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第七十九話 王都へ(二)

「……大丈夫?」


「大丈夫じゃない……」


 見ていた本と閉じてミレーアはリナに尋ねた。王都へと向かう旅支度を終え馬車に乗り込んでしばらくした後、リナの気分が悪くなっていた。一般的に言う乗り物酔いというやつである。ミレーアは平気そうであり、鎧の下が骨と魔導具であるアギトは言うまでもないだろう。


「私だけ外で走ってちゃ駄目ですか?」


「流石に目立ちすぎるから止めておいた方が良いな」


 今のリナなら馬と並走していても余裕でついていくことが出来る。それもあって駄目元で提案してみた彼女だが案の定アギトに却下されてしまった。がっくりと肩を落としながら深く腰掛け壁にもたれかかるリナの横で打つ手の無いミレーアは暇つぶしでのために買った本を再び読み始めた。


「あと少しすれば一度休憩だろうからそこまでは我慢しろ」


「はぁ~い」


 力なく返答するリナ。いつもとは違う弱々しい姿にミレーアはつい可笑しくなって小さく笑った。それをジロっと睨むリナだが目に力が無くまったく怖くなかった。


「もう少しすればあの街の冒険者ギルドの管轄外区域に入る。……油断はするな」


 そう忠告するアギト。管轄外区域と言ってもそこは別の街の冒険者ギルド管轄区域というだけである。しかし、隣区域の状況はある程度は街で分かるもの詳細な内容は分からない。魔獣や魔物の活動状況や小規模な野盗などの情報がそれに含まれる。


「今のところ周辺に気配はないです」


 いつの間にかガントレットを腕に嵌めたミレーアがそう答えた。彼女の探知範囲では今のところ怪しい動きは見当たらない。ミレーアが一言「もういいよ」とだけガントレット向けて語り掛けると光に粒子が飛び出しフューアへと姿を変えた。


「その方が探知しやすいのか?」


「結構ハッキリするようになります」


 フューアがガントレットに融合することによりミレーアの使う能力にもプラス方向に補正が掛かることはいろいろ試して分かったことだ。探知に関しては前よりも扱い易くなる上にいろいろなことが鮮明に分かるようになった程である。


「成程、フューアの感覚器官を借りているといったところか」


「アギトさんはどうしてか分かるんですか?」


 ミレーアにとっては能力向上して便利ではあるが、どうしてそうなるのかは一切分かっていない。そしてアギトが何故そうなるのか知っているのなら聞くのは当然と言えた。


「簡単に言えばそれが異獣の視界だと言ったところだ。まぁ、ミレーアでも問題ないようにフューアがデチューンはしているようだが」


「あれがフューア……それと異獣の感じ取っている風景ですか」


 今一度自身が探知していた風景を思い出す。様々なものを感知し、草木の動きまでもが手に取るように分かっていたが、あれですら異獣の感知能力から性能を下げているものだと聞いて戦慄するミレーアだが、同時に今以上の情報量を処理出来るのかと言われれば彼女は否と答えるだろう。


「……今以上の情報量とかぞっとしますね」


「当然だろう。あくまであれは奴らの感知方法で人とはまったく違う。無理に扱おうとすれば下手をすれば脳が焼き切れることになるぞ」


 アギトの忠告に絶対に無理はしないぞと心に誓うミレーア。そして、膝の上で丸くなり自身が使っても問題ないように調節してくれるフューアの背中を感謝の印のように優しく撫でてやると嬉しそうに一声鳴いた。


「……今が安全ではあるが、いつ何時襲撃されるか分からない以上は今のうちに話し合って置いた方が良いか」


 リナがこの調子では魔獣や魔物、野盗に襲撃された時馬車の速度を上げて彼女が弓で撃ち抜いて逃げるという方法が取れない。そのため、別の方法を取る必要がった。


「私にはこれがあるので馬車に追いつくことは出来ます。アギトさんの方はどうですか?」


「俺も基本的に問題な無い」


 ミレーアは足回りを強化するグリーブがあるため問題は無い。アギトの方も傍目にはそれらしきものは見当たらないが鎧の下には大量の魔導具で埋め尽くされているため、そういった強化に適した魔導具があるのは当然と言えた。


「うぅう……すいません」


 役に立てないことに申し訳なさそうに謝罪するリナ。


「体調が悪い者に無理をさせる訳にはいかないからな。大人しく安静にしていろ」


「……何だかベテラン冒険者のリーダーみたいですね」


「元冒険者でリーダーをしていたからな」


 ミレーアの率直な感想にアギトはしれっとそう答えたのだった。






「……ああ、生き返ります」


 休憩となり馬車から降りたリナは外に出ると大きく息を吸いながらそう呟いた。大袈裟に思えるが先程まで死にそうな顔をしていたリナの顔色が戻る光景は本当に生き返っているかのようだとミレーアは思った。


