4. おしえて、ぜんぶ
「おすすめ、」
紙川は言葉を舌先でなぞると、まるでオウムみたいに、繰り返した。
ずっと意表を突かれている。
まさかの角度からボールが飛んできて、撮り損ねないように、とりあえず言葉を繰り返すしかない。そんな感じだった。
意外性が服を着ているような人だな、と思わずにはいられなかった。
「…難しいですね」
気付けば、抑揚のない自分の声を、耳が捉えている。
「お前に感情の起伏はないのか」とよく指摘される所以は、このどこか感情が欠落した、常にニュートラルな低い音階の声と少ない波長のせいも、たぶんに含まれているのかもしれない。
しかしそんな自分を幸福の海へ、どぼんと浸からせてくれる数少ない存在が、突如目の前に現れた百合漫画だった。
人生で初めての、歓喜と高揚。他の何ものにも代え難い。
「とても、難しいです」
紙川は、真っ直ぐに淀みなく、答えた。
「あ」と、彼女はひと匙の動揺と焦燥を滲ませた顔をした。謝罪の単語である「ご」と、彼女の唇が形作るのが見えて、紙川は敢えて被さるように、でも慌てずに「絞るのが難しいから」と言った。
「え」
「良作が多すぎるので、おすすめ、と言われると」
いきなり多くすすめられても、困りますよね、どうしようかな。と、いたく真剣な面持ちで紙川が顔を捻るので、彼女はポカンとした。
そしてやがて「ぷふっ」と少しの破裂音を口から漏らした。
「安辺」と書かれた彼女のネームプレートが呼応するように揺れる。
くすくす笑うのかと思いきや、けらけら軽快に笑うのでそれもまた意外だな、と紙川は思った。
「全然問題ないです」
まるでお歳暮でも差し出すように彼女の綺麗に揃った指先が、紙川の目の前に会計の済んだ漫画雑誌をスッと差し出す。
表紙が目に入った。
並んだ二人の女子高生が仲睦まじく、身を寄せ合ってひとつのイヤホンを分け合って音楽を聴いているイラスト。
かつて、自分は誰かとこんな風に何かを分け合ったことなどないな、と紙川は反芻した。
そして見上げれば、ほのかに微笑んだ彼女が視界に映り込む。
「多くても、全然問題ないです。 おすすめの作品、全部、たくさん、教えてください」
内緒話するみたいに、彼女はひそひそ声で、そうにこやかに、答えてくれた。
そうだ、そういえばここは本屋なのだ、と紙川は思い出し、目の前の彼女に倣って「分かりました」と、抑えめの声で返す。
それがのちに長い付き合いとなる、安辺まりあとの、出会いの一片だった。
高校生ぶりにこのような創作小説を書き始めています。
ワクワクして、すごく楽しいです!٩( ᐕ)وウホウホ




