第七十話 暗雲
「それにしても先程の詰問ですが、こちらが怒って帰るとは思わなかったのですか?」
「相手を確かめてやっているさ。態々護衛に偽装してまで来たってことはこちらが見破れるかどうか確認しに来たんじゃないのか?」
意味もなくそんなことをする必要性は何処にもなく、ならば偽装という手段を取ったならば何らかの理由がある筈である。
「そこまでお見通しですか。確かにこの程度の偽装を見抜けないような実力では下手にあれらに手を出されては被害が大きくなる可能性があるため、そちらに渡す情報に制限を設けるつもりでした」
ジャーグルの言い分にはアギトは全面的に同意だった。生半可な実力で異獣に手を出し痛い目を見るのが手を出した本人だけならまだ良いが周囲に飛び火して放火されては溜まらない。故にアギトも異獣に対しての情報を必要最低限に留めていた。
「私は見抜けなったのは良いのか?」
半ば会話から置いてきぼりの状態であるギルドマスターであるアーバルが質問した。事情を知るジャーグルとアギトだけが会話を続けまるで自分等いないように振舞いで話を続けるため思わず彼は口を挟んだのだ。
「ああ、彼がある程度の君のことを信用してるようだからこちらも隠す必要がないと判断したまでだ。実際、君は此処で聞いた話を迂闊に広めるような人物ではないだろう?」
「それは……」
ジャーグルの言う通り今此処で聞いた話をアーバルは無暗に広めるつもりはなかった。話すにしても信を置く一部の者だけで共有するつまりである。
「ああ、それと王族に語る必要はないな。彼らは事情をある程度把握しているだろうからな」
「……成程。つまりは今回の事態の発端はこの国の建国物語に出てくる異獣が原因ということか?」
王族が事情をある程度のことを把握していると聞いてアギトは現状を持ち得ている情報から推測し導き出した答えを声に出した。その答えにジャーグルは満足気に頷いた。
「話は早いのは助かる。一々説明する手間が省けるからね」
「問題は何処が根源なのかが分からないということだ。元の世界にあったとされる事例から考えればおそらくは第三フェイズに至った異獣の遺骸が原因だろう。それが何処にあるのか分からなければ抜本的な対策は打ちようもないからな」
問題は根元から取り除くことが一番の解決方法であり、アギトはそれを達するのに一番手っ取り早い情報をジャーグルに尋ねた。するとジャーグルは何処から地図を取り出し指差した。
「何と……」
「おいおい、マジか……いや、あれの性質からすれば納得ではあるか」
アーバルはジャーグルが指差した場所を見て言葉を失い、アギトは思い当たる事例があるのか何処か納得したような声音となった。ジャーグルが指差した場所は教会の本部であった。
「落石があったのか道が塞がってるね」
「だね」
帰り道の途中で街へと続く道の真ん中を巨大な岩塊が塞いでいた。来るときは無かったことからこの岩塊が転がってきたばかりのものだろう。道を塞いでいるだけで邪魔ではあるが、横を通れば問題なく通行は出来る。放っておけばそのうち撤去されるだろうか無視しても構わないものだ。
「ん~少し練習に使って見るかな」
ミレーアは岩塊に近づき握った拳で軽くコンコンと叩いてそう述べた。
「練習って何をするの?」
「あ~詳しくは話せないけど少し参考になる力の使い方を見ることが出来てね」
それは先日戦った姉弟子に当たるマリアの戦い方を見たためである。彼女の戦い方は自身の戦い方と近いことに気づいたミレーアは参考にするべく目が皿になる程、集中し観察していた。交戦時間自体はそれ程長いものではなかったそれだけでも十分だった。
「ふうぅぅぅ……」
拳を構え大きく深呼吸をするミレーア。マリアの力の使い方を参考に拳に力を込める。その使い方を模倣してミレーアが感じたことはマリアの力の使い方は自分とは違い徹底的に無駄を削ぎ落された一つの到達点とも言えるものだった。
「凄い……一体どれだけの実戦を積み重ねればこの域に到達出来るんだろう」
模倣しただけでも分かるその凄み。ミレーアからすればその一端だけでも掴むことが出来たただけでも僥倖と言えた。しかし、それと同時に自身とマリアの間に隔絶した実力差があるのも感じていた。
「はぁああああ!!」
力を込めた拳による一撃。今までならば腕に痛みが走ったであろう力の行使でも腕に僅かな痛みも無く繰り出すことが出来た。放たれた拳の一撃は道を塞いでいた岩塊を砕き粉砕した。
