ドリップバックコーヒー
「うわ、なんでこんなキャベツ値上げ!? お米も高いし、パスタもチョコレートも全部値上げしてるよー!」
昼下がりのリビングに市川七子の声が響く。専業主婦の七子だったが、家計簿や一週間分のレシートを見つめて胃が痛い。数年前の家計簿と比較すると確実に物価が上がっている。
このぐらいの事で負けたく無いものだが、うん、うーんと唸ってしまう。
それに大好きなコーヒーチェーンも行けていない。最近はスーパーのプライベートブランドのドリップバックコーヒーを飲んでいた。三百円ちょっとだったが、十パックも入っていてコスパは申し分無い。プライベートブランドの安いコーヒーを見ると、七子は再び唸りたくなったが。
そうは言っても、唸っていても仕方ない。お湯を沸かし、このコーヒーを飲む事にした。
確かに大好きなコーヒーチェーン店には劣る味だが、まずは丁寧に淹れてみる事にした。
最初にちゃんとコーヒーカップを温める。お湯を注ぎ、ちょっと放置して流す。その雫も全部拭き取ると、ドリップバックコーヒーを設置した。
ふわっと良い香り。頭も正常に戻ってきそうなクリアな匂いだ。
まずはコーヒー粉を湿らせるようにお湯を淹れた。その後も三回に分け、ゆっくりと丁寧にお湯を注いでいく。
「あれ? ちゃんと丁寧にコーヒーを淹れたら、プライベートブランドでも美味しい」
その事にも気づき、七子はゆっくりと啜る。
「うん、悪くない。なんか贅沢だな。気分は大富豪かも」
こんなコーヒーを飲めるのは恵まれた証拠だ。確かに今は少し家計が苦しいが、パートも行っているし、スキマバイトを入れて見ても良いかもしれない。
そこに息子が中学校から帰ってきた。
「お、お母さん。なんかご機嫌?」
「ええ。ゆっくりコーヒー飲んでたら、気分良くなってきた」
「ふーん。でもま、家では母ちゃんがご機嫌でいるのが一番だって。テレビで言ってたー」
息子は慌ただしく塾へ行ってしまう。
そんな足音を聞きながら、もう一回コーヒーを啜る。
「うん、美味しいわ」
例えどんな経済的に大変でも笑顔でいよう。多分、これが家族の中での役割かもしれない。