第八十五話 模擬戦(二)
「武器は良いのか?」
「特殊過ぎるものばかりなので私はこれしかないですね」
ハロルドの確認にミレーアは拳を構え答えた。ハロルドの方は木製で出来た大盾を右腕に装着し、左手には片手で持てる程度の重さの剣と同じ大きさの木剣だ。どちらも当たれば痛そうである。
「出来るだけ怪我はさせないようにするが……まぁ、不足の事態というのは何にでもあるからな」
「ご心配無く。自力で治しますので」
ミレーアがそう返すとなら遠慮はいらないなというようにニヤリと笑った。おそらくはこの程度で怯まないかどうか試されたんだろうなとミレーアは思った。そして、開始の合図をリュウが出すと同時にミレーアはハロルドに向かって駆け出した。ハロルドの方は何処から攻撃を来ても良いように大盾をしっかりと構えミレーアの細かな動きを見逃さぬよう見据えている。
「まずは挨拶変わりです!!」
ミレーアは拳を思いっきり握り締めるとハロルドが構えていた大盾を力強く殴りつけた。
「むっ!?」
木製の大盾越しに伝わって来るミレーアの打撃による振動にハロルドは驚いた。事前に身体強化による徒手空拳が得意とは冒険者ギルドから渡された資料で見ていたし、実際に本人を見てそういったことが得意そうな動きだった。しかし、ミレーアの拳の一撃は彼の予想を遥かに上回る重さがあった。一体どこにこれだけの力がと思ったが、今は模擬戦の途中なため頭に浮かんだ疑問を棚上げし目の前に集中する。
「なかなか重い挨拶だ!! ならしっかりと返さないとな」
ハロルドは大盾をしっかりと構えミレーアに向かって突撃する。構えた大盾でそのままミレーアを殴打するつもりのようだ。
「力勝負!!受けて立ちます!!」
ミレーアは望むところだと言わんばかりに迫る大盾を正面から受け止めた。衝撃で数歩分後ろに後退はしたもののミレーアはハロルドの突進を抑え込んでた。
「ぬ、ぐ!! まさかこれほどの力があるとは、な!!」
「これだけの取柄みたいなもんですから!!」
純粋な力比べによる押し合いそれを制しているのはミレーアの方だ。ハロルドも踏ん張ろうと力を込めるがジリジリと練習場の地面を軽く削りながら後ろへと押されてく。まさか体格で勝る自分が純粋に力比べで負けると思わなかったハロルドは次の手を考える。純粋な力勝負で勝てないならその他の手を使って勝てばよい。彼にはそれをいなすだけの豊富な実戦経験があった。
「ん、これは……」
盾を押している違和感に気が付いたミレーア。先程までの力を競り合うとする気配はなく受け流そうとする方へと変わっている。それに気づいたミレーアはこのままでは不味いと感じ取り後ろに下がるがそれを待っていたと言わんばかりにハロルドが前に踏み込んだ。
「ぐぅっ!?」
後ろに下がっていたため重心が後ろへと向いていたミレーアはそれに対応出来ずハロルドの大盾を使った突進をもろに受けることなった。
辛うじて体を捻り肩で受けたもののその衝撃で肩付近の骨が折れる音を耳にした。
「がぁあ……ぐ!!」
激痛の走る肩の痛みに耐えながらミレーアは回復魔法で肩を治す。身体を治すと力を込めハロルドの突進を再び抑え込もうとするが態勢が悪いこととハロルドの方に勢いがあるため、うまく抑え込むことが出来ず今度はミレーアの方が押されていた。
「それならこれで!!」
ミレーアは左腕に力を込める。過剰な身体強化に体に痛みが走るがそれを無視して更に強化した拳を大盾に叩き込んだ。それによってハロルドが使っていた木製の大盾が粉砕された。それと同時にその後ろからハロルドの持っていた木剣の突きがミレーアに襲い掛かった。
「っ!?」
体を横に捻りハロルドの木剣による突きを躱すミレーア。しかし突きから木剣の動きは横薙ぎへと変化しそれに驚いたミレーアは迫る木剣に対して肘打ちを叩き込んだ。
「なに!?」
「貰った!!」
