令嬢はしれっと曲解する
なんか気になる部分があっても世界観的にこの世界のなーろっぱわーるどはそういうやつなんだな、でスルー推奨。
「――という事です。流石に彼女までもがそう言うのです。であれば、他の者たちもきっとそう思っている事でしょう。陛下、ご決断を」
「む、ぐ……そうか」
国王は渋面を浮かべたまま理路整然と述べた少女の隣にいる男へと視線を向けた。
彼女の父親である。
公爵にしてこの国の宰相を務める男。
そんな彼は、娘の言葉を覆そうとかそういったつもりはないらしく、むしろ堂々と言うべき部分は言えた娘に対してどこか誇らしげにしていた。
あ、詰んだな。
国王がそう察するには充分であった。
――事の発端は、と問われれば、恐らくは第一王子と公爵令嬢との婚約が結ばれた頃がそうなのだろう。
正直当時だって、公爵は娘を第一王子の婚約者にする事に乗り気ではなかった。むしろあの手この手でのらりくらりとその話を有耶無耶にしてどうにか無かったことにしようとすらしていた。
つまりは、王子との婚約に旨味などないと思われていたのである。
第一王子の見た目は幼い頃から素晴らしいものだった。
何も知らない者が見ればただただ称賛するであろう美しい見た目をしていた。
ところが実際は国王と側妃の子である第一王子は、生まれた時からその立場は微妙なものだったのである。
よくある話だ。主に娯楽小説的な意味で。
貴族たちの通う学園で、今まで自分と関わる事のなかった者とも知り合う機会が増え、今までの自分の世界が途端広がるような感覚。それは新鮮な体験として刻まれ、青春の一ページとしてならば、まぁ、良い思い出になるものだったのだろう。
ところがそこで何を勘違いしたのか、既に婚約者がある身でありながら当時の国王は婚約者そっちのけで他の女性に恋をして、しかも学生時代の遊びだけに留まらなかった。
婚約者にありもしない最愛の女性への苛めという冤罪を吹っ掛けてでもこの婚約をなかった事にして、自らは愛する者と結ばれたい――などという、お花畑極まった妄想すらしていたくらいだ。
結局その目論見は早々に先王たちに木っ端微塵にされて潰えたのだが、愛妾になるしかなかった最愛の女性をそれでも無理矢理側妃にしたのである。
正妃との子作りは乗り気でもなく、その代わり側妃とは励んでいた。
そして第一王子が生まれてしばらくしてから、今更のように正妃との子を儲けたのである。
恋愛が絡まなければそれなりな国王は、しかし既に正妃に頭が上がらない。
国の運営に関して、王が側妃との生活に現を抜かしまくった結果であった。
そもそも学生時代にも自分の仕事を婚約者に押し付けていた事もあったので、今の国王は完全なるお飾りである。その証拠に、宰相とその娘の隣にいる正妃が一切笑っていない目をこちらに向けているわけだ。
第一王子が生まれた年から二、三年程は貴族たちの間で子作りが控えられた。
下手に年齢の釣り合う女子が生まれた場合、真実の愛とか抜かすお花畑の結晶と結婚させられてしまうかもしれなかったからだ。
国王はさておき側妃となった女の見た目は確かに良いものであったけれど、中身は微妙極まりない。
教育をしっかりとしたとして、アレの血を引いているのなら果たして本当にマトモに育つのか……といった不安は常に付きまとっていたのである。
結果として、うっかり同年代に生まれてしまい、家柄も申し分なかった公爵家の令嬢が生贄のように第一王子との婚約を結ばれる形となってしまった。
後ろ盾という意味でも期待されていたのだろう。
ついでに婚約を結んだ年齢の時点で、第一王子にはあまり優秀さが見られなかった。
それもあって、彼の補佐をできる者を……となれば公爵令嬢以外にいないとされてしまったのである。
公爵家からするといい迷惑だった。
成長と共に見た目は抜群によくなっていくものの中味はそれに比例してどうしようもなくなっていく第一王子の婚約者とか、一体どんな罰ゲームだと思っていたものの、それでも公爵令嬢は己の立場を理解して、貴族であるからこその責任を果たそうとしていた。そんな涙ぐましい状況に多くの令嬢たちはなんて御労しいと嘆く始末である。彼女たちもまた家柄や能力が足りていたのであれば、第一王子の婚約者候補などにされていたと考えれば、それがどれだけ……となるので。
