第七十七話 変性(四)
「これは!?」
自身の体から今まで以上の力が溢れ出していることにミレーアは直ぐに気づいた。これだけの力を出せば今までなら耐えられず自滅していただろう量の力が溢れ出すが体は何ともない。寧ろどれだけでも力を引か出せるくらいだ。
「行ける!!」
その感触に今なら出来るという直感を信じたミレーア。更なる身体強化を己に施した。それによって敵との力の比べ合いが拮抗するどころか押し返し始めている。それに驚いたのか向こうも更なる力を込めようとするが土で出来た足の一本が崩れバランスを大きく崩した。おそらくはミレーアに押し返されることに焦って更なる力で押し返そうとしたが、そのために形態維持に使う魔力を削ってしまい土で出来たが体が持たなかったのだろう。
「はぁああ!!」
それを見逃すミレーアではなく、好機とばかりに拳をそれの体に突き入れた。それは咄嗟に魔力強化し防ごうとしたもののミレーアの拳はそれをあっさりと砕き拳を突き刺さった。しかし、それでも悪足掻きと言わんばかりにそれはミレーアに対して刺客を放った。
「っ!! 無駄ぁ!!」
土の中から飛び出してきたのは毒を持つ魔蟲であり、それはミレーアの腕に纏わりつくとその腕に噛み付き牙から毒を流し込んだ。しかし、ミレーアの強化された回復魔法による浄化能力があっさりとそれを打ち消した。尚も抵抗を試みるそれにミレーアは決着を付けるべく力をフューアがガントレットに融合したことで使えるようになった力を開放した。差し込んだ腕を中心にそれの土で出来た体から光の粒子が抜け出しガントレットに吸収されていく。光に粒子が吸収されるとそれの土で出来た体の末端から崩壊していった。既に力尽きたのか暴れる様子が無いそれの崩壊を見届けるミレーア。崩れ元の土と還ったのを確認するとミレーアは漸く手を抜いた。
「ふぅ……」
そうして一度、大きく息を吐いたミレーアは手近な地面に拳を突き入れた。
「逃がさないよ」
ミレーアが地面から拳を引き抜くと彼女の掌よりも小さい魔蟲が握られていた。それは大きさこそ小さいものの多くの魔力を保持しているのがリナにも感じ取れた。
「それが中核になっていた魔蟲?」
「多分、私の力が土の体に伝わりきる前に一匹だけ地面の中に逃げ込んだみたい」
ミレーアに掴まれた魔蟲は必死に逃げ出そうと足を動かし足掻いているがミレーアの指はピクリとも動かない。ミレーアによって土から引き剥がされたことで魔法もうまく使えないのか魔蟲は抵抗らしい抵抗が出来ない状況だ。するとその魔蟲の体が光の粒子となりミレーアの付けているガントレットへ吸収されていった。その状況に必死で暴れ出し逃げ出そうとするがガッチリとミレーアの掌に掴まれているため逃げ出すことは叶わず体の全てを光に粒子に分解されることとなった。
「ふう、これで終わりだね」
「まったくだよ。とんだタダ働きだったよ」
ミレーアとリナは大きく溜息を吐いた。此処まで苦労して倒したのにギルドからの依頼ではないため報酬は0だ。正に骨折り損のくたびれ儲けであり、二人が溜息を吐いたのは当然と言えた。かといって証拠として生きたまま今し方ミレーアが握り潰した魔蟲を街に持っていくのは何が起こるのか分からず大変危険であった。また仮に討伐依頼が出されていたとしても明らかに自分達が討伐するにはランク違いの相手であろうことからどの道縁があったか怪しい相手でもあった。
「まぁ、それはそれとしてミレーア……歯を食いしばって」
「え?」
どういう意味と言わんばかりの声と表情を浮かべたミレーアの頬に衝撃が走った。
「たぁ~!? あんたの体は金属か何かで出来てるの!?」
「ええ~と?」
ミレーアの頬を掌で張り飛ばしたリナは少し涙目でミレーアの頬を張った掌を痛そうに振った。実際リナの掌は若干赤くなっており、大袈裟ではなく本当に痛そうな状態である。ミレーアの方は自分の頬を何故叩かれたのか理解が出来ていない様子である。
「まったく、無茶しすぎ……本気で心配したんだからね」
「あ……」
ミレーアは聞き取ることは出来なかったが、後ろからリナが何かを言っていたことは耳にしている。どうやら無茶をし始めた自分を止めるために必死に叫んでいたらしい。それは悪いことをしたと反省するミレーア。街に戻ったら何かお詫びをしないといけないなと彼女は考えた。
「それはそうと今はどんな感じ?」
「ん……」
ミレーアは軽く体を動かし調子を確かめる。体にこれといった問題は無く力が有り余っており、調子はかなり良いと言えた。不思議なものだと思いつつフューアはどうなったのか気になったがガントレットから光が抜け出し集まるとそれはフューアの姿へと変わった。
「みゅあ!!」
