第八話 昨日のお礼
「あ、おはようございます」
ギルドに朝一番に訪れたミレーアは入口付近にいたマイルズに気づき挨拶した。
「おはよう……少し良いか?」
「……? はい」
何か用事があるらしいマイルズに心当たりのないミレーアは首を傾げた。マイルズの後に付いて行くと彼は待合用の椅子に腰掛けミレーアはその対面に座った。
「昨日、刺された冒険者を治療にしたのはミレーアであっているか?」
「あ、はい!! 傷が酷くて教会まで間に合わないと思ったので……えっと、ご迷惑でしたか?」
「いや、良い判断だった。内臓が傷つき一刻を争う状況だったからな」
刺した相手は刺された冒険者のかつての仲間だった。パーティで管理していた金を無断で賭博に使ったことが発覚しパーティを追い出され冒険者の資格も剥奪された。その後、借金で首が回ら無くなり自分を追い出したパーティのリーダーを逆恨みで殺そうとした。加害者は既に憲兵に捕まり今は牢屋の中にいる。余罪を調べた結果パーティを追い出された後、幾つかの非合法な取引を行っていたことも明るみになり処刑は免れないだろうとのことだ。そういった事情はまだ新人であるミレーアが知ることは無い。精々、この間捕まった相手は余罪も見つかり処刑された程度しか耳にすることはないだろう。
「それでここからが本題でな、レックス……昨日刺された相手がお礼がしたいそうだ」
「……そういえばそういうのは受け取った方が良いんでしたっけ」
マイルズ達に先達としていろいろ教えられた時にそんな話をされたのをミレーアは思い出した。一回でも無償でやればあの時は無償でやっただろうと無料で治せと言って難癖をつけてくる者が後を絶たなくなるため、冒険でパーティを組んでいる場合を除いて治療費を受け取るべきだと忠告された。
昨日は治療が終えたタイミングで騒ぎを聞きつけ人が多く集まり出しこともあり、邪魔にならないように何も言わず立ち去ってしまった。
「レックスが治療してくれたお礼をしたいが誰か分からないと相談してきてな。多分、ミレーアのことじゃないかと思ってこうして声をかけた訳だ」
「それはお手数かけてすいませんでした」
知らないところで他人に迷惑をかけてしまったと思い謝罪するミレーア。それに対してマイルズは気にするなと言わんばかりに言葉を返した。
「いいさ、知り合いを助けてくれたんだ。これくらいしても問題ない。アイツもそろそろ来るだろうからこのまま待つとしよう」
「昨日は本当にありがとう!!」
マイルズの顔を見て隣にいるミレーアが昨晩、自分を助けてくれた恩人だと察したレックスはミレーアに向かって感謝の言葉と共に腰が直角に曲がる程のお辞儀をした。
「え、え~と?」
顔に幾つかの傷跡を残し程よく筋肉のついた端正な顔の男性。自分が昨日治療した相手だと気づいたミレーアは刺される前は他の冒険者と喧嘩し殴り合っていたこともあり、荒々しい人物かと思っていため予想しなった相手の振る舞いに戸惑った。目を泳がせ助けて欲しそうにマイルズの方を見るが彼も笑っているだけで何も言わず、レックスの背後にいる彼の仲間を思われる人物達も同様だ。時間も経ち他の冒険者達もギルドに姿を見せ始めおり、事情を知らない者達から奇異の目にさらされていた。それが恥ずかしくなり何と言えば良いのか分からなくなり混乱するミレーア。
「ほら、レックス。折角に自分を助けてくれ相手が困ってるじゃない。あ、私はバーバラ」
「俺はニール」
「ノーマンだ」
バーバラと名乗った女性は明らかに値段が張りそうなローブを着込み魔法使いなのか杖を持っている。ニールと名乗った男は全身がよく鍛えられた筋肉の塊であり見るからにパワーファイターを思わせる風貌だ。ノーマンと名乗った男性はそれとは逆に細身ではあるがそれはニールと比べてであり、しっかりと鍛えられていることは腕についた筋肉を見れば明白だ。弓を背に背負っていることから弓使いだろうということは一目で分かる。
「ああ、すまない。……ごほん、改めて―――昨日は治療してくれありがとう」
「教会に運ばれても間に合わなかったかもしれないし、彼を助けてくれて本当にありがとう」
女性の声が最後の方で少し震えていた。それに対してニールとノーマンは温かい視線を送っておりミレーアはその意味が分からない訳ではなかったため見なかったことにした。
「たまたまですよ。昨日、一緒に冒険していた仲間が騒動に気づいて見にいこうなんて言わなかったらそのまま素通りしてたかもしれなかったですし」
「たまたまだろう君が助けてくれたことには変わりない。……それで礼なんだが教会で治療して貰った時と同額で構わないか?」
「はい、それで良いです」