見た目がいいだけのクソガキに育った第一王子は、婚約者と仲良くしようなんてこれっぽっちも考えていなかったようだ。周囲の予想通り、自分より優秀な令嬢が気に食わなかったらしい。お前が優秀だったらそもそも彼女が犠牲になる必要なんてどこにもなかったんだが!? と密かに公爵令嬢を慕っていた令息たちは思っていたくらいだ。
まぁ、つまりは。
マトモな貴族の子らから見れば、第一王子は見た目だけの男でそれ以上でも以下でもなかった。
公爵令嬢と婚約を結ばれたからこそ将来彼が王になるとしても、実権を握るのは令嬢の方だろう。
そう思っていたからこそ、周囲は皆公爵令嬢を影ながら支えていたのである。
第一王子をちやほやするのは、基本的に身分が低い家と、彼の人間性そっちのけで権力にあやかろうとするような所だけだった。
ある意味でわかりやすい。
そんな第一王子と公爵令嬢が学園に通う年になり、そしてそこで。
かつての再来、とばかりに第一王子は運命の恋とやらに落ちたのである。
田舎の方からやって来た男爵令嬢は、ほぼ平民同然の生活をしていたこともあって周囲の貴族令嬢とは明らかに浮いていた。
それもあって物珍しく映ったのはわかる。
わかるが、何もお前まで父親と同じような状況にならなくてもいいではないか、と周囲は思った。
公爵令嬢からすれば、いい感じに失態を衆目に晒してくれればこの婚約を相手有責で破棄できるのでは、と思ったくらいだ。むしろ周囲もそうなるといいですね……! と密かに賛同していた始末。
国王と第一王子との違いは、国王の時は真実の愛だのなんだのと周囲が愚かにも盛り上がっていたけれど、第一王子の場合は既に悪い例として国王の話が伝わっている事もありほとんどの貴族の令嬢や令息が公爵令嬢側の味方だったことだろうか。
今の王の治世は、国の平和は王妃によって成り立っていると知っている者たちからすれば、二代続けてパッとしない王をというのは流石に思う部分しかないのだろう。
公爵令嬢にだって王位継承権がないわけではないので、いっそ彼女を女王にして王配にもっとマシな相手をあてがった方がいいのでは、などと思われる始末である。
さてそんな中、再び真実の愛として出会った第一王子の恋のお相手男爵令嬢は、確かに見た目は愛らしかった。中身は淑女から程遠かったけれど。
だが、別に誰も王子との恋を諫めようとはしなかった。
いっそ第一王子にはさっさと破滅してくれた方が皆にとっても都合が良いからだ。
何故って今まで散々第一王子は言われてきたはずなのだ。
己の立場の微妙さを。
ついでに公爵令嬢との仲をきちんと深めないと本当に己の身が危うい事を。
そこで己を顧みて遅すぎる状況であっても公爵令嬢へ媚び諂うまでいかずともせめて歩み寄りの姿勢を見せていたのならまだしも、第二王子たちとは年が離れているのもあって、次の王になるのは自分だろうと高をくくりすぎて自分が絶対安全圏にいると信じて疑わないおめでたい脳みそをしていたので。
だからこそ公爵令嬢になど歩み寄る事すらなかったのである。
どうしても歩み寄って欲しいなら公爵令嬢から来いくらいに思っていた。
だがしかし公爵令嬢からすれば第一王子が歩み寄ってくるならまだしも、自分から必要最低限以上に関わるつもりなどこれっぽっちもなかったので。
第一王子はすっかりへそを曲げて意固地になって公爵令嬢を蔑ろにし、真実の愛である男爵令嬢とばかり関わっていたのである。
無理矢理可哀そうな部分を述べるのなら、第一王子は国王とその最愛の女性との愛の結晶であった事で、馬鹿みたいに甘やかされて育ったところだろうか。
正妃はその頃仕事をしない国王の分まで働いていたので、第一王子がどれだけお馬鹿に育っていたところでどうにかできる余裕などなかったのである。
いくら正妃が優秀であろうとも、なんでもかんでも解決できるわけではない。
