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第八話 呪鬼

「##····##?」


困惑した表情で叫ぶ青年の声はまるで水の中で聞いているようにくぐもってよく聞き取れない。


「殺ス!」


志鷹の声にならない声は唸り声に変わり、青年を切り刻みたいという衝動のまま志鷹は腕を振り上げると、そのまま青年に振りかぶった。

身をひねり避けた青年と目が合う。

「話を聞くな」ともう一人の自分が言う。


(モウ一人?…ナライマノ俺ハ誰ダ?)

「#!#######!####!」

(ウルサイ!ウルサイ!)


志鷹は魚のように青年を跳ね上げ蹴った。

小さくうめき声をあげ地面を転がる青年に牙を突き立てようと走りよる。

カッ!と口を開けその牙で青年の喉元を掻き切ろうとするが、その口に何か突っ込まれる。

グイっと力任せに押すとカタカタと軋む音がし、青年は顔を歪めた。

その時、筒から刃が抜けチラリと顔をだした。その瞬間、志鷹は感じたことのない恐怖が襲った。



「グワァァァァ」


思わず志鷹は悲鳴をあげ、廊下の入り口まで飛び退いた。


「####、##····####?」


ハッとした表情を浮かべた青年は、持っていた刀を志鷹に突き出した。

その瞬間、今まで感じた事がないほどの恐怖が襲い、志鷹は小さく唸りながら一歩下がった。


「#############。####·····」


何か言うと青年は優しく意志を感じる瞳を志鷹に向ける。


「#############!」

「志鷹さん」


目の前に笑顔でこちらに手を挙げるあの青年が見えた。

これはいつの記憶だろう…。


(記憶?)


ハッとし振り下ろされた腕は凄まじい音とパラパラとかけらを落としながら壁に大きな穴をあけた。


(アノ方ノタメニ殺サネバ…)


また頭にモヤがかかり志鷹は青年の首を力任せに締めた。

苦痛に歪ませながら青年は何かを掴んだまま志鷹の腕に触れた。

その瞬間、まるで電撃が走るような衝撃と痛みが体を突き抜けた。


「グワァァァァ!」


悲鳴をあげた志鷹のまわりに黒い霧がまとわりついた。

霧が晴れてくると共に志鷹のぼんやりした頭も晴れてくる。


「志鷹さん?」


名前を呼ばれ顔を上げると不安そうな表情が浮かべた青年……月見里が立っていた。


「探…偵?」


恐る恐る志鷹が名前を呼ぶと、月見里はふっと笑みを浮かべた。


「よか…っ…た」


呟くように言うと、月見里はその場に崩れ落ちた。


「おい探偵!しっかりしろ!」


抱き抱えた月見里は、ぐったりし浅い呼吸を繰り返している。


(どうする?この姿じゃ外にも出れないぞ)


