コーヒーフレッシュ
人間という生き物は禁止されると、余計にやってみたくなる生き物らしい。
「ねえ、コーヒーフレッシュ買っていい?」
「ダメと言っても君は買うんだろ?」
「ええ、買うわ!」
妻の靖子はホクホク顔でコーヒーフレッシュえおスーパーの籠に入れる。
他にも冷凍のフライドポテトも入れるが、夫の真斗は止めない。禁止されると逆効果になると知っているから。
靖子の母は健康にとても気を遣っていたらしい。コーヒーフレッシュは癌の元、外国のポテトチップスやフライドポテトは悪魔崇拝、赤いウインナーは糖尿病の元、菓子パンは貧乏人専用とまで言われ、靖子も好きなものは一切食べられな無かったそうだ。
恋愛も公務員or大手企業サラリーマンとそろと言われ続け、大学生まで禁止だったらしいが、人は禁止されれば余計にやりたくなるもの。バンドマンの真斗と靖子はスピード婚。靖子が大学二年の春のことだった。
この事で靖子は実家と絶縁状態になったが、意外にも結婚生活は長く続いている。真斗もバンドを辞め、音楽講師、編曲、動画作成などで経済的にも安定していた。子供はいなかったが、靖子は厳しい母とのトラウマもあり、あまりそこには積極的になれないのが現状だった。
今は靖子もそんな母から自由になり、スーパーで好きなものを買う。
家に帰っても、ホクホク顔でコーヒーを淹れ、コーヒーフレッシュを注ぐ。
「うーん、この背徳感がたまらないわぁ」
漆黒から薄い茶色になったコーヒーを飲むと、靖子は実に満足そう。
「ま、何でも禁止されるとやりたくなるからな。我々にもし子供が産まれたら自由にさせよ」
真斗も全く同じコーヒーを飲み、頷く。正直舌がオンチな真斗はコーヒーフレッシュを入れても入れなくても同じように感じたが。それに本当に身体に悪いのかは分からない。
そこでなぜか靖子がニヤっと笑う。
「最近生理がきていないの」
「は!?」
「明日産婦人科に行こうと思う」
突然の事で真斗はパニック状態。変な声しか出ない。
「これからは今度は母がよく飲んでいたたんぽぽコーヒー飲むかな」
ここでまた靖子は笑う。
「禁止されるとやりたくなるからね。子供なんて要らないとか自分に言ってたら、欲しくなってしまったわ」
そう言うと、再びコーヒーを啜っていた。
「たぶん、これが飲み納めね。まあ、実はこのコーヒーもカフェインレスだけど」




