乗り合い(2)
男は、冷房の効いたシートにもたれながら、目を閉じた。
やがて、思考の底から、ある文面が浮かんでくる。
──ZBV。
何日か前。
スマホで求人を流していたとき、ふと目に止まったバナー広告だった。
> 【ZBV派遣要請|国際人道支援】
『ウクライナ避難民の支援にご協力を』
経歴・資格・志望理由は不要です。
責任も、所属も、ありません。
“あなたの選択”のみで、参加できます。
「なんだこれ」
と、そのときは思った。
怪しいと思った。
でも、心のどこかで、それでいいとも思った。
責任がなく、帰属もなく、ただ“選択するだけ”という仕組みが、妙に心地よく思えた。
そして、登録を押した。
それだけで、メールが届いた。
日時と場所だけを記した短い案内。
それきり、連絡はなかった。
男は静かに水を飲んだ。
他の乗客たちも黙っている。
誰もスマホを見ず、誰も喋らない。
だが、きっと。
同じような文面を見て、同じように“選択”した者たちだ。
「ウクライナ支援……だったっけな」
思い出そうとするが、あの文面はもうスマホには残っていなかった。
見ようとしても、ログが削除されていた。
本当に人道支援なのか──
だが、誰も問いたださず、誰も疑っていない。
じきにわかることだ。
「どうでもいい」と思える何かが、全員に共通していた。
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