ミレーアの肘打ちによってハロルドの使っていた木剣が半ばから粉砕された。完全に決まったと思っていた一撃を止められたことに動揺したハロルドにその隙は逃さないと言うように前に出るミレーア。盾は破壊され反撃に使うための木剣も破壊した。そのため、ミレーアの攻撃を防ぐものは見た限りではハロルドが持ち合わせているようには見えなかった。するとミレーアの方に向けて指を揃えた掌を向けるハロルド。それは待てと言っているようにも見えたし、ミレーアの拳を受け止めるために出されたようにも見えた。
「はぁああ!!」
「っ!? これは魔法障壁!!」
ハロルドの気合に叫びと共に彼の前面に盾のように魔法障壁が現れた。まさかそんなものを使うとは思っていなかったミレーアは驚きの声を上げた。
「俺の役目は仲間の盾になることだからな……いざという時の対処方法を持ち合わせてないとでも思ったか?」
ハロルドが魔法障壁を維持したままミレーアに向かって来る。腕に動きからやることはシールドバッシュだということは見て分かった。固い魔法障壁は鈍器として使うのにも優秀ということだろう。
「ぐっ!?」
ハロルドの魔法障壁によるシールドバッシュを受け止めるミレーアだが先程よりも重い衝撃が身体を駆け巡った。固さはあれど重さなどない筈の魔法障壁による一撃にどうなっているのか分からず頭に疑問が浮かぶがそれらを棚上げしミレーアは目の前のことに集中する。既に回復魔法をによって体の状態は万全だ。
「貰ったぞ!!」
「これは……!?」
右腕だけでなく左腕にも魔法障壁を展開したハロルド。つまり武器ならば両腕にシールドを装着していることになる。おそらくはそれが彼の本当の戦闘スタイル。巨大な鈍器を縦横無尽に振るいミレーアを攻め立てる。先端を尖らせたことによる突き、側面を使った薙ぎ払いそのどれもが当たれば人の体を砕くには十分な破壊力だ。
「強い……!!」
「当然だ。俺達は冒険者を始めてそれ相応の修羅場を何度も潜っている。純粋な腕前だけなら負けるつもりは毛頭ない!!」
躱せないと悟り身体強化を現状の限界まで上げミレーアは受け止める。
「ぎぃいいい!!」
「これを受け止めるか!!」
ハロルドの攻撃を受け止めた体に走った衝撃にミレーアの口から声が漏れた。一方で自身の攻撃を受け止められたことにハロルドは感心していた。彼の予想ではミレーアはこの一撃を受け止められず行動を不能になると思っていた。しかし、その予想に反して痛みによる声が口から漏れはしたもののミレーアは膝を付くことなく立っていた。
「ふぅう……今の効きましたよ」
「我慢強いな」
いくら回復魔法によって肉体を治すことは出来るとはいえ攻撃を受けた時の痛みに先に精神が参るものだとハロルドは思っていたが、ミレーアの心は未だ負けていなかった。まるでこれくらいに怪我なら慣れているといった感じである。
「不思議そうですが……何を考えているのか何となく分かります。師匠は回復魔法で治せるからってかなりボコボコにしてくれたんですよ」
「成程、これくらいの痛みに負けるような鍛え方はしていないということか」
ハロルドはミレーアの師匠は今のような事態を見越して修行させていたのだろうと推察した。回復魔法で傷を治療することは出来ても痛みで心が折れれば戦えないということが分かっていたということだ。さてとどうしたものかとハロルドは考える。模擬戦形式でミレーアを負かすの相当難しいと感じたからだ。素手での戦いではミレーアに分があり、背後に回って首を絞めての気絶させるのが難しい。かといって負傷を狙っての戦闘不能にさせる手段はミレーア自身の高い回復魔法もあって不可能だ。実戦ならば頭部を潰し即死させるという手段もある。
「困りましたね。私には現状では決め手がありません」
対してミレーアも自身の技量ではハロルドの守りが抜けないことは痛感していた。魔法障壁を砕くことが出来ないため決め手がないのだ。ミレーアの方も実戦ならば自身の武器を使い魔法障壁を砕くことが出来ると考えている。互いに相手のスタミナ切れを狙うというの手段もあるが今のところ互いに息を切らせていないことから双方スタミナにまだ余裕があり、それがどれだけの時間を有するのか不明だ。
「……このままダラダラと戦いを続けても不毛だな」
「そうですね」
故にミレーアとハロルドは構えを解き、この戦いを引き分けという形にするのだった。




