第九話 魔法講習
魔法自体は今は人間の前に殆ど顔を出さなくなったエルフが使っていたされている。彼らは魔法操作に長け人間一人では不可能な大規模な魔法の行使さえ可能とした。現在人間達が使っている魔法はそれらを研究し人間でも使えるようにデチューンしたものだ。魔法に基本となる属性が炎、水、風、土、雷 凍となる。多くの魔法使いはこの六種類のうちの自身の適性の魔法を学ぶ。適性以外の属性の魔法も使えるが初級が精々だ。また自身の適性外の魔法を使うと性質が適性の魔法の属性に影響される。炎に適性があるものが水魔法を使うと温水になるが良い例だ。
「ここまでが魔法の基本となります。ここからは希少属性の話になります」
希少属性として代表格が光と闇だ。これは先天的な適正がある者しか使えない属性だ。回復魔法に関しては何処の属性に入るのか判然としていない。これは教会が回復魔法の適性がある者の大半を囲い込んでいるせいで研究が進んでいないからだ。稀に在野で現れる回復魔法使いは能力の低さ故、キチンとしたデータが取ることが出来ていない。
講習を担当したギルド職員の話を聞きながらミレーアは師匠の話を思い出す。ここまでは概ね師匠の話通りであった。師匠自身は莫大な魔力を持っていながら攻撃系の魔法が一切使えず専ら身体強化や腕に炎を纏わせていたりした本人曰く、攻撃魔法を参考にした独自の技術を使っていた。残念ながら方法は教えて貰えずミレーアは使うことは出来ない。
細分化すればさらに属性があるのだが今回の講習は新人向けであるため障りだけだ。魔力の魔法以外の使い方として身体の一時的な強化がある。特に身体強化は魔力さえあれば魔法使いでなくとも使える。冒険者をやっている魔法使いが一般的に使う魔法は下級か中級当たりだ。魔物を討伐する当たって必要な威力はそこで十分であり上級は消費魔力も攻撃範囲も広すぎて寧ろ使い勝手が悪く使われるのは戦争する時くらいだ。使用者も多い分、独自のアレンジが多いのが下級や中級の特徴だ。発動のトリガーとなる言葉を同じでも術式を組み替えることで威力を減らし数を増やしたり魔力量を増やして威力の底上げも可能だ。そのため、下級魔法の消費魔力を増やし中級魔法と同等の威力を出すことは可能ではあるが魔力の無駄な消費も多く素直に中級魔法を使った方が魔力消費も抑えられる。術式は詠唱によって組み立てるのが魔法だが、次代が進み術式そのものを杖に予め登録できるようになった今では基本的には杖に自分で登録した術式を使うが一般的だ。杖に登録できる術式は安い杖で精々2～4程度だ。登録できる術式に振り幅があるのは、術式によって容量が違うからだ。下級魔法の大きさが1とすると中級魔法は2～3程度の大きさとなる。これは基本術式の大きさであり、独自のアレンジを施せば更に大きくなる。また自身の適性にあった属性の場合、例えば単純に火を起こす程度なら「ファイヤー」だけで火を生み出すことが出来る。ミレーアが師匠に教えて貰った「ポリューション」はこれに近いものだと言える。
「魔法を使おうと思ったらまずは準備が必要かぁ……」
話を聞き紙に内容を書き込んでいたミレーアは誰にも聞こえない程の小声で現状の一番の問題点を呟く。魔力操作自体は出来るため、魔法を使うための道具と術式さえ学べば直ぐにでも彼女は攻撃系の魔法が使えるようになるだろう。回復魔法使いのため、使えたとしても初級だけになるだろうがそれでも手札が増えればいざという時の助けになる。
「あれ?」
そこでふとミレーアは気づいた回復魔法を使っているが、ミレーア自体は術式など一度も習っていないし詠唱もしたことが無い。魔力を注ぎ込めばそれだけで良かった為、気にならなかったが術式の話を聞き当然の疑問が思い浮かんだ。どうやって自分は回復魔法を使っているのかだ。魔力を通すだけで効果が現れることを考えれば身体強化に使い方は近い。しかし、それだけで良いのなら極限られた者にしか使えない理由が分からない。それらに詳しい者達が教会だろうが回復魔法関連は秘匿されているため、部外者に教えては貰えないだろう。知りたければ独自で行うしかないが急を要することでは無いため、ミレーアはこの疑問を棚上げすることにした。
「それでは最後に希望者のみ魔法体験を行うから残るように」
「ミレーアさんは残りますか?」
「うん。手触りだけでも知りたいからね」
魔法体験では用意された杖を借りて実際に魔法を発動させる。魔法を使う場合、杖に血で登録を行い持ち主以外が使えない様にしてあるがこの体験で使う杖にはそれがない特別仕様だ。無論盗まれた時のことを考慮して登録されている術式は威力もそれ程無いものばかりだ。
「私も他の属性を試してみたいので残りましょうか」
「ふむ、君たちが残るなら僕も残ろうかな」
意見を求められていないにも関わず話に加わってくるクルトにシャーリィはいい加減うんざりしていた。
