第二話 吾妻宅
住宅街の一角に吾妻宅はあった。
吾妻夫妻の家を見上げふぅと志鷹が吐いた煙は、12月の灰色の空に揺蕩う。シガレットケースに吸ったタバコを押し当て消し中に入れると、志鷹は玄関に歩いて行く。
「ここか·····」
鍵を取り出した時、背後で車が止まりドアが開く音がした。
振り返るとそこには、怪訝そうな表情を浮かべた二十代ぐらいの灰色のスーツを着た男性が短髪を冷たい風に揺らしていた。その横には青年と同い年か少し若いぐらいの長い黒髪の女性が困ったような表情で立っていた。
女性が資料の写真で見た吾妻凛であることに気づくと志鷹は、二人に歩み寄るとコートの内ポケットから警察手帳を取り出し開いて見せる。
「高西警察署の志鷹です。吾妻凛さんですね?」
志鷹が尋ねると女性は、小さく頷いた。
「少々ご家族のことでお話を聞きたいのですが⋯そちらは?」
志鷹は青年に視線を向ける。
「こちらは月見里探偵事務所の月見里綾人さんです」
「どうも」
ぺこりと頭を下げる月見里を志鷹は不思議そうに綾人を見るが、すぐに吾妻凛に視線を戻す。
「なぜ探偵がここに?」
「警察だけでは進展がなかったんでね」
明らかに敵対心を剥き出しにして青年が会話に割って入った。
志鷹は少し顔を顰め月見里を見た。
「すみません。私が依頼をしたんです」
険悪な雰囲気の二人の間に入り吾妻凛は、志鷹を申し訳なさそうに見上げた。
「あの⋯これから光輝の部屋を見に行きますが、刑事さんもどうですか?」
(ほぉ)
志鷹は思わずフッと頬を上げる。
「ありがとうございます。そうさせていただきます」
志鷹は月見里と吾妻凛の後ろを歩き玄関に向かった。
吾妻凛は鍵を差し込みガチャリと開けた。
「お邪魔します」
主を失い時が止まったようにシーンと静まり返った家の中に、月見里の声が響いた。
「どうぞ。光輝の部屋は2階です」
吾妻凛の案内で靴を脱ぎ上がると、志鷹は二人について行き、二階への階段を上がった。
ニ階の一番奥にある光輝の部屋に案内されると、部屋の前で月見里は足を止めた。そして、一冊のハードカバーの本をカバンから取り出した。
(本?こんな時にか?)
怪訝そうに月見里を見ていると、彼は本の一番後ろを開きそこから鍵を出すと、ニヤリと勝ち誇ったような笑みを浮かべ、鍵をブラブラと志鷹の前で振って見せた。
「それは?」
志鷹は鬱陶しそうに顔を顰めた。
吾妻凛はオズオズと睨み合う二人の間に割って入った。
「たぶん光輝の部屋の鍵です」
(なぜ本の中から鍵が?)
聞いても答えないと踏んだ志鷹はフンと鼻を鳴らすと、微笑を浮かべ綾人を見た。
「私の前で振ってもドアは開かないぞ」
志鷹の言葉に月見里はムッとした表情を浮かべながら鍵を鍵穴に差し込み回した。ガチャと音をたてて鍵は解除された。
(ふっ、挑発にはのらんか)
まとがハズレた志鷹は頭に手を当て月見里に続いて光輝の部屋に入る。
「色々と探させていただいても?」
部屋をぐるりと見渡し問う志鷹に吾妻凛は「はい」と頷いて見せた。
「どうぞ。私は下で待っていますので」
一礼をすると、吾妻凛は部屋をあとにした。
吾妻凛の背中を見送ると、志鷹は再度、部屋に視点を向けた。
部屋には好きなアイドルやアニメのポスター、プラモデル、推しのグッツ、あるいは応援しているスポーツの球団やチームのペナントなど、高校生の部屋にありそうな物は見当たらなかった。
(ずいぶんと殺風景だな…)
そんな印象を受けながら志鷹は、近くにあった本棚に近づいた。
志鷹の印象とは違い、本棚には推理小説や少年漫画が参考書などと共に並べられていた。
(なんだ。高校生らしい物もあるじゃないか)
殺風景な雰囲気から年相応さを見出せていなかった志鷹は微笑みながら視線を動かしていく。
するとたくさん並ぶ本に混じって、やけに飾り気の多い本を見つけた。
気になり手にすると、それは本の形をした小物入れだった。
(なんでこんな物が本棚に?)