己の身は一つであるし、働いてる間に遊び惚けている二人の矯正などしてられるはずもないし、むしろ下手に仕事に手を付けられて余計な仕事を逆に増やされても困る。
第一王子は正妃が産んだ子でもなかったので、彼がどれだけ馬鹿に育ったところで正妃にとってはそんなものは知らん、と切り捨てられるものであった。
自分が産んだ子を玩具のように甘やかすだけ、であったならまた違ったかもしれない。
だが、馬鹿な男と馬鹿な女が産んだ馬鹿な子供がどうなろうと、正妃からすればそこまで面倒見切れねぇや! といったものなので。
第一王子はいずれそのうち何かやらかして失脚する事になっちゃうんだろうなぁ……と周囲は思っていたのである。
なおその事実に気付けなかったのは、やはり馬鹿な男と馬鹿な女――つまりは、国王と側妃である。
ちなみに、どれだけ馬鹿だと思われていても王子が公爵令嬢と歩み寄って仲睦まじくしていれば、助かる道は普通にあった。けれども安全な場所でぬくぬく育てられてきて危機感も何も知らない第一王子は何があっても自分は大丈夫という謎の根拠によって公爵令嬢を蔑ろにし続けていたのである。
そこに更に彼の人生を終わりへ導こうとしていたのは、第一王子が運命の恋だと信じて疑わない男爵令嬢である。
彼女は生まれこそ男爵家であったけれど、田舎の領地で同年代の平民の子たちと共に育ったような、名ばかりの男爵令嬢であった。
なので、高位身分における貴族たちの政略結婚に関して、それがどれだけ重要な事であるのか、をまったく理解していなかったのだ。
それどころか、愛のない結婚をしないといけないなんて……と否定的ですらあった。
男爵家はそもそもいい縁談を持ってこれるような状況になかったし、彼女の父は娘の将来の結婚相手に貴族が無理なら平民から……と考えてもいた。というかいっそ爵位を返して平民になった方がマシかもしれないとすら考えていたのである。
なので学園で高位貴族の男をひっかけてこいなんて言わなかったし、むしろ貴族のお坊ちゃんがうちの娘を相手にするかどうか……とも思っていた。
娘は見た目は可愛らしいとはいえ、いかんせん父親の目から見た娘は平民の友人たちと泥だらけになって駆けまわったりするようなお転婆である。
ちょっとくらいお淑やかになってくれていたら可能性はあったかもなぁ……なんて思っても、そうじゃないので学園に通ったところで異性に相手にされるなどこれっぽっちも思っていなかったのだ。
ところが王子と恋に落ちた娘は、父親の知らぬところで初めて恋を知り、そこでようやくちょっとは素敵な女性として王子に見られたいと思い始めたようだったのだけど、参考資料が周囲の令嬢ではなく市井に出回っていた娯楽小説。
そしてそこで、自分の状況に近しいヒロインが王子と結ばれる話にずぶずぶとはまり、そんなヒロインを参考にし始めた。
ただ、作品の中のヒロインを真似たところで完璧ではなかったし、もっと言うのなら。
彼女が悪役令嬢だと思い込んだ王子の婚約者は別に悪役でもなんでもなかった事である。
むしろあんなのの婚約者にされた被害者まである。けれど彼女はその事実に気付かず、無意識のうちに自分と作品のヒロインを重ね合わせ、ついでに悪役令嬢も同じように重ねつつあった。
そしてそんななんちゃってヒロイン男爵令嬢ちゃんは、作品を参考にとある日、公爵令嬢に言い放ったのである。
「貴方に彼は相応しくないわ!」
――と。
ちなみに作品の中だと眉目秀麗品行方正な王子様に対して悪役令嬢は王子様を愛するあまり彼に近づく女は何であれ敵意を向けて追い払おうとする、嫉妬に狂った嫌な女であった。それ故に作品の中のヒロインも散々虐められていたのだ。
たまたま授業に関しての伝言を伝えにきただけのヒロインに、悪役令嬢はこれでもかと彼女に悪口を言い放ち、王子に近づくなと牽制しまくったのである。教師から頼まれて伝言を伝えに来ただけで、そこまで悪しざまに言われる筋合いは作品の中のヒロインにはなかったし、その伝言が伝わっていなければ王子は次の授業で困る事になっていたかもしれない。