講習を受けた者達で魔法体験に参加する者は半数にも満たない。これは講習会に参加している冒険者の大半が魔法使いではないのが理由である。魔法使いは初期投資でお金がかかるため、裕福な家でなければ学ぶことすら難しい。学べるだけの環境があるならばそもそも冒険者になる前に既に魔法が使えるようになっているため、シャーリィのような理由でもない限りそもそも講習会に参加しないだろう。アレンやエリオのような辺境の村から飛び出し冒険者になった者の中に魔法適正が高い者が講習会に参加することはあるくらいだ。魔法を使わない冒険者が講習会に来る理由は魔法を使うためでは無く、魔法使いが何が出来て何が出来ないのか把握するためだ。冒険で一緒のパーティになった時など魔法に対する知識不足からの勘違いなどで魔法使いに無理強いさせてしまい冒険の途中で仲違いを起こしては目も当てられない。そういったことを防ぐため、この講習に参加しているのだ。
「まず適性属性を調べた者はこのマジックアイテムに触れてくれ」
残った幾人かは言われた通り適性属性を調べるマジックアイテムの方へ向かう。シャーリィは水の魔法が使える杖を手に取り発動させるとお湯が出て来た。それを確認したシャーリィは何度か試行錯誤しながら使い始めた。
クルトが選んだのは火が出る杖だ。一応、参加する手前他属性の魔法を試すようだ。魔法によって作られた炎は大きな火の玉となって激しく燃えている。
「君!? 直ぐに魔法の発動を止めるんだ!!」
「は、はい!!」
焦った声で魔法を止めるように叫ぶギルド職員。クルトの声にも焦りがあったことから双方共にこの出来事は予想外だったようだ。彼は自分の適性属性を風だと言っていた。大きな火の玉が生まれたことから風の属性には火をより激しく燃え立たせる効果があるようだ。
それを横目にミレーアが手に取ったのは雷属性が使える杖だ。魔力を込め魔法を使おうとしたところ杖の先端が突如として爆発した。
「わぁ!?」
「君、大丈夫か!?」
突然の出来事に驚き思わず杖を手放したミレーア。カランっという乾いた音を立てて床に転がる杖。ギルド職員が血相を変えて駆け寄ってきた。実績も無く、信用も無い新人冒険者とは言えギルドの持ち物が不良品でそれが原因で怪我をさせたとなれば信用問題に関わる。
「大丈夫です。少し驚いただけですから」
「それは良かった……それにしても何故、急に爆発を」
ミレーアが外傷も無く無事だったことに安堵したギルド職員は床に転がった杖を拾い破損部位を確認した。
「魔力を過剰に流されたことによる過負荷か……おかしいな、そうならないようにリミッターが付いていた筈なんだが」
壊れ方に納得がいかないのか具に杖を確認するギルド職員。
「経年劣化による動作不良か? まったく整備していた奴は何をしていたんだ……すまない。こうなると他の杖も一度、確かめて見る必要があるから今日の魔法体験は中止して後日になる。日程が決まり次第こちらから連絡しよう」
他の杖も突然、爆発したら危険なため中止は妥当な判断だ。ミレーアは怪我を負わずに済んだがそれは運が良かっただけだ。下手をすれば爆発で腕が使い物にならなくなる可能性すらあるだろう。他の参加者も魔法体験の中止に不満そうな表情をしているが、実際にその爆発を見たためその危険性は十分に理解していたことから特に異論は無かった。
「いや～魔法体験が延期になってしまったのは残念だったね」
全然、残念じゃなさそうな声音で話しかけるクルト。寧ろ早く終わってくれて有難いと言っているような印象である。
「それじゃあ、レディ達約束通り昼食に行こうじゃないか」
「約束も何もしていませんが……どちらにしろ結構です」
講習会前は周りの迷惑になるかもしれないので黙っていたが講習会も終わりもう遠慮する必要はないとばかりにシャーリィは強い口調で拒絶する。
「遠慮しなくいいんだよ、君だって美味しもの食べたいでしょ?」
「離してください!!」
逃がさない言わんばかりにシャーリィの腕を掴むクルト。それに声を荒立ててるシャーリィは引き剥がそうとするが流石に男性であるクルトの方が力が強く簡単に引き剥がせない。
周りもなんだなんだと注目し始め、ミレーアも接した時間はまだ少ないが知り合いであるシャーリィが迷惑しているのを見て不愉快そうな表情をしていた。そこでミレーアが取った行動は……
「いぎいいぃいいい!?」
悲痛な叫び声を上げるクルト。ミレーアは知り合いが迷惑してたことでクルトを敵と判断しその股間を観衆の前で容赦なく蹴りを入れた。痛みに股間を抑え蹲るクルトの予想外の姿に唖然とするシャーリィ。一部始終見ていた周囲の冒険者は男は若干顔を引き攣らせているが無様な姿となった色男に対して爆笑するという面白い表情となった。女性は良くやったと言わんばかりに拍手喝采だ。
「行きましょうか」
「うん」
我に返ったシャーリィは蹲るクルトに目もくれずそう提案するとミレーアは頷き共にその場から離れたのだった。
一度敵認定すると容赦がないミレーア。師匠譲りである。
