誘い
昼食を終えて再びバスに乗り込むと、しばらくして道幅が徐々に狭くなっていった。
舗装の継ぎ目が粗くなり、タイヤの揺れが明らかに大きくなる。
車体が左右にゆっくりと揺れ、
座席の下から「ゴゴッ……ガタンッ」と鈍い衝撃が伝わるたび、
男は、山道に入ったと悟った。
窓に貼られた紙の隙間から、ほんの一瞬、木々の濃い緑が見えた。
真夏の光の中で風景は妙に沈んで見えた。
そのとき――
斜め後ろから声がかかった。
「なあ、お前」
低い声。だるそうで、だが目は鋭い。
袖にタトゥーが覗く、半グレ風の若い男が前の席から身を乗り出してきた。
「これ、ヤバくなったらケツまくろうや。俺、すぐ逃げんの得意やし」
目は笑っていなかった。
冗談にも、本気にも聞こえるその言葉に、男は返答できなかった。
「俺ら、まだどっかで降りれると思うやろ?
でもな、ヤバイ感じがするんや
けど――何もせず最後まで運ばれて、何が待ってんのか分からんよりマシやろ?」
口調は軽いが、声の奥に震えがあった。
彼も分かっていた。もう帰れない場所まで来ていることを。
「まあ、俺に着いてくるなら……好きにしぃや」
そう言って、男はふたたび背もたれに身体を預けた。
道はじきに未舗装に変わり、車体はゆっくりとした速度で走り続けた。