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アフォガート

 なんか熱くなれない。何でもすぐ飽きてしまう。一応大学には通っているが、来年から始まる就活を思うと憂鬱だ。そんな深澤千広はため息をつきつつ、自宅の食卓でコーヒーをすすっていた。


 このコーヒーも飽きてきた。人気コーヒーチェーン店のドリップバックだったが、すぐ飽きた。確か同居している母が買って来たものだが、期待の割にはあっけない味。


 そんな千広は恋愛関係も全く長く続かない。確かに出会いもあり、付き合うまでがイージーに行くが、相手のちょっとした仕草に幻滅し、こっちから振ってしまう。例えばデート中にクーポンを出すとか、ノベルティのバックを大事に使っているとか、寝癖がちゃんと直っていないとか、些細な事で冷める。いわゆる蛙化現象なのかもしれないが、千広のため息はもっと濃くなっていく。


 そんな時、姉が帰って来た。姉はもう社会人で一人暮らし中だったが、時々実家に戻ってきた。今日も土曜日の休日なので、気が向いたので帰ってきたという。


「あれ? 千広しかいないの? お母さんとお父さんは?」

「どっちもイオンモールに出かけてるよ」

「そう。あ、アイス買って来た。食べる?」


 姉はスーパーの袋を見せてきた。中にはフルーツのシャーベット、モナカ、チョコミント、バニラアイスが。どれも大手メーカーのものでスーパーでよく見るもの。


「えー、飽きたし。っていうか、ここでバニラアイスのチョイスって何? 一番地味じゃん。値段も安くて百円ぐらいだよね?」


 思わず千広は口を尖らせてブーブーと文句を言う。


「何よ。せっかく買って来たのに。本当に千広って飽きっぽいわ」


 姉はこんな千広には慣れっこという様子で、特に言い返さず、なぜかコーヒーカップにバニラアイスを盛り付け、千広に見せる。


「えー? 何でコーヒーカップ?」

「いいから、いいから」


 その上、姉はコーヒーも淹れ始めた。食卓にふわっとほろ苦い香りが広がる。


 なぜか姉はこのコーヒーはコーヒーカップではなく、小さめなピッチャーに入れると、バニラアイスにかけ始めた。


 熱いコーヒーのせいでバニラアイスはゆるゆると溶け始め、混ざり合う。コーヒー沼にアイスが溺れていくような。


「何これ?」

「アフォガートよ。イタリアのデザートで『溺れる』という意味。本当にアイスがコーヒーに溺れていくみたいでしょ。ま、イタリアの作り方とは違うと思うけど」


 姉はそう言うと千広にスプーンを渡す。


「溺れる?」


 何事も飽きっぽい千広にとっては、溺れるなんて意味がわからない。千広の辞書には無い言葉だったが、一口すくって食べる。


「あ、美味しいかも?」


 コーヒーの苦さとアイスクリームの甘さ。


 コーヒーの熱とアイスクリームの冷たさ。


 液体のコーヒーと個体のアイス。


 相反するものが絶妙に舌の上で溶け合い、食べるたびに味が変わる印象だ。互いが互いを引き立て合い、相乗効果を生んでいる。


 気づくと千広は無茶でスプーンを動かす。アフォガートは溺れるという意味。その名に恥じない味だ。


「気に入った?」


 目の前にいる姉は穏やかに微笑む。


「うん」

「千広も何でもやってみるといいかもね。思わず溺れるようなやりたい事もできるかもよ?」

「そうかなぁ」

「ちょっと期待と違う事があってもすぐに切らない。もっと深く知ったら、案外、ハマるんじゃ無い?」

「そうかな……?」


 まだ姉の言いたい事はよく分からない。それでもこもアフォガードは美味しい。今はこの味に溺れるだけで十分。

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