彼女は王子様の足を引っ張りたいのかしら、と思ったからこそヒロインは、貴方みたいに誰彼構わず周囲に喧嘩を売るような人に、あんな素敵な王子さまは勿体ない、という意味で相応しくないと言ったのである。
実際作品の中の悪役令嬢は最後に婚約破棄を突きつけられて今までの悪事も明るみに出て、見事に破滅する。
仮に物語の終盤でそうならなくとも、上手い事王子と結婚できたとしても、結婚後に幸せになれそうな道筋が何一つ見えない女であった。
だが、作品の中のように優秀な王子と同じく優秀なヒロインであるならまだしも、現実では王子の成績はいまいちだし、田舎で最低限の教育しかされていなかった男爵令嬢の成績だってお察しである。
そして作品の中の悪役令嬢は誰が見ても悪役令嬢だけど、現実の王子の婚約者である公爵令嬢はむしろ彼女こそがヒロインではないかと思われるくらい様々な苦労をかけられている。
どれだけ男爵令嬢がヒロインになりきったところで、作品と同じような展開に持ち込むのは土台からして違いすぎるので、不可能だったのだ。
しかも、彼女がそう言い放った時周囲には目撃者が複数いた。
もっというならその場には、王子もいた。
男爵令嬢と王子からすれば、お前が相応しくないのだと公爵令嬢を貶める発言だったのかもしれないけれど、周囲は違う。
むしろ王子に公爵令嬢は勿体なさすぎる! が共通認識だったので。
これは、なんていいタイミングだろうと公爵令嬢は証言者となってくれる者たちに協力を頼み、意気揚々と自宅へ戻り父親に報告し、そしてそこから更に国王陛下への謁見と至ったのである。
男爵令嬢の言い分はまぁ、言ったままそのままなのだけれど。
公爵令嬢はあえて違う受け取り方をした。
本来ならば、貴方のような悪役令嬢に王子様は相応しくないから諦めて、なのだろうけれど、貴方のような女性にあの馬鹿王子はあまりにも酷すぎる、という風に受け取ったのである。
まぁ周囲も大体そんな認識なので。
いやそういう言い方かな? とか国王が言い出す以前の問題であった。
ちなみに、男爵令嬢に関しては既に報告にあげている。
何せ第一王子が運命の出会いをし、真実の愛の相手だと豪語していたのだ。
そんな相手の為人を調べないわけにもいかない。
田舎暮らしで貴族令嬢としては至らない点ばかりの娘。
そんな女から見ても、公爵令嬢の結婚相手にあの王子はない、と言わしめたのだ――という風に話を持っていったわけだ。
貴族であるけれど、同時に平民にとても近しい娘。
貴族から見てもアレはない、と思っていたのに、平民視点を持っていそうな娘にまでアレはない、と言わしめたのである。
実際彼女の意図は異なるだろうけれど。だが彼女がこの場にいないので、訂正する機会は存在しない。
――国王は確かに馬鹿ではある。親バカだし馬鹿親だし、真実の愛とかで学生時代にやらかしたし。なんだったら今も王としての威厳はそのせいで存在していない。
だが、脳みそが空っぽというわけでもないので、最低限考えるくらいの事はできる。
というか、一応幼い頃から王族としての教育を受けてきたので、普段それらが頭の中に残っているかはさておき、一応考えれば不味いかそうでないかくらいはわかるはずなのだ。
まぁ考えたところで手遅れという事の方が多いのだが。
現に今だってそうだ。
散々やらかして、側妃と蜜月を過ごしている間にすっかり正妃が地盤を固めてしまったために。
彼が王として君臨できる道は消えた。
国王って呼ばれてはいるけど、でもあれって王配ですよね? とか他国で噂されててもおかしくないレベルになっていて、そこでようやく王は己の立場の危うさに気づいたのだ。
そこで王の首を落として新たな王を、となれば王以外の犠牲者も出るだろう事が予想されたから王の首はまだくっついているだけで、これ以上何か選択を間違えたならいつぽとりと自分の首が落ちたっておかしくはないのだ。
もっと早い段階でそれに気付けばよかったのだが、生憎と王はいつも直前ギリギリにならないと理解できない男であった。正妃が優秀だからこそ、そしてそんな正妃を支える周囲が優秀だからこそ国が傾いていないだけで。
