第七十三話 汚染(三)
「どうやら本当に帰ったようだな」
マリアが居なくなった後も何処から不意打ちで襲撃されても対応出来るように警戒を続けていたミレーアとリナだがアギトがそう呟いたことで警戒態勢を解いた。戦いの緊張感から解放された二人は警戒態勢を解いたと同時に大きく息を吐いた。
「どうやらあれの狙いは同門のミレーアのようだな。とはいっても何か別に目的はあるようだがメインはそちらでミレーアはついでといったところだろうな」
ミレーアは一度、自分の掌を開き少し眺めるとグッと強く握った。今のままではどう足掻いても単独ではマリアに勝つことが出来ない。実戦経験の差もあるが何よりも同じ師に学んだことで動きを完全に読まれている。マリアの動きは師から学んだことをベースに独自のアレンジが施されており、未だ師から学んだ域からしか出ていないミレーアと比べて本人の能力に合わせ動きにも雲泥の差があった。ミレーアがマリアに勝つには自身の強みを生かした独自に戦法を編み出さなければならいなだろう。
「リナ、この後時間は空いている?」
「私も特訓したいから付き合うよ。このまま負けっぱなしなのは癪だし。……それでアギトさん。汚染というのはどういうことですか?」
詳しいことが戦いの最中では聞けなかったが状況が落ち着いたことで問い質すリナ。彼女が問わなければミレーアがアギトに同じ質問するつもりだった。問われた方のアギトは隠す必要性は無いと判断したのか直ぐに話し始めた。
「第三フェイズに移行した異獣の遺骸はそこにあるだけで奴らの持つ力を垂れ流す。そのままにすればそこから新たな第一フェイズの異獣が発生するが、実のところそれは方向性のないエネルギーでもある。おそらく初代聖女は自身の経験からそれを利用することを思いついたんだろう。あれの人の意志に影響を受け易い性質を利用し、此処で学べば回復魔法をうまく扱うことが出来るという認識を持たせることで異獣の遺骸から流れる力をある程度コントロールが出来るようにしたんだろう。試みが成功した上にエネルギーを消費させることで異獣の発生を抑えることが出来る正に一石二鳥の方策だったと言えるな」
「師匠も同じことが出来たんですか?」
「出来る。方向性は異なっているが概ね同じだと思っていい」
アギトの断言にミレーアは思い当たる節があった。師匠から学んだ木の実を変質させるポリューションはそれを応用したものだということだろう。やはりこれを使って出来る変質した木の実で作製したポーションを他人に使わなず自分だけで消費したのは正解だったかとミレーアは内心で思った。
「成程、その汚染の影響を受けたのがミレーアでありさっきのあいつだったてことですか」
「そういうことだ。……ミレーアの師匠はそうやって様々な世界で汚染をばら撒いているからな」
「それだけ聞くと随分の傍迷惑な相手に聞こえますね」
アギトの語ったミレーアの師匠の行いに率直な感想を述べたリナ。言葉にしなかったがミレーアも概ねリナと同じ感想である。それで助かった身の上ではあるが自分は運が良かったと言えるが下手をすれば争いの火種にしかならないとミレーアは考えたからだ。しかし、リナの感想を聞いたアギトは少し複雑な思いを含んだ声音で答えた。
「そう思われても仕方がないがこればかりは仕方がない。あいつにとってそれを止めることは息をするな汗を掻くなと言うことに等しい」
つまりは生物的な新陳代謝に近いものであり、本人の意志では止めようがないということだ。アギトの話からミレーアは師匠が居なくなった理由を察した。
「師匠が居なくなったのはそれ以上はこの世界に連続して留まれなかったということですか?」
「ああ、ある程度方向性を与えることは出来ても本質は変わらない。あまり長く居座りすぎると世界に悪影響を与えることを考慮するとある程度の時間が経過したらその世界から一度出るのがベストらしい。まぁ、それも世界によって滞在時間は変動するらしいが」
「何だか災害みたいな人ですね」
「災害か……言いえて妙だな。嵐などは強力な突風と膨大な雨を降らすがそういった雨で増水した川が山の上にある肥沃な土を下流に運ぶというメリットがある。実際、あいつからの汚染による恩地は悪いものではないだろ?」
それは確かにとミレーアとリナは思った。実際その恩地を受けたミレーアはまだ粗削りの部分が多いとはいえその実力は既に中堅の冒険者以上だろう。そして、ミレーアの目指す先とも言えるのがマリアである。異獣発生ような強大なデメリットは無視出来るものでは無いがあれはあれで武器素材としては優秀なためメリットも多いと言える。
