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選択を
(2025年・日本 岐阜県)
この25年
男が一人になってからの25年
この家には呼び鈴の音も、玄関を叩く音もない。
ただ、部屋の中の古びたスマートフォンが、 メールの着信音だけをくぐもらせて鳴っていた。
振動音にすら耳を塞ぐように、男は汗で湿った布団の上でうずくまっていた。 夏。 風はなく、扇風機の首も止まっている。
カーテンも閉めっぱなし、時計は数年前に止まったまま。
昼過ぎにようやく画面を見た男の目にzbvの文字が飛び込んだ。
『ZBV採用窓口です。』
『あなたのプロファイルに適合が見られました』 『詳細を知りたくなければ、“はい”を押してください』 『報酬・義務・身分・帰属の説明はありません。全ては選択です』
男は無言だった。
『選択を……』
男の指が動いた。
その瞬間、スマホの画面は真っ黒になり、 もう二度と文面が現れる事はなかった。
翌日、男の部屋には誰もいなかった。 家族も通報しなかった。 バイト先もすぐに忘れた。 町の人々は彼の名前すら思い出さなかった。