しかしそれは逆に言えば、正妃やそんな彼女を支える者たちが国王陛下はもういらないな、となった時点で自分の首は容易く落ちるという意味で。
だからこそ最近は、公務にもなるべく参加していたのだ。今まで側妃とばかり共にいた時間を減らして。
側妃の方は相変わらずのお花畑なので、未だ自分が危機的状況にあるなどとは思ってすらいない。仮に何かあったとしても、陛下が何とかしてくれると信じ切っている。下手に策を弄さないだけマシかもしれなかった。この手のタイプは下手に頭を使って何か仕出かそうとすると大抵ろくでもない結果にしかならないので。
さて、そんな中で。
平民に近しい立場にある男爵令嬢からも、第一王子は将来の王に相応しくはない、と評されてしまったわけである。実際の意味合いが異なろうとも王に報告された内容はそうなので。
それなのに無理に公爵令嬢との婚約を結んだまま彼を王になどとすれば、間違いなく多くの貴族の反感を買い、更には民も国に不信を抱くかもしれない。
いや、かもしれないどころかほぼ確実に抱くだろう。
そうなれば、待ち受けているのは何か。
平和とは対極の状況である。
このままではいずれ、第一王子は貴族たちに反旗を翻されるか、民に暴動からのクーデターを起こされるか。どのみち長くは生きられないだろう。そう察するしかなかった。
できる事なら、彼を次の王にしたかった。
自分の血を引く、愛する人の子。
だがそうなれば、国があっという間に終わるかもしれないのだ。
王族をすげ替え、新たな王朝を作られれば息子を王に、などと願うどころではない。
今まで長く続いてきた国が終わる原因が我が息子となれば、流石にそれは避けねばなるまい。国王は然程賢くはないが、それでも自分の息子を無理矢理王にしてこの国を終わらせる事を良しとはできなかった。
公爵令嬢がどれだけ優秀で、そんな彼女を支えてくれる国の重鎮たちがいたとしても。
最悪その公爵令嬢が、終わらせる側に立つ可能性すらあるのだ。
民から見捨てられたも同然な王子。
だが今この段階であるならば。
まだ、彼を生かす道はある。
というか選択を間違えば、公爵令嬢側にいる正妃が改めて下すのだろう。正しい判断とやらを。
正しいと言えなくとも、それでもなるべく息子が幸せになれそうな道を、と思うのは親心だ。王としては失格なのかもしれない。
今更になって改めて突きつけられた感はある。
だからこそ。
国王は。
せめて一度くらいはマトモな王として……と内心で言い聞かせて決断を下したのだ。
――第一王子からすれば、その決定はあまりにも突然で理解が追い付かなかった。
一体どうして、と反論したい気持ちもあった。
だがしかし、仮に反論できたところで手遅れだったのだ。
第一王子は王位継承権を剥奪の上で男爵令嬢との婚姻を結ぶ。
二人の子やその子孫に関しては王位継承権を最初から持たないものとする。
断種とまでいかないのは、まだそこまでの事をしでかしていなかったからだ。
王位継承権の剥奪、とはつまり、王籍から彼の存在を抹消するという意味であった。
婚約者が気に入らなくて、けど真実の愛を見つけたのにどうして。
彼女と結婚し、王になって国を導いていくつもりだったのに――などと王子が喚いたところで、正妃にぴしゃりと「黙りなさい無能」と一蹴された。
実際に無能であるのは事実で、王子に与えられていた公務だって婚約者に押し付けていたのだから、反論の余地はない。
真実の愛だというのなら、その相手とこれからの人生を乗り越えていきなさい、と言われてしまえばどうしようもなかった。そもそも後ろ盾としての意味もあった公爵令嬢との関係を先に捨てたのは王子である。
彼女が次の王妃となるのならまだしも、そうでないのなら彼が王になるなど、そんな事は許さないと多くの貴族たちが叛意を見せるのは言うまでもない。
国王からも一代限りの男爵として爵位を与えられ、慎ましく生きれば少なくとも断頭台の露に消える事はないと言われてしまえば。
彼女との婚約を無視して他の女と結婚した上で王になったら処刑される未来すらありえるのか、と第一王子は恐怖で震えたのである。そんな事にならないようにする、といくら口でのたまったところで、実行できなければ死ぬのだ。
