第七十二話 汚染(二)
「それじゃあ……早々根を上げないようにね?」
目の前からマリアの姿から消えた瞬間、背後から声が聞こえた。驚きミレーアが振り返ると既にマリアの拳が眼前に迫っていた。首を傾け辛うじて躱すが拳が通り抜けた衝撃が頬を叩いた。先程までとはまるで違う動きに今までは自分の実力に合わせていただけだったのだとミレーアは痛感した。通り抜けたマリアの腕はそのままフックのように動かしミレーアの頭部を薙ごうとするが流石にそれは腕で防御した。
「つぁ!?」
次は足を払われ転倒するミレーア。矢継ぎ早に繰り出される連撃に対応が追い付かずされるがままだ。それでも転がってマリアのストンピングを躱す。援護で放たれたリナの矢を魔法で生み出した衝撃波で防ぐと転倒しているため、直ぐには動けないミレーアを放置してリナへと迫る。
「っ!!」
接近されては不利だと判断したリナはミレーアが起き上がる時間を稼ぐためにも大きく跳び上がり近場の建物の壁に張り付き、追ってきているマリアに矢を放った。マリアはそれを手で払い抜けるとそのままリナに迫るが壁を縦横無尽に走り出したリナを見てマリアは驚きのあまり目を見開いた。
「うぁ!? その義足壁を走り回れるの!? ちょっと狡くない!!」
垂直な壁を走るリナに抗議するマリア。流石に魔法などではなく義足の機能なのでそれマネすることは彼女にも出来なかった。精々僅かにある凹凸を足場にするか壁に拳を突き刺しそこに張り付くのがやっとだ。
「よそ見している場合!!」
下から聞こえたミレーアの声に反応し視線を向ければ壁にある凹凸を足場にして壁を駆け上がってくるのマリアは確認した。
「そっちも慣れてるね!?」
戦いの中で起こる予想外な事態にマリアは驚きはするもののその声音は何処か楽しそうだ。つまりは彼女にとっては現在の状況はまだ余裕ということだろう。ただ傍目にはマリアの状況は追い詰められているように見えた。壁を自由に歩き回れない彼女がこの状況を打開にするには下に降りるしかないがそれはミレーアによって封じされている。
「なら逃げ先もはこっちだよね?」
自身が張り付いている建物の壁を破壊し、破壊した穴か建物に中に逃げ込むマリア。
「っ!!」
マリアを見失ったことで壁から離れミレーアは地面に降り立った。あのまま追っては相手の思う壺だと判断したからである。リナも同じ考えだったのかミレーアの近くに降り立った。
「何処に行ったか分かる?」
「妨害されてるね」
同じ師から学んだけにミレーアの探知の特性に直ぐに気づいたマリアはそれを妨害する方法を即座に編み出したようだ。やはりマリアとは実戦経験に大きな隔たりがあるというのをミレーアは思い知った。そしてそれを覆すだけのことを思いつく才は彼女には無く出来るのはシンプルに叩き潰すことだけだ。
「それにしても此処まで派手にやって誰も来ないのも妙だね」
「彼女が何かした?」
先程マリアが建物の壁を破壊した時は凄まじい破砕音が辺りに鳴り響いていた。あの音を聞けば誰か様子見に来るどころかそれより先に衛兵が真っ先にこの場に来そうなものだが未だ人一人来る様子が無い。こうなってくると自分達と話す前からマリアが何かしたと考えるのが当然の流れと言えた。
「つまりは最初から私達は敵の腹の中だったてこと?」
「考えたくもないけどそうとしか思えないね」
周囲に意識を向けながら軽口を叩くミレーアとリナ。一見するとただ危機感が無いようにも思えるが実際はその逆だ。相手との実力差を実感したことでこうして話していないと緊張で体が固まり思うように動けなくなってしまいそうだから軽口を叩いているのである。
「尻尾を巻いて逃げる……のは何だかそっちの方の危険な香りがするね」
「だろうね。……それくらいの対策はしているだろうね。―――上!!」
何かを察知し気づいたらしいミレーアは上に視線を向ける上空から降ってきたマリアの手刀を防いだ。受け止めた瞬間に腕に伝わった衝撃に呻き声を漏らしそうになるが、歯を食いしばり耐えると隙だらけのマリアを蹴り飛ばした。
「とぉ……今のに気づくなんてね。戦いを経験すればする程動きが良くなってるし伸びしろはまだまだ期待出来ることが分かったよ。これ以上はもっと良い依り代で行いたいね」
