ミリタリーマニア
バスが止まった。
時計は9時を少し回っていた。
道の駅。山間の寂れた場所で、店はまだ開いていない。
自販機とベンチがあるだけだった。
「15分休憩でーす」
初めて運転手の声を聞いたが、抑揚もない声だった。
乗客たちは、ゆっくりと無言でバスを降りていった。
男もその一人だった。
蝉の声がひどく、地面はすでに照り返しで熱い。
自販機の横に立ったとき、隣から声がした。
「たぶん長野っすね、ここ。ナンバーが松本になってた」
振り向くと、細身で色黒の男が立っていた。
四十代くらい。
サバゲー用と思しきカーゴパンツに、Tシャツは旧ドイツ軍の徽章入り。
腕にはレプリカのミリタリーウォッチが巻かれていた。
「いやー、わかるんすよ。こういうバスの動き、感覚で。
俺、予備自連やってて、あとサバゲー歴15年。装備は全部本物で揃えてて――」
言葉が止まらない。
テンションが浮いている。
男は、水だけ買って黙って頷いた。
だが相手はそれでも構わない様子だった。
「ZBVっすよね?いやー、アレ、最初見たときゾクッとしました。
あの“選択だけで可”って、完全に特殊部隊系の採用プロセスっぽくて。
まあ、ほんとのPMCなら違うけど、俺、民間の警備請け負いもやったことあって――」
聞いていないのに、語り続ける。
自己紹介なのか、自分に言い聞かせているのか。
「……なんか、これって、"俺らの出番"って気がしてて」
そう言って笑った。
だが、瞳の奥は笑っていなかった。
男は小さく一礼だけして、ベンチの端へと移動した。
その後ろ姿に、相手は「じゃ、また」と手を上げてみせたが、すぐに背中を向けた。
バスのエンジンがかかった。
あと数分で再出発する。