特別な仕事
「ZBVって、何の略なんすかね……」 元ニートの小さな声がバスの中に落ちたそのとき。
前の席から、くるりと振り返る影があった。
「お、それ気になる? ZBVの意味――俺、知ってるよ」
あのミリタリーマニアだった。 ニヤついた顔には得意げな色が浮かんでいた。
「ドイツ語。“zur besonderen Verwendung”。 “特別任務用”って意味。略してZBV。 第二次大戦中、ナチの武装親衛隊にも同じ用語があった」
ニートの男は驚いたように目を見開く。
「……ほんとに?」
「ほんとほんと。俺、ドイツ軍の制式呼称ぜんぶ覚えてるし。 ZBV部隊ってのは、常設じゃなくて、臨時編成の使い捨て部隊。 まあ、掃除屋とか、末端の処理係みたいなもん。 “名簿にも残らない仕事”ってやつな」
彼はさらに身を乗り出して続けた。
「今回のZBVも、そういうことなんだよ。 履歴書も面接もいらないのは、記録を残さないってこと。 誰が行ったかなんて、最初から気にしてない。 そういうのが――カッコいいと思わない?」
誰も返事をしなかった。 元ニートは下を向いたまま、無言だった。
マニア男は肩をすくめた。
「ま、俺の推測だけどね。でも、だいたい合ってるっしょ? ZBVってのは、そういう連中の呼び名なんだよ。 使い捨ての“消耗品”」
強すぎる冷房を受けながらなお
バスの中が一瞬、冷たくなった気がした。
その言葉が冗談なのか、本気なのか―― 分からないまま、誰も口を開かなかった。