であれば、華々しい暮らしから遠のいても愛する人と共に居るべきだ。
生か死かを選べ、と言われれば流石に生を選ぶしかない。
ちなみに王籍から抹消される第一王子であるけれど、存在を完全に消されるというわけではなく、記録には残る。将来何者かが彼らの子を王家の血を引く者として御輿に担ぎ上げた際、その子孫には王位継承権が最初からない事を示すためである。どうしてないのか、という部分まできっちり記録には残される。
その記録自体を改ざんされるような事になれば致命的だが、その時点で国の中枢が荒れてるようなものなので、その時はその時だろう。
王子としては、これからの生活に不満はもちろんあった。
婚約者と歩み寄っていれば、王になれていたかもしれないと言われても、それでも不満だっただろう。
自分から歩み寄るつもりなんてさらさらなかったのだ。彼女が自分に傅いていたのであれば、と思ったが、まぁ公爵令嬢からすると犬のように這い蹲って忠誠を誓うのはそっちだ、とか思っているのでどう足掻いてもこうなる運命だったのだろう。
むしろ生きているうちにどうにか逃がしてくれたことに感謝しなければならないのだが、今はまだ王子もすんなり納得はできそうになかった。
いつか。
いつか、彼がどれだけ自分の立場が危ういものだったのか、それを知る日が来たのなら。
その時にようやく納得できるのかもしれない。
男爵令嬢もまた、若干納得いかないな、と思う部分はあった。
娯楽小説のヒロインのような立場な自分はきっとそのうち王子のお嫁さんになるのだろうと思っていた。
恋におちて、それが無理矢理引き裂かれるような事になるでもなく、最後はちゃんと幸せに結ばれるのだと信じたい気持ちがあった。
彼女は今まで恋なんてした事がなかった。
自分が暮らしていた土地で、一緒になって遊んでいた男の子たちはあくまでもお友達で、恋をするような存在ではなかったのだ。
だから学園に来てそこで王子と出会った時に、あぁこれが恋に落ちるってやつなのね、とそこでようやく彼女は自分が一人の少女である事を理解したのである。それまでは、あまり性差というものを意識した事もなかったので。
彼に恋をして、ちょっとでも彼に素敵だと思ってもらいたいから今まで全然気にしなかったおしゃれにも目を向けるようになった。
それが効果を発揮したかはわからないけれど、それでもいつか、彼のお嫁さんになって素敵な王妃様になるんだと思っていた。
ところが、王命で王子との結婚を命じられたものの彼は王籍から抜ける形となって、男爵になるのだという話だった。
王妃様にはなれない。
お城での暮らしはできない。
娯楽小説の最後のハッピーエンドのようなものが自分にもやってくる、と妙な確信を持っていたはずなのに、それが違うとなって。
少女は最初納得がいかなかった。
けれども運命の恋とまで言っておいて、王子と結ばれることになったのに、彼が王子でなくなったならそれは運命ではない、と? なんて聞かれてしまえば。
もしそうなら、王命での婚約に横やりをいれた事になる貴方も、貴方の実家も王家に叛意あり、とされて処分するしかないのですと国王が寄越した使者に言われてしまえば。
そんなのまるで自分の方が悪役だった、と突きつけられるようで。
贅沢な暮らしに憧れたわけじゃない、と咄嗟に反論して、彼女は王子との結婚を受け入れたのだ。
男爵位を与えられたとはいえ、今まで王子として生活していた彼にはその暮らしはほとんど平民同然だったけれど。
それでも、いや、だからこそ少女は彼を支える事ができた。
よくよく考えてみたら、自分が王妃様になんてなったら、きっと何にもできなくて王子様にずっと迷惑をかけ続けたかもしれない。お荷物になって、いつか邪魔になって。そしたら、きっと捨てられてしまったかも。
そんな風に考えると、彼女はこれで良かったのかしらね……? なんて思うのだ。
――第一王子の存在がなかった事にされたも同然なので。
公爵令嬢の婚約は破棄、というよりは白紙とされた。
