乗り合い(3)
しばらくして。
隣の席の男が、こちらを向いた。
同世代か…
多分、五十代くらい。
Tシャツはしわだらけで、丸刈りにした頭は
彼を実年齢より幼く見えさせる。
「……なんか、あれっすよね。派遣のバスって、こんな感じっすよね」
低い声。
こもった言い方。
目は合わない。けれど、話しかけること自体、相当な勇気だったとわかる。
男は返事をしなかった。
すると、相手は自分で勝手に続きをしゃべった。
「俺、普段ぜんぜん外出ないんすよ。でもメール来てさ。
なんか、行かなきゃなって……よく分かんないけど、まあ、行くしかないかなって」
また沈黙。
数秒の間、冷房のファンが回る音だけが聞こえた。
「ウクライナ……とか、助けるとか……ああいうの、俺らがやるって、変な話っすよね」
男は、ようやく小さく頷いた。
それだけで、相手は少し安心したようだった。
何かが伝わった、というより、「喋っていい」という許可をもらったような顔。
「俺、ネットでけっこうZBVのこと調べたんすけど、なんも出てこなくて。
でも、履歴書もいらないし、面接もないし……あれって逆にすごいなって」
そこで男は、ふと尋ねた。
「なんで来た?」
「んー……なんか、家にいたくなかったっていうか……
いや、そもそも“俺の家”って感じじゃなかったし……
まあ、ずっとクズって言われてたんで。こういうの、最後のチャンスかなって」
チャンス。
その言葉に、男は何も答えなかった。
それがチャンスかどうかは、今のところ誰にもわからなかったからだ。
バスは、ゆっくりと郊外を抜けた。