「わぁお……」
少し後ろでことの成り行きを見ていたリナは齎された結果を見て驚き呆然した声を漏らした。
「……これは」
ミレーアは今し方岩塊を砕いた自身の拳を開くと再び握り締め調子を確かめた。腕には何ら異常は無く痛みもの感じない。マリアの力の使い方を真似たことで力の使い方が大幅に上達したミレーアの一撃は彼女の予想を上回る威力を発揮した。
「凄いね。これならまた異獣が出てきても対処できるじゃない?」
「ん~そうでもないよ。今の一撃を出すにはそれなりの時間が掛かるし。現状じゃ普通に戦うならこっちを使った方が使い勝手が良くて便利だよ」
ミレーアは自身の背中に背負ったパイル・アームに視線を向けながらそう答えた。魔力回復ポーションを中に入れることで稼働するパイル・アームはミレーアの魔力を流すことなく直ぐに強力な一撃を叩き込むことが出来るため彼女は気に入っていた。ゴブリンのような低級な魔物なら素手でも十分だが、ボア系統やベア系統の魔獣を相手にする場合、こちらを使った方が手っ取り早いのだ。
「確かにそうかもね。それで魔獣を倒すと結構綺麗な状態で残せそうだし」
「あ~確かに」
パイル・アームはその武器の性質上槍に近く最も効果的に使うには相手の弱点となる場所に直接叩き込むことである。破壊力がありながら弱点だけをピンポイントで狙うことが出来るため、魔獣の体に傷が少ない状態で倒すことが出来る。魔獣の毛皮などは状態が良ければ良い程高く売れるため、パイル・アームはお誂え向きの武器と言えた。
「それにしても」
そこで話を区切るとミレーアは壊した岩塊を詳しく調べ始めた。砕かれた岩塊は大きな塊が殆ど無く大きくても彼女の頭程のサイズしかない。そのため、相当な力があったように思えたがそこで一つの疑問がミレーアには生まれた。
「砕かれた状態に反して破片が全然飛び散っていないかな」
「確かにそうだね」
相当の大きさだった岩塊が砕いたならばそれだけ大きな力が加わったことになり本来なら岩塊を砕いたと同時にその破片が後方に飛散する筈である。しかし、ミレーアが砕いた岩塊はそのような痕跡が殆ど見られずせいぜい砕き崩れたことで周囲に破片が飛散した程度だ。
「拳の一撃が瞬時に全体に広がたってこと?」
「打撃には内部から破壊を可能にした流派があるって聞いたことがあるけどそれに近いのかもしれないね」
そんなのがあるのかとミレーアはそれを初めて耳にした。この岩塊の破壊はそれに近い現象であり、ミレーアはそれを見ただけで再現したことになる。尤もそれはどんなものでも見ただけで再現出来るわけではなく同じ力の使い方をした相手だったからこそ可能だったのだろう。
「まぁ、でも原理は不明だけど良い自衛にはなったんじゃないかな?」
意味あり気に後方にミレーアは視線を向けた。目を凝らせば後方に隠れていると思わしき人影が幾つか見えた。ミレーアが視線を向けるとそこにいた全員が慌てたように逃げ出した。今の一部始終を見ており、岩塊を一撃で破壊したミレーアに恐れをなして逃げ出しようだ。
「……これを見て恐れをなして逃げる程度の知能があったか」
リナも気づいていたらしく逃げ出した者達を侮蔑した目で見ていた。彼女としては手を出したら返り討ちにするつもりだったのだが、ああやって逃げ出したことで正当防衛で仕留めることは出来なかった。また何処かで同じように他の誰かを狙わないようにするために、此処で仕留めてしまうのが良いがまだこちらが被害者では無いため大義名分でという訳にはいかなかった。
「少しもやもやするけど此処は放置するしかないようだね」
「そうなるかな」
一度だけ溜息を吐いた二人は街へ戻るために再び歩き出したのだった。
「が、ぐぁあああ!!」
布団に包まり来るしそうな声を上げる女声。今にも暴れ出しそうな声に周囲の部屋にいる者達は認識阻害の魔法が掛かっているのか誰一人として彼女の異常に気付いていないようだ。
「あ…あああがぁ!?」
目を見開きを飛び起きるように上半身を起こした彼女は先程の叫び声が嘘かのように静まり返っていた。
「……うまくいったようだね」
上半身を起こした態勢のまま体の状態を確かめるように体を動かした彼女は何処か不満気な口調で独り言ちた。
「はぁ、やはり長く時が経つと駄目だね。満足な器になる子たちを中央に集めて碌な器にならない子しか辺境にしか送らないんだから。でも、今のあの子ならこれくらいが十分かな? ねぇ、妹弟子?」




