じて、自分のしたい作戦を通す。これが一番強い。

 だけど僕は相手の土俵には乗って、そのうえで勝ちたいという、そんな傲慢性を有しているのもまた事実だ。

 だからこそ、僕は今から相手の土俵に乗っているうえで、相手の思考を乱す一手を放つ。


「それでも面白いから本気で悪あがきをさせてもらう。この盤面で逆転できる一手だってある!」


「とち狂ったのかにゃ……!」


 僕も大駒(飛車)切っ(捨て)た。相手と少し違い合理性の少し欠ける大駒捨てかもしれないが、この勝負は一手十秒の持ち時間しかない。裏を返せば、時間が少ないことで負けかけている僕でも勝てる可能性が見えている。

 相手は真剣な眼差しで盤面を見ている。正常な判断は盤面を混沌(カオス)にすることで潰していく。


「……これで、どうにゃ」


「じゃあこう」


「にゃ!?」


 ノータイムで指し返す。さらに一見馬鹿な行為を取る指し方をする。だが実際にはこれも搦め手になりそうに見える盤面だ。

 持ち時間十秒の中で、これほど面倒なことはないだろう。本来は相手と自身の持ち時間のため二十秒弱は考えられるのに、ノータイムで指せば思考できる時間はその半分。そして受け方をミスればすぐに僕が優位に立てる。

 『冥界猫と迷回病(トラブルメリーニャン)』が正しい選択をしても、僕が正解の選択肢を膨大に増やせば正解の打ち方ができずにボロが出る。


「将棋の世界には最近”直感は七割正しい”という言葉があったよな? 君の直感は正しいかい?」


 追撃の盤外戦術。卑怯とはいわせない。相手がゲームのための会場を瞬時にセッティングしたんだ。感情による揺さぶりがずるだとかルール違反とはいわせない。

 先ほどまで余裕そうに会話していた『冥界猫と迷回病(トラブルメリーニャン)』が、じとりと汗を垂らしながら、猫目を盤面に向けていた。

 十秒近く時間を考えて、ギリギリで駒を動かす『冥界猫と迷回病(トラブルメリーニャン)』。

 パチンと一瞬にして指し、僕の手番から相手の手番にする。ほぼ直感だが、純粋な打ち筋ではなく混沌になる一手だ。相手側にはチェックメイト(詰み)までの道筋を踏んでいる可能性はある。ただし、相手が気づけばの話だ。


「大層なゲーム空間を用意しているが、きっと将棋を『賭博遊戯(シリアスゲーム)』でやった経験はないよね。だから特別性のある空での将棋でも、振り駒で先行後攻決めたりして君はワクワク楽しんだまま勝負に挑んだんだ。それが敗因になる原因だと知らずに――」


 眼前に二閃が煌めく。

 あまりの逸脱した少女の行為に、さすがの僕でも口がとまった。

 

 耳口からぼたりぼたりと落ちる血。

 『冥界猫と迷回病(トラブルメリーニャン)』は耳を切り落とした。

 少女は激痛で声を上げることもない。それどころか、神経が研ぎ澄まされた瞳で、八重歯をきらめかせていた。


迷い(トラブル)は去った。なら、あとはメリーさん(近づいて)メリーニャン(詰めて)メリーワン(詰ます)だけ」


 駒に真剣性が恐怖性が異常性が特別性が青春性が込められていた。

 その一手は疑いようもなく最適解であろう一手にしかえ見えなかった。

 僕は声を出すことも番外戦術することもなかった。否、できなかった。猫耳少女の異常な集中に、盤外戦術が戦術なんかではないと、悪だと勝手に思いされてしまう。

 僕はぺたりと駒を静かに動かした。

 パチン、ぺたり、パチン、ぺたり。将棋の駒の音が自信につながっているかのようだった。猫耳がなくなった少女は冷血にして熱血な視線を盤面に向け、驚異的な集中力を僕に浴びせていた。

 少女は盤面を凝視しながらも独りごちるように語る。


「ボクはワン(詰み)まで見えているにゃ。続ける?」


 パチンと駒を動かした少女。

 詰みまでは見えてないが大劣勢なのは確実な盤面になってしまった。そして耳を切った少女がここで嘘をつくなんてありえない。僕は手を挙げて、張り詰めていた空気を柔らかくするようにいう。


「僕の負け。『七七七拒否(アンラッキーセブン)』は渡すよ……って聞こえてないか」


「口の動きでわかってるにゃ。僕の勝ち……にゃぁ……」


 力なく指を鳴らすと先ほどの特別空間は消えて、ブルーライトが全方位にありそうな空間戻る。

 怠惰人間 『冥界猫と迷回病(トラブルメリーニャン)』がはじめて怠惰のようにその場にへたり込む。もっとも、全身からはどっとした汗が噴き出ている。だけど、それ以上に思ったのは耳のことだった。


「猫耳が生えた……?」


「……『賭博遊戯(シリアスゲーム)』の会場は、痛覚は現実と変わらないけど身体は戻ってくる……にゃ。死んだとしても死んだことと同じ痛みが来るだけ……」


 『冥界猫と迷回病(トラブルメリーニャン)』の話が本当なら痛みは耳を切り落とした痛みが継続中なのだろう。現に異常な痛みが体中を走っているのか、身軽な身体を苦しそうに地べたにくっつけたままで、身体をうずくまらせていた。


「声を荒げないのは立派だけど、耳に激痛が走ってるんだよな。今、治す」


 僕は怪盗道具箱『七七七拒否(アンラッキーセブン)』から少女を回復させる道具を取り出そうとするが、「いらない」と弱弱しく声をあげた。


「この痛みがあったうえでの勝ちにゃ。治すのは侮辱にゃ」


「そうか」


 たしかに『賭博遊戯(シリアスゲーム)』はまさしく真剣勝負。賭けをしたうえでのお互い忖度なしの緊張感あるゲーム。であれば少女の考えを優先しよう。


「約束どおり『七七七拒否(アンラッキーセブン)』はここに置く。だけど、一点だけ聞きたい」


 僕は一拍おいていう。


「ここにまた復讐(リベンジ)しに来る、もう一人連れてきてな。そのときはここに来たいと思えば行けるのか?」


「……そうにゃ」


 『冥界猫と迷回病(トラブルメリーニャン)』は弱弱しくこくりと頷いたが、不敵に笑っていた。

 僕はガチャリとドアノブを捻って扉から出て後ろを振り向くとそこにブルーライトの空間はなく、部室と戻っていた。

 僕はにやりとつぶやく。


「情報収集は重畳だ。さて、特別少女『地名美南』と一緒に復讐(リベンジ)してやるか」


 高校生の青春を怪盗する『化物幻奇』はそういった。

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