困り当たりを見渡していると、背後からパリンとガラスが割れる音がした。


「今度はなんだ」


志鷹は舌打ちをすると音がする方に視線を向けた。


「すみません。誰かいらっしゃいませんか?」


聞き覚えのある声に志鷹はハッとする。


「鴉飛さん!」

「志鷹さんどこです?」

「こっちだ!来てくれて助かった。俺だけじゃどーにもならない状況になってんだ」


パタパタと走る音がし、鴉飛と甘美瑛がやってくる。

ハタと足を止めたその顔には驚きに引き攣り言葉を失っていた。


「志鷹さん……ですか?」

「あぁ。話はあとだ。まずは月見里こいつを頼む」


甘美瑛は鴉飛に視線をやると、鴉飛は頷いた。

それを見ると甘美瑛は、すぐさま月見里に駆け寄った。


「何があったんですか?」


低いトーンで尋ねる鴉飛に志鷹は肩をすくめて見せた。


「俺にもわからない。気がついたらここにいて、鬼になってた。…いや、今考えれば兆候はあったな」


志鷹は顔を顰めた。


「…いつからです?」

「三日前。吾妻光輝の部屋で例の人型を触ってからだ」


すると鴉飛は驚いた顔をした。


「私たちが押収した人型を触った時はなにもありませんでしたが…」

「そりゃお前たちは異人だからだな。おそらく人間にしか効かないんだろ」


志鷹は苦笑いを浮かべ、すぐにまた真面目な表情になった。


「ここからはお前らへの頼みごとだ。……俺を殺せ」

「ダメだよ!きっと……きっと治療法はあるよ」

「それを探してる間に俺がまた自我を無くして、お前らを襲うかも知れないんだぞ」


志鷹の服を掴み見上げる甘美瑛に言うと、鴉飛をまっすぐ見た。


「そうなる前に俺を殺せ」

「…本当にそれでいいんですか?」


 低いどこか感情を押し殺しているような声で鴉飛は尋ねた。

すると、志鷹はふっと笑みを浮かべ


「俺は鬼だ」


志鷹は笑みを消し続けた。


「また誰かを襲っちまう前に殺せ」


その時、服を捕まれ志鷹はハッと視線を落とし、月見里を見た。


「気がついたか」


志鷹が声をかけると月見里は志鷹に捕まりフラフラと立ち上がる。


「おいおい」


志鷹は慌てて月見里の脇の下に手を入れ支えた。

月見里はまっすぐ鴉飛を見た。


「志鷹さんに手を下すのはちょっと…待って…ください。治す方法を…知っています」


まっすぐ鴉飛を見つめる月見里に甘美瑛が慌てて椅子を手に走ってきた。


「とにかく座れ」

「ありがとうございます」


か細い声で礼を言うと月見里は志鷹に支えられ椅子に座った。


「で…そんな方法があるのか?」


月見里は頷くと話を続けた。


伊邪那岐製薬研究所ここではどうやら、「呪鬼」という鬼を例の人型を使って作る人体実験をしていたみたいで、人型を触ると味覚障害や幻聴などの症状が現れるみたいです」

(なるほどな)


 志鷹は苦笑いをすると額に手を当てた。


「完全に鬼になると人を食べたくなるため、頻繁に人間を食べさせていたようで…変な話ですが、人間界でも食べさせていたみたいで」


その言葉を聞いた志鷹はズキン!と頭がまるで鈍器で殴られたような痛みが走り、頭を押さえ数歩下がった。

まるで濁流のように記憶が流れ込んできた。


あの日⋯降り頻る雨の中、路地裏まで誰かを…犯人を追い詰めたあの時、頭から角が生えた犯人は…


(そうだ…俺はあの時アイツに腹を爪で貫かれて…)


あの時の腹の痛みと寒気を思い出し志鷹は頭を抑え顔を顰めた。


「大丈夫ですか?志鷹さん」


月見里の心配そうな声に志鷹は現実に戻された。


「…あぁ」


短く返すと志鷹は月見里を見た。


(……こいつは知ってるのか?)


ジッと月見里を見ながら考え込んでいると、月見里は怪訝そうな顔をした。


「まさか…俺たちを喰いたいとか言わないですよね」


思わぬ言葉に志鷹はニヤリと笑みを浮かべ


「たしかにうまそうだな」

「「「えっ?」」」 


あからさまに距離をとる三人を見た志鷹は声を出して笑った。


「冗談だ。で?俺はどうすればいいんだ?」

「記述が正しいなら、志鷹さんが持っているカタシロに志鷹さんの血をつけ刀を刺したら元の人間に戻るんです」


どこか不貞腐れたように言う月見里に志鷹は困った顔を向けた。


「そう言われてもな」


パタパタと志鷹は体を叩いていき、ワイシャツの胸ポケットに手を入れた。クシャっと何か紙みたいな物に指が触れ志鷹はハッとし顔を上げた。そして、三人に視線を向けるとスーッとポケットからカタシロを出した。


「それだ、志鷹さん!」


月見里が手を差し出した時


「ワタシタクナイ!ワタシテハナラナイ!」


志鷹は頭の中で聞こえたもう一人の自分の声に数歩下がり頭を抑えた。


「大丈夫ですか?」

「来るな!」


心配そうに近づく月見里に志鷹は叫ぶ。


「どうやらもうひとりの俺は何がなんでもこれをわたしたくないらしい」


顔を上げ志鷹は全員を見た。


「今、お前たちを襲いたくてたまらない」


と言いニヒルな笑みを浮かべた。


(どうする。このまままた鬼になっちまうのか…考えろ!)