その時、背後でガン!と何かが床に落ちる音がした。驚きながら振り返ると月見里がバツが悪そうな顔をしてこちらを伺っていた。
(何やってるんだ?あいつは)
呆れながら箱に視点を戻し箱の蓋を開けた。
そこには和紙を人型に切り取って作られ、腹には朱い文字で「呪」と書かれた白い人形が入っていた。
(なんだこれ?)
人形を手に取った時、志鷹の視界にジジっとノイズが走り、目の前が暗闇に覆われ周りから音が消えた。
…酷い頭痛と吐き気が襲う。
(なんだ…これ)
志鷹は顔を手で覆い、その場にひざまづき荒い呼吸を繰り返した。
「お、おい。大丈夫か?」
やっと戻った視界を向けると月見里が心配そうに顔を覗きこんでいた。
「あ·····あぁ。大丈夫だ」
志鷹は本棚に手を置きフラフラと立ち上がった。
「····で、そっちはなんかありましたか?」
眉を顰める月見里に志鷹は箱から出した人形を手のひらにのせ月見里に見せた。
「なんだそれ」
「さぁな。こいつに入っていた」
志鷹は本の形をした小物入れを拾いあげ月見里にわたした。
「そっちは?」
「これが引き出しの二重底のところに」
月見里は志鷹に問われ一冊のノートを志鷹に差し出した。
志鷹は受け取ると、ノートに目を通しはじめた。
11月26日
今日も沢辺や宮下に殴る蹴るの暴行をされた。でももう今までの僕とは違う。廃神社で「カタシロさま」から紙人形をもらった。呪えるのは1人っていうのは残念だけど、これであいつらに復讐ができる。
11月27日
なにを食べても美味しくない。まるで砂を食べてるみたいだ。これもアイツらか悪いんだ。早く!早く!カタシロさま、アイツらに罰を
11月28日
ずっと誰かが耳傍で話している。うるさくて寝れない。あー!うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!
11月29日
なんでだろ。お父さんお母さんが美味しそうに見えた。食べたい・・・。食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい
11月30日
気がついたら外にいた。僕がおかしくなってる?あとちょっとあとちょっとだ早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く
途中から殴り書きされていた日記はそこで終わっていた。
読み進めていくにつれ、その内容に志鷹は苦りきった表情を浮かべ眉を顰める。
「カタシロさま?なんのことだ?」
顔を上げ月見里を見た。
「さぁ?」
そう言い月見里は肩を上げて見せた。
(こいつなんか隠してるのか?)
思案しながら月見里を見るが、嘘はついているように見えず、諦めた志鷹はベッドに歩いて行った。
そのあとに来た月見里と二人でベットを調べるがそこからは何も見つからなかった。
(何もないか)
そう思いながらふと、顔をあげると、除月の空にいつの間にか三日月がのぼっていた。
「そろそろお暇するぞ」
ハッとした表情を浮かべ月見里が外に視線をうつした。
「そうですね」
志鷹は先に部屋をあとにする。
その後ろを月見里が歩いてきた。
二人が階段をおりると、吾妻凛がニ人に気がつき吾妻凛が玄関から小走りに近づいてきた。
「どうでしたか?」
(さすがに日記のことは…〉
吾妻凛に聞かれた志鷹がか答えあぐねてると
「かなり参考になりました。ありがとうございます。」
志鷹はニコリと微笑む月見里に、さすが探偵だなと感心しつつ月見里から吾妻凛に視線を戻した。
「ありがとうございました。私はこれで」
吾妻凛に頭を下げ外に出ると、冷たい夜風が志鷹の髪を揺らした。
(ひとまず、一課に報告するか)
とその時、吾妻宅から月見里が出てきた。
「では、私はこれで」
二度と会わないであろう探偵に一言言うと、志鷹は警視庁に向かった。