「フューアも有難う。凄く助かったよ」
ミレーアは装着しているガントレットを外し頭を撫でると嬉しそうな声を出すフューア。その姿は何処か満足気であり、共に戦えたことが嬉しかったのかもしれないとミレーアは思った。
「もしかしてこれからも一緒に戦いたい?」
「みゅあぁ!!」
大きくミレーアの言葉に肯定するように鳴くフューア。
「リナ、今度から……」
「戦力になるなら十分だよ。今回みたいなことがあったらまた頼りたいし」
最近、何かと異質な相手と戦うことが多かったリナとしても少しでも生き延びる確率が上がるのは大歓迎であり、ミレーアの提案を拒否する理由は無かった。
「有難う。じゃあ、今度からギルドの依頼を受けた時は一緒に行こうねフューア」
「みゅああ!!」
ミレーアの言ったことに嬉しそうにもう一鳴きしたフューア。
「それで今のは何だったの?」
魔蟲が光に粒子へと分解されていく光景が何だったのかリナは質問した。土に隠れて見えていなかったが統率個体以外の魔蟲もミレーアによって光に粒子へと変えられたのだろうというの先程の光景を見てリナは予想した。
「あ~あれはね」
回復魔法による治療はジェライクの言う通り傷が治っているにも関わず、治療されている側に一切のエネルギー消費が無い。何かがそれを補っているとするなら間違いなく異獣の力に近いとされている力だろう。ミレーアの行ったのはそれが血肉になるのならその逆である還元だ。ガントレットにフューアが融合したことでそれの使い方が自然と分かった。それは異獣が捕食した時にどのようにして食べたものを消化吸収していたかでもあった。
「つまり異獣の捕食し消化する方法をそのガントレットで再現した?」
「再現というよりはフューアが殆どやってくれている感じかな」
フューアの正体が異獣であることはリナも聞いている。そして、異獣には融合能力を持った個体がいることも街への襲撃の件で既に知っている。異獣の捕食方法以外は既に知っていることであり、驚くべき内容ではない。ただその能力をミレーアが自由に扱えるという一点以外は……
「何というか此処最近は異常のことが多くてもう慣れちゃったかな、とりあえず何かあった時のために報告だけはしないとね」
また一部の者達以外に秘匿することが増えたことにリナは頭を痛めたのだった。
「む……」
何かを感じたのは黒髪の少女は顔を上げた。
「この感じはミレーアだね。へぇ、どう強くなるかと思ってたけどあれと融合するとはね」
ミレーアの今の状況が分かって嬉しそうな表情を黒髪の少女は浮かべた。どうやら彼女がミレーアを養育した師匠であるらしい。
「それにしてもこの世界で発生が増えているとはね。稀にあそこからこっちの世界に時空を超えて来たことはあったけど。……あの子、あれの効率の良い管理をしていたみたいだけど何かトラブルでもあったのかな?」
チラっと黒髪の少女が視線を後ろに向けるとそこには異獣の特徴をした巨大な生き物が絶命していた。その大きさは目測でミレーアが出会った異獣よりも巨大だった。ワイバーンに似た特徴をしているがその首を三本あり、周囲に至る所に破壊痕があることから相当強大相手であったのが察せられた。
「……まぁ、言ってみれば分かるか」
黒い髪の少女はそこで考えることを止めた。とりあえず行ってみて確認してからどうするか考えようとそう結論を出した彼女はとりあえず自分が倒した異獣を処理するために近づいた。彼女は遺骸となった異獣に手を当てるとそこから光の粒子へと変わって行き、それは彼女の体へと吸い込まれていった。
「さてと今は確かこの辺りだね」
彼女は地図を取り出し広げた。一般的に売られているものに所々人の手が加えられていることから誰かの私物である。無論、彼女のものではない。街に寄らずに何処からこれを持ち出してきたのかというと盗賊から奪い取ったものである。襲撃されたところを返り討ちにし身包みを剥がしたものの中にこれが入っていた。この盗賊達は近隣では有名であり、幾度もの討伐隊を返り討ちにしたことで次は自分達の住む場所ではないかと幾つもの村々を恐怖のどん底に陥れていた。故に盗賊達のリーダーの首を街に持っていけばそれ相応の報酬が用意されただろう。しかし、それらに興味が無かった彼女は今一番の目的を優先するために寄り道する気は毛頭なかった。
「ミレーアの力を感じた距離からするとまだまだ先は長いだろうね。そういえば彼があれを手に出来たかどうかの確認もしないとね」
素材はミレーアに渡したことでどうなったのか彼女は結果を知る由もないがそれはしっかりと当人に渡っていたがそれは彼女が知る由の無いことだ。結果がどうなったのか期待しながら彼女は再び歩み出したのだった。