ミレーアに蹴り飛ばされ地面に転がるものの大したダメージすら追っていないのか起き上がったマリアは心底残念そうな声音でそう呟くと構えを解いた。今日はどうやら此処までということらしい。向こうの都合で一方的に仕掛けてきて終わるのも向こう側の都合である。ミレーアとリナにとっては迷惑な話であり、迷惑料として何らかのケジメをつけて欲しいところだが今の彼女はクーラの体を依り代として意識だけが宿っている状態である。そのため、マリア本人をどうこうすることは出来ないため彼女が帰るのを見送ることしか出来なかった。
「そもそも、どうやって他人の体に乗り移っているの?」
純粋な疑問を思わずミレーアは口に出した。それを聞いたマリアは話そうかどうか迷うような表情を見せた。そこへ先程までいなかった第三者の声が聞こえた。
「……教会の本部。かつてこの世界に出現した第三フェイズに至って異獣の遺骸による汚染。それがこの世界の回復魔法適性者に必要なもの。そこに何かしらの細工を行い自分が乗り移る依り代になるようにしたな?」
「へぇ……」
「アギトさん!?」
「来てくれたんですね」
突如として現れたアギトに対して三者三様である。ミレーアは驚き、リナは頼もしい助っ人に安堵するなかマリアは何処か興味深そうにアギトに視線を向けていた。
「アンデッドに多数の専用魔導具を装着させているみたいだけど……うわ、骨にも術式とか刻むとか凄く凝ってるし、その心臓になっているものの製作にはもしかしてあの人が関与してる?」
「正解だ」
マリアの問いにアギトは隠しても背負うがないと言わんばかりにあっさりと肯定した。
「それでアギトさん……先程の会話はどういう意味ですか?」
アギトはこの場に現れた時に言っていた話の内容が理解出来ていなかったのかミレーアはそう質問した。リナの方も前提知識がなかったため話についていけてなかった。
「回復魔法適合者は教会に基本的に引き取られ、そこで専門的なことを学ぶことで能力を開花させている。そのため、在野に稀にいる適合者は適切な使い方が出来ず能力低いか……確かに間違いではないがだろうが真実も語っていない。教会はいや、初代聖女は使い手を増やすために自分達が倒した異獣を使うことを思いついた。違うか?」
アギトの推測を聞いたマリアの笑みが深くなる。
「知識があるなら流石に気づくか……そう、あれはあの人のやり方の模倣。私やそこの妹弟子はあの人の近くにいることによって汚染され回復魔法を使えるようになった。なら同じものを死後も垂れ流す第三フェイズに至った異獣の遺骸を利用すれば同じようなことが出来るのも道理よね」
「そして、そこに細工をすることでそこで学んだ者に乗り移る依り代に出来るようにしたということか……だが、思わぬ問題もあったようだな」
そうアギトが言うとマリアは図星を突かれたのか若干ではあるが顔を顰め溜息を吐いた。
「教会内での権力争い。能力の高い者は利用され本部から出ることはなく能力の低い者は辺境などに送られる。本来なら戦いが激しくなり易い辺境にこそ高い能力を持った者が送られるべきなのにね」
今の体制に対する不満が滲んでいる声音から伺えた。ただマリア自身はそういった教会の深部を知っているのにも関わず何か行動を起こしているように思えなかった。教会で育った回復魔法使いを依り代にして乗り移ることが出来ることを考えれば重要人物を考えて間違いは無いだろう。それでもそうした組織運営に口出し出来ていないということはつまり……
「お前のことを知っているのは教会に上層部でもほんの一握り……そして、裏から手を回さないのは何かを感づかれのを恐れてといたといったところか」
「さて、ね?」
アギトの推測にマリアは惚けたようにそう返した。アギトの方も惚けたマリアに対してそれ以上の追求は無く聞くことは聞けたといった様子だ。
「なら私の方はもう帰っていいかな? 流石にこれ以上は長居するつもりはないんだけど?」
「ああ、こちらから聞くことはもうないな。……いや、一つだけあったか。お前は何者だ?」
マリアについては可能限り調べたが分かったのは初代聖女と同じ名であるということ以外は何一つ分からなかった。そして、当の聖女は遺体は火葬されたことも確認されているため何らかの理由で不老になっていたという線は薄い。そのため、彼女の正体が分からずアギトは直接問うことしか出来なかった。
「……それは秘密かな。ただ敢えて言うならば―――聖女の闇」
それだけ言い残すとマリアは急いで逃げ出すことも無く、まるで友人の別れのようにミレーア達に気さくに手を振りながらその場から立ち去ったのだった。




