知りたくもない
「すみません、運転手さん」 前方の席から、また誰かが声をかけた。
「ZBVって……どこに行くんですか? 何の仕事なんですか?」
しばらく無言だった運転手が、珍しく口を開いた。
「……私は、雇われただけですんで」
低くくぐもった声。怒っているわけではないが、どこか線を引いている。
「地元のマイクロバス業者です。 2日前に、ネットから申し込みと入金がありました。 依頼内容は“駅前ロータリーに集合した乗客を、指定の場所まで送る”―― それだけです」
バス内に小さなどよめきが走った。
「指定の場所って……どこなんですか?」
「……それも“地図データで送られてきただけ”で、場所の名前はありませんでした。 ナビに従って運転しています。たぶん、山の中のどこかだと思います」
運転手はバックミラーを見もせず、淡々と話す。
「ZBVが何の略かも知りません。 正直、最初は違法なツアーかと思いました。窓に紙を貼れとかね。 けど、契約は正式。金も前払いで問題なし。 なので、運転してるだけです。 それ以上のことは、私は知りませんし……知りたくもありません」
車内が静まり返った。
男たちは黙ったまま前を向く。
だがその沈黙は、安堵ではなく「確信」だった。 ――これから行くのは“そういう場所”なのだ、と。