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インドネシア式コーヒー

 母はコーヒーをちゃんと淹れる事ができない。


「はぁ……」


 杉谷真昼は、実家の食卓でため息をついた。母が淹れたコーヒーは明らかに粉っぽく、なんか変。


「真昼、コーヒーだよ」

「いや、これは変だよ。ちゃんとコーヒー淹れてよ」

「久々に実家に帰って来たかと思ったら、何よ」


 母は頬を子供のように膨らませた。残念ながら母は六十二歳の女性だ。ちっとも可愛くは見えない。


 そんな母は元々少し知能に問題があった。障害者になれないギリギリのラインで、ろくな仕事にも就けず、風俗を転々とした後、いわゆる「理解ある彼くん」を捕まえ、結婚した。


 そんな母は家事が苦手。特に料理は絶望的だ。野菜は必ず腐らせる。作り置きなんて絶対できない。麦茶はいつもドロっとしている。そしてコーヒーも変。父に離婚されなかったのは奇跡としか言いようがないが、真昼はこんな母のようになりたくなく必死に勉強して看護師になった後は、ひとりで生きてきた。今日のようにフラっと実家に帰る事はあったが……。


「お母さん、このコーヒーどうやって淹れてるの?」

「うん? 粉をそのままカップに入れて、お湯注いで出来上がり」

「いや違うでしょ。ドリップは? インスタントコーヒーじゃないでしょ」

「えー?」


 無邪気に笑う母に頭が痛い。まさかコーヒーすらまともに淹れられないとは。やはり真昼は母のようには絶対になりたくないと思うが。


 そこに父が登場。あの変なコーヒーを飲み、うまいという。父の母への理解力は異次元すぎて、真昼のほうれい線あたりが引き攣った。


「この母さんが淹れたコーヒーはインドネシア式コーヒーだよ」

「え? 本当?」


 父の発言に驚く。まさかこのコーヒーの淹れ方は、間違いでもない?


「そう。コップに粉入れて、お湯入れて、ちょっと浮いてる粉をとって、少し時間を置いて上澄みを飲むんだ」


 そして父は若い頃インドネシアに母と旅行に行った思い出も語る。オシャレなカフェではなく、道端のおじさん達がのんびりと笑いながらこのコーヒーを楽しんでいたとか。


 母も何かを思い出し、ケラケラと笑っている。


「真昼、コーヒーには正解はない。世界は広い。色んな飲み方があってもいいのだ」


 母は気取って台詞っぽく語るが。


「そっか。別にこの飲み方も間違いではなかったのか」


 真昼はそう呟くと、再びこのコーヒーを飲む。確かに粉っぽいが、今はおおらかな味わいに感じる。真昼の肩の力もすっと抜けてくるような。


「コーヒーは自由なのさ」


 父の声が響き、真昼は深く頷いていた。

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