「天候の方は問題ないようだな」


 空を見上げると雲一つない快晴である。天気が悪ければ早めに今日の移動を切り上げる必要があったがその心配がないことを確認するとアギトは御者に話しかけ相談を始めた。


「少し小腹が空いたかな……リナも食べる?」


「私はいらない。馬車の中で吐くかもしれないし」


 ミレーアはマジックバックから軽食を取り出しリナに聞くが彼女はそう答えた。返答を聞いたミレーアは取り出した軽食を口に頬張った。


「みゅぁ」


 ミレーアの足元にいたフューアが彼女の体を駆け上がりその肩に乗った。


「フューアも食べたいの? はい」


 ミレーアが軽食を手で千切るとフューアの口元に近づけるとフューアは嬉しそうに齧り付いた。そして気に入ったのかお代わりを要求するフューアに微笑みながらミレーアは再度千切った軽食を与えた。


「うぅ……またしばらくしたら馬車に乗らないといけないかと思うと憂鬱だよぉ」


 そう弱音を漏らすリナ。馬車に乗っている間、ずっと気分が悪かったことが相当堪えたようだ。大丈夫だろうと慢心して酔い止めの薬を買わなかったことを今更ながらリナは激しく後悔していた。仮にあの時に自分に忠告出来るのなら張り倒してでも買わせた彼女は断言出来た。


「……駄目元でミレーアの回復魔法で何とかならない?」


「流石に無理だと思うよ。怪我を治す訳じゃないし」


「だよねぇ」


 がっくりと項垂れるリナ。さてとどうしたものかとミレーアが考えていると自身の肩に乗っていたフューアが何かに気づいたかのように警戒し始めた。それに気づいたミレーアも急いで探知魔法を発動し周囲にの状況確認を行った。


「……!!」


 何かを感知したのか反応をした方角を向いたミレーア。そこは木々が包まれており何も見えない。しかし、何かが此方に迫っていることだけは分かる。


「何か来るのか?」


 ただならぬ雰囲気に気づいたのかアギトがいつの間にかミレーアの隣にいた。それに答えずミレーアはフューアをガントレットに融合させ探知能力を引き上げさらに詳しくこちらに迫って来る相手を確認する。


「……反応からしておそらくは前にリナと戦った相手と同類だと思います」


「あの力の影響を受けた魔獣、もしくは魔物か」


 アギトに先日出くわした蟲のことをミレーアは話している。話しを聞いたアギトが特に驚いた様子がなかったことから異獣達がいたという元の世界では珍しいことではなかったのだろう。


「……森の中から魔獣が飛びだして……っ!?」


 森の中からボアやウルフ、ベア系の魔獣が逃げるように飛び出してきたがそれらは背後から現れた蔦のようなものが絡みつき引き摺り込んでいった。その光景を見て用心深く警戒するミレーア達。そして、それはゆっくりと姿を現した。現れたのは巨大な亀の魔獣だ。その背中の甲羅には巨大な植物が生えており、植物から伸びた蔓には先程引きずり込まれた魔獣を含め複数の魔獣が吊るされていた。


「何あれ!?」


「……本体は上の植物だな」


 あまりな異様な風体に驚愕に表情を浮かべ大声を出すミレーアに対してアギトは瞬時本体を見抜いていた。


「上が本体? なら下の亀は何なんですか?」


「宿主だな上の植物に寄生され既に傀儡になっている」


 つまりは寄生性植物の魔物ということになるがリナはそんな相手は聞いたことも無かった。ミレーアが述べた通り先日戦った蟲と同じ変異体ということになるが今回の相手は前回戦った蟲に輪をかけて異常な個体だった。


「だけど下が亀なら動きは其処まで……」


 たださえ亀系統の魔獣は背中の甲羅の重量により動きを遅いことに加え今は甲羅上に寄生した植物により更に重量が加算されている。そのため油断しなければリナの言う通り近づかれることは無いだろう。実際、その動きは緩慢で植物の蔓にさえ気を付ければ今直ぐ馬車に乗り込めば逃げ切ることは可能だろう。しかし、目の前に相手をこのまま放置しても良いのか考えれば確実に否だ。このまま放置すれば更に強大化しかねないとミレーアの直感が警告していた。


「それで……なっ!?」


 リナやアギトの意見を聞こうとし直後、ミレーアは信じられない光景を目にしたのだった。

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