次に王位につくのは誰か、という話が一瞬出はしたものの順当に第二王子に決まった。ただ、まだ彼は成人していないため、あと数年は王妃が頑張る必要があった。とはいえ、第二王子は正妃の子だ。そういう意味ではあと数年と言っても本当にあっという間だろう。
第一王子との婚約がなかった事になった公爵令嬢は、というと。
彼女は王妃の勧めで他国へ嫁ぐ事になった。
第一王子と公爵令嬢の仲はどうしようもないくらいであったけれど、しかし王妃と公爵令嬢の仲は悪くなかった。どころか、第一王子と比べるならば天と地ほどの差があったのである。むしろ王妃との仲の良さが第一王子にあったなら、そもそもこんな事にはなっていなかった。
第二王子が即位するまでの間の数年間、国内の強化は他の貴族たちでもなんとかなる。
だが、王妃になるはずだった程度には優秀な公爵令嬢をそのまま国内に留めておくよりは、隣国との関係強化のためにそちらと縁付かせた方がいい。王妃はそう判断したのである。
ついでに、第一王子と比べれば公爵令嬢から見て好ましい人物が複数名いたのもあって、その中から最良であろうという相手へ話を持ち掛けた。勿論王妃が、である。
公爵令嬢の両親も王妃の事は信頼していたからこそ、ドンと構えていた。第一王子に娘をとなるととても不安だったし信用も信頼もできそうになかったけれど、王妃であれば安心である。王妃ならば娘の事を悪いようにはしないと断言できるだけの信頼感が確かにそこにあった。
結果として彼女の新たな婚約者として選ばれた相手は、かつて外交の際に何度か顔を合わせる機会があった相手だった。
王族ではないが、王族の血をそれなりに濃く受け継いだ公爵家の跡取り。私的な話をする機会はあまりなかったが、それでもお互いに好印象を抱いていた。
王妃が持ってきた縁談に、公爵令嬢は俄然乗り気であった。
ここで両国の友好のためにがっしりと結びついておきますわ! と第一王子が婚約者だった頃には絶対見せない笑みすら浮かべていた。
ついでに言うと国王は王妃から一足早い隠居生活なんてどうです? などと言われ、側妃と共に国内の視察――と言う名の旅行へと駆り出された。
第一王子が王籍から抜けた事は側妃にとっても望まぬ事態であったけれど、それに異を唱えるにしても遅すぎたし、かといってそのまま彼女を城に置き続けても良からぬ企みを持った相手に利用される可能性が高すぎた。
最初から、というわけではないが、まぁ概ね王妃の掌の上であった。
後の王妃は、長年仕えてくれていた者にこう言っていた。
「あの時の私も、彼女のように言葉を受け取っていれば。違う人生があったのかもしれないわね」
――と。
今の側妃にかつて王妃も「貴方に彼は相応しくないわ」なんて言われた事があったけれど。
それがどういう意図でもって言われたかを王妃はその時点でよく理解していた。
だからこそ、あえて別の意味で受け取るという事ができなかったのだ。
それ以前にあの時点で色々と尻拭いをさせられていたのもあって、表向き余裕たっぷりに振舞えていてもその実余裕なんてほとんどなかったから。
そんな風に受け取って、自分の現状を変えるための行動に出るまではいかなかったのである。
それを思いつくことすらできなかった。
気付いていれば。
人生を変える切っ掛けはきっとあの時点でいくつもあったに違いないのだ。
自分にとってはもう今更だけれど。
新しい生活を送り始めた者たちはどうだろう。
王妃とてまぁ、国王に思う部分はたっぷりあるとはいえ。
別に地獄に落ちろクソ野郎とまでは思っていないので。
王も側妃も王子に男爵令嬢、そして公爵令嬢も。
それなりに――という言い方もどうかと思うが、身の丈に合った幸せを掴んでくれればいいなとは思うのだ。
その幸せで満足できるかどうかは本人次第である。
結果、満足できずにより多くを望んで破滅したとしても。
流石にそこまでの面倒は王妃には見切れないので。
「その時は、その時かしらね」
なんて。
パチンとあえて音を立てて、王妃は扇子をそっと閉じたのである。
次回短編予告
親ガチャ爆死っていう言葉から浮かんだ話。
なお現代が舞台ではない。大体いつものなーろっぱテイスト。