何か欲しいかっと言われても駆け出しのミレーアでは基本的な道具以外は何が自分にとって必要なのか分からないため、下手なものを貰って宝の持ち腐れになるよりはお金が無難だった。おそらくはマイルズがミレーアが新人であることを事前に伝えてあったのだろう。
「それでは講習会がもうすぐ始まるので私はこれで失礼します」
「ん? ああ、新人用の講習会か。今でも十分やっていけそうなのに熱心だな」
レックスの嘘偽りのない感想を述べた。
「ありがとうございます。ただ冒険者としてはまだまだ未熟なので自分は今、何が出来て何が出来ないのか知りたいです」
「確か今日の講習会は魔法関係だったわね。ああ、回復魔魔法以外に使える魔法を知りたいのね」
合点がいったという表情となるバーバラ。在野に稀にいる回復魔法使いは能力の低さもあって、それ専門にしている訳では無く武器や魔法など他と併用している。最もミレーア程の能力があればそれ一本でやっていけそうではある。とは言っても冒険では不測の事態は付きものであり、冒険者ならそういった予想外の事態に対する対処する力も必要である。そのため、いざという時の手札を増やすことは悪いことでは無い。
「まぁ、覚えておいて損は無いから頑張っておいで」
レックス達と別れ講習会の手続きを受けたミレーアは講習会の席で意外な人物を見つけた。
「あれ、シャーリィも講習受けるんだ」
既に攻撃系の魔法が使えるシャーリィがいることを意外に思い声を掛けたミレーア。
「はい、あの後考えてもう一度基礎から魔法を学んでみようと思いました。実のところ得意な火系統の魔法以外知識は不足していますので今日の講習は丁度良かったんです」
成程とミレーアは納得した。昨日の洞窟でのゴブリンの討伐は弱いとされゴブリン相手に思わぬ苦戦を強いられた。実際、魔法に対する違う視点、考え方を知るのは良い機会だろう。
「なら隣良いかな?」
「はい。なんならミレーアさんが一番違う視点を持っている気がしますので期待していますよ?」
冗談めかして言うシャーリィだが実は本気だ。ミレーアは在野では今後現れるかどうか分からない程の回復魔法の才能を持っている。ここに集まっている新人冒険者の中では一番の異端だ。基本的な魔法知識を知らないこともあり、どういった発想は出て来るのか楽しみだった。
「君、隣良いかい?」
ミレーアがいる側から親しげに声を掛けられそちらに顔を向けると魔法使いと思われる少年がいた。年はミレーアよりも年上だろう。何処かニヤついた笑顔だがミレーアは特に気にした様子はなかった。
「良いですよ」
あっさりと承諾したミレーア。講習を受ける部屋はそれ程広い訳はない。そのため、見知らぬ他人と隣の席になることは仕方が無いだろう。しかし、シャーリィはミレーアの隣の座った少年に嫌なものを感じていた。
兎に角自分は金を持っているぞ言わんばかりの服装に加えて女性を値踏みするような視線。講習を受けに来た受講者と言うよりはナンパに来たと言っているようなものだ。
「君可愛いね。いや~君みたいな女の子が一緒だなんて運が良い。あ、僕は風の魔法が使えてね。今日ここに来たのは他の属性の魔法がどんなものなのか知りたいからなんだ。それで君は何属性のが使えるの? 何か分からないことがあれば遠慮なく聞いていくれ。それで講習が終わったらさぁ……」
「え~と、そのぉ……」
積極的に話しかけられどう対処して良いのか分からずミレーアは少し困惑している。人慣れするために師に街に連れられたことは何度かある彼女だがこうした経験が全くなかった。師がナンパされる様子を見たことはあるが基本的に拳で黙らせていた。流石に師と同じことをするのは躊躇われた。
「間に合っています。何かあれば私が教えますから―――それと講習が終わったら彼女は私と用事がありますので」
シャーリィがそう牽制すると少年はシャーリィの方にも顔を向けるとさらに深みのある笑みを向けてた。まるで狙った獲物が食いついたかのような反応だ。
「君も分からないことがあれば遠慮く無く聞いてくれ。可愛い女の子二人の相手は苦ではないからね。あ、そう言えば名乗りが遅れたね。クルトって呼んでくれ。それで君も講習が終わったら一緒に食事なんかどうだい? もちろん僕の奢りだよ」
話を聞いていないのかそう宣うクルトに内心で下手を打ったとシャーリィは舌打ちしそうになった。表情から本命は自分であり切っ掛け作りとしてミレーアに話しかけたのだと気づいたからだ。身なりからミレーアよりもシャーリィの方が上質な布で出来た服を着ているのは一目瞭然だ。小賢しい手段を使ってきた相手をこの後、どうやってあしらうかシャーリィが考えていると講習が始まったのだった。
師匠としては手加減が大変だから寄って来るなと思っています。