ハニー・コールド
最近、近所のカフェで仕事するのにハマってる。
昭和レトロな雰囲気のカフェだ。カウンター席には常連客が多い。マスターも常連客と話し込んでいたが、俺は端の方の席に座り、ノートパソコンのキーボードを打っていた。
最近取材したインドカレー屋の記事を書いてる。フードライターという職業柄、遠方に行くこともあったが、今は記事を書く作業が多く、家だとに詰まる。このカフェに来て正解だった。サクサクと画面の文字が埋まっていく。
ここのコーヒーもおいしい。今日はハニー・コールドというコーヒーを注文した。見た目は普通のアイスコーヒーにそっくりだったが、苦味とはちみつのスッキリとした甘さがよく合う。その癖に甘味の余韻があり、印象深いコーヒーだった。
俺もそんな余韻が残せる文章を書きたいものだ。
元々公務員として無難な人生を送っていたが、パンデミックがきっかけで飲食店を応援している内に、フードライターが本業になった。
まだまだ文章も完璧じゃない。読者の心に残る文を紡ぐ為にはどうしたらいいだろう。
そう考えた時だった。ふと、顔を上げると、元カノがいた。パンデミック時に喧嘩別れしてしまった彼女だった。今でも当時一緒に飲んでいたダルゴナコーヒーを見ると、しょっぱい気持ちになるぐらいだった。
お互い気まずい。偶然とはいえ、会いたくもない相手だったが、一緒にハニー・コールドを飲んだ。
「あ、甘いけど、スッキリしてる。甘さだけじゃない味だね」
元カノもハニー・コールドの味を気に入ったらしい。
「しかも甘味に余韻がある」
しかも俺と全く同じ感想を持ったらしい。思わず元カノの目を凝視してしまったが、今がチャンスかもしれない。当時、どうしてもいえなかった事を言葉にするのは。
「ごめん。あの時は色々と俺が悪かった」
本当はずっと謝りたかった。
元カノは怪訝な顔をしていたが、ハニー・コールドを飲んで呟く。
「今更?」
全くその通りだが、元カノは笑っていた。スッキリと晴れた目だった。
「私こそ、ごめん……」
そんな事を言われてしまったら、俺も黙るしかない。もう一度、ハニー・コールドを飲む。スッキリとした甘さだ。過去のわだかまりも溶かしていくような。
「ハニー・コールド、おいしいね」
「あ、ああ」
しばらく二人でハニー・コールドを飲む。それ以上の言葉は出てこなかったが、それも悪くないと思う。




