黒蜜バナナ・カフェ
よりによって初デートで喧嘩してしまった。
「だから、なんでミヤコはそっち選ぶんだよ」
「だって混んでるし、暑いし! っていうか、もう帰りたい!」
SNSで取り上げられているカフェに行こうと思ったが、夏休みもあってか行列ができていた。彼氏は並んでいても入りたいという。一方、ミヤコは暑くて疲れてしまった。別にチェーン店のカフェでもいいと言ったら、喧嘩に発展。正直、学校での彼の姿と違う。いわゆる蛙化現象一方手前だったが。
結局、ミヤコはここで別れ、別のカフェで休憩中だった。
このカフェ、よく言えば昭和レトロ。悪く言えば小汚い感じで、客も多くない。静かなクラシックが流れ、空調もちょうどいいが、カウンター席の客はずっとマスターと話していた。おそらく常連客だ。
勢いでこのカフェに入ってしまったが、一見さんはどうなんだろう。メニューも手書きだし、戸惑っていたが、「黒蜜バナナ・カフェ」が気になった。
黒蜜、バニラアイス、バナナ、エスプレッソを混ぜたコールドドリンクらしい。手書きの文字で「マスター、おススメ!」とある。温かみのある文字だ。反射的に注文してしまった。
「どうぞ」
すぐにそれはやってきた。グラスは冷えている。淡い色合いも食欲を刺激する。ほんのり甘い香りもいい。
一口目。黒蜜や、バニラアイス、バナナの甘みが主張気味。ちょっと甘すぎるかと思ったが、エスプレッソの苦味がそれを一つにまとめ、絶妙なハーモニーがある。二口目は包容力のあるエスプレッソの味に癖になりそう。
それに冷たい。今までの怒りをすっとクールダウンさせてしまう。冷たく、甘く、苦く、丸く包み込むような味。
頭はすっかり冷静になってしまった。スマホを取り出し、彼氏にメッセージを送った。ごめん、と。
正直、謝るつもりなんてなかったのに。今は心が丸くなっていた。