志鷹は月見里を見た。


「⋯探偵。その刀貸せ」

「ダメです!何をするかわかりませんよ!」


鴉飛は振り返り月見里に叫ぶ。

月見里と志鷹は目が合う。

そして月見里は持っていた刀を志鷹に投げた。


「月見里さん!」


叫ぶ鴉飛に月見里はニヤリと笑って見せる。


「俺は⋯志鷹さんを信じます」


その言葉に笑みを浮かべた志鷹は真顔に戻る。

そして刀を鞘から抜き、チラリ視線を向けると、鴉飛が刀を抜きジッと志鷹に視線を向け立っていた。

視線を戻した志鷹は、カタシロを持っていた手に刀を突き立てた。


「っ!月見里!」


走りよる月見里を前に一瞬、意識が遠のく。


(乗っ取られてたまるか!)


そう思った時、頭の霧が再び晴れた。


晴れた視界の先には自分の手から伸びた爪を刀で止める鴉飛がいた。


「力比べに自信は?」


志鷹がイタズラっぽく笑った。


「これでも異人なんでね。負けはしないと思いますよ」


鴉飛もニヤリと笑って見せた。


「そりゃぁ頼もしい。ならしばらく付き合ってもらうぜ。やれ月見里!」

「はい!」


返事の直後、志鷹の胸に突き刺さるような痛みが走った。


「ぐっ!」


そして志鷹の意識は冥天して行った。



ふと、いだ音が戻っていく。


「おそらく、結界が張られていて、張った本人に解いてもらわない限りは出れないと思います」

(何の話だ?結界?)

「結界?」


志鷹が思っていたことを月見里も口にした。


「見えない幕みたいな物で、入ることはできても、中にいるものが出ることを防ぐことができるんです」

「何でそんな物を?…この惨状を隠したかったのか」

(あるいは…)


志鷹はその場に座ると口を開いた。


「あるいは俺か…もしくは月見里おまえを逃したくなかったか」


そう言い月見里に視線を向ける志鷹に全員の視線が集まった。


「志鷹さん!大丈夫ですか」

「あぁ。おかげさまでな」


そう言うと志鷹は笑みを浮かべ、タバコをトンと箱から出す。そして火をつけハッと煙を吐くと満足そうに笑った。


「どうやら元に戻ったみたいだな。ありがとうな」

「いえ、よかったです」


喜びを頬に浮かべる月見里から志鷹は鴉飛と甘美瑛に向き直った。


「鴉飛さんと甘美瑛さんもありがとうございます」

「いえ、私はなにも」


そう言い、鴉飛は首を横に振った。


「僕もだよ」


ニコニコっと甘美瑛はいつもの屈託のない笑みを浮かべた。


「さて、役者は揃ったことですし、ここから脱出したいんですが、出るためには結界を張った犯人を探さないといけないですね」

「心当たりは?」


志鷹の問にその場が沈黙した。


「んー。なら地下じゃないかな」


ポツリと甘美瑛は口火を切った。


「なせだ?」


志鷹に聞かれ甘美瑛が続けた。


「勘がいい班長が言ってたんだ。地下に気をつけろって。ということは、地下に気をつけないといけない相手がいるんじゃないかな」

「なるほど。それが結界を張った人物ってことですね」


「うん」と月見里に甘美瑛は頷いた。


「そんなに鬼瓦さんの予感って当たるのか?」


すると今度は、鴉飛が志鷹に頷いた。


「九十パーセントぐらいの確率で当たります」

「お酒を飲んでると、もっと確率が上がるんだよ」 


ニコニコと甘美瑛は付け加えた。


「⋯なんかそこはさすが酒呑童子って感じですね」 


月見里の言葉に鴉飛と甘美瑛は苦笑いをした。


「そんじゃまぁ、行きますか」


志鷹はニヤリと笑い立ち上がった。   


「その前に志鷹さん。これ」


月見里はそう言うと自分の腰から下げていた拳銃入りのケースを志鷹にわたした。

志鷹は受け取ると手慣れた手つきで腰につけた。


「さっ、行きますか」


志鷹の言葉を合図に立ち上がり、四人は地下へ続く入口に向かった。

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