「いつか師匠に再開出来たらいろいろ問い質したくなります」
「何処まで教えてくれるか分からないがな。俺も全てを聞いている訳じゃないからな。それに今何処の世界で何をやっているかのまったく分からないがな」
再開するのに一番手っ取り早いのが自身も異世界に渡る術を身に付けることだが、異世界を渡ることが出来るアギトも自由自在というわけではなく何処の世界に跳ぶかはランダムだ。何かしらの因果はあるのだろうがその理由は不明である。その中でアギトはミレーアの師匠と出会ったのは片手で数えられる程度でありしかも半数は敵対する羽目にもなった。
「別の世界で会った時は魔王に傭兵として雇われていたこともあったか」
「え……そのまま世界でも征服したんですか?」
「ああ、その後にミレーアの実力に恐れをなして暗殺しようとしたがそれがばれて逆に滅ぼされていたな」
その顛末にミレーアとリナは閉口するしかなかった。情報量が多すぎてどう反応したら良いのか分から知己なかったからである。この世界においてはミレーアの師匠は初代国王と初代聖女に協力し、おそらくは第三フェイズに至った思われる異獣を倒すことに協力している。それも運良く味方しただけだったのではとアギトの話を聞いてミレーアは思った。
「師匠はどうして私を助けてくれたんだろう……」
ミレーアにとって師匠は自身を助けてくれた恩人であり、その後の面倒も見てくれた育ての親でもある。しかし、今し方聞いた異界での師匠の行いにミレーアは自身を助けたのは何かの目的があったのではないかと思ったのだ。
「目的はあったのは間違いない。だが目の前で絶体絶命の子供を見捨てる程冷酷ではないし、育てると決めた以上は真剣にミレーアと向き合ったのも事実だ」
その言葉が救いになったのか分からないがそれでも何処か安堵した表情となったミレーア。師匠に会いに行き話を聞いた時に真実を聞くのが怖かったが今のアギトの台詞で気持ちが少し楽になったのだった。
とある火山地帯そこには一頭のドラゴンが主として君臨していた。そのドラゴンは幾多の高位冒険者を返り討ちにし、この地域における絶対王者として君臨していた。その日も自身の領域に侵入してきた不埒者を排除しようと侵入者の前に降り立った。しかし……
「グァアアアアア!!」
そのドラゴンが岩肌に叩きつけられ痛みに大声で咆えた。もしこの場に第三者がいたのならまず自身の目を疑っただろう。まだ年若い少女が一軒家程の大きさのドラゴンの尾を掴みジャイアントスイングしていた光景など何かの見間違えとしか見えないからだ。
「全くただ此処を通るだけだったのに襲い掛かってくるなんてね」
ドラゴンを尾を掴み岩肌に叩きつけた黒髪の少女は何処か不満そうな表情でそう愚痴を漏らした。彼女としては何もせず此処を通り目的の場所に向かうつもりだったのだが、それすらも不服だったのかこの地域の主として縄張りの侵入者を排除しようとドラゴンは彼女に襲い掛かった。
「プライドか何かかは知らないけどそんなんじゃ長生きは出来ないよ」
そして、ドラゴンは返り討ちにあった。自らが吐く炎は直撃したにも関わず一切に通じず、ならばとその強靭な顎で噛み砕こうとしたが下顎に強烈なアッパーカットを受け怯まされ、その隙をつかれて背後に回り込まれ尾を掴まれ振り回された。振り回され壁に何度も叩きつけられたドラゴンは圧倒的な力の差を見せつけられ既に戦意を喪失している。
「ま、迷惑料として尻尾を貰っていくかな」
掴んでいた尾を中途から彼女は引き千切った。引き千切られた痛みにドラゴンは呻き声を弱々しくあげるがそんな声など聞こえていないと言わんばかりに彼女は進行方向の道を塞いでいたドラゴンを蹴ってどかすと我が物顔で目的地へと歩み出した。そんな侵入者を恨みがましい視線を向けるドラゴンだが、自分ではあれを傷つけることは不可能だと身をもって思い知った。
「さてと……」
彼女の手に持ったドラゴンの尾の肉から仄か煙が出始めた。尾の切り口の肉の色が赤から白へと変わっていっていることからどうやらどういった原理かは不明だが肉が焼けているらしい。肉を焼けたことを確認すると彼女は鱗ごと齧り付き肉を引き千切ると何かを確かめるように口の中で咀嚼した。
「ま、悪くない味だね。もう少し脂がのっていた方が好みだけど。塩と胡椒だけでもいけそうだね」
一口食べたドラゴンの尾の味をそう評価した彼女は懐から調味料を取り出し、残りの尾を食べながら再び目的地へと向かうのだった。




