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第七話 街の喧騒

「あ~久々にお腹一杯食べた」


「僕もあれだけ食べたのは久しぶりだね」


 店から出たエリオとアレンの二人は満足したといった感じに服の上からお腹を擦っている。まだ安い依頼しか受けられず収入も安定しない新人冒険者からすればお腹一杯ご飯を食べられる機会など早々あるものではない。今回はポーションなどもまったく消費しなかったことから報酬がまるまる懐に入ることとなった。師匠が支度金を用意してくれたことである程度の余裕のあるミレーアにはまだ分からない感覚だった。

 シャーリィも二人を見て微妙に苦笑していることから冒険者をやるに当たって家からあまり支援を受けていないかもしれない。


「同感です。私も次に満足いくほど食べるとなると何時になるか分からないです」


「ん……シャーリィは別に俺達みたいに村から身一つで出て来たわけじゃないだろ?」


「そうですが、自分一人で何とかしたいと思っていますので家の支援は出来るだけ控えて貰っているんです」


「あ~だからキノコを見つけた時、家に相談してでもって言ってたんだ」


 疑問が一つ解決したと言わんばかりにミレーアは手を軽く鳴らした。


「まぁ、他人の家の事情なんざ深入りしない方が良いだろうから根掘り葉掘りは聞かないがそっちも苦労してんだな……ん、なんだあれ?」


 広場で人だかりが出来ていることに気づいたエリオがそちらへと視線を向けた。何やらワイワイやっており、明らかに野次馬だということが分かる。


「少し見に行ってみようぜ?」


「ん~なんだろう。少し気になるね」


「多分、碌なことじゃないでしょうけどね」


「私は見てみたいかな~」


 光に誘われる蛾のように四人はそちらへと足取りを向けた。人だかりの隙間から何が起こっているの背伸びしながら覗くこと辛うじて酔っ払いが喧嘩してるのが目に入った。冒険者は荒くれ者の多く酒の入った冒険者が喧嘩になり殴り合いになることは珍しいことでは無い。周りも慣れたもので囃し立てつつも明らかに不味い事態になる前にはいつも制止するため、大事になることはあまりない。ミレーアにとっては初めてだが、彼女よりも少し先に冒険者になったエリオ達からすれば既に何度か見た光景だ。


「あ~片方もうボロボロだな」


 エリオの言う通り既に決着は付きかけており、周りが止め始めていた。喧嘩に勝利した冒険者の男性も暴れたことでスッキリしたことで落ち着いたのか周囲の制止に大人しく従った。


「あ~一番良い所は見れなかったか」


「……危ない!!」


 ミレーアが叫ぶと回りが驚き彼女の視線の先を追うと喧嘩に勝利にした男性に剣を持ち迫る深々とフードを被り顔を隠した別の誰かの姿があった。狙われた男性も只ならぬ事態に気づき振り返ると同時にその腹部に剣が深々と突き刺さった。


「がっ!?」


「死ねぇええ!!」


 刺された男性は突然の強烈な痛みに呻き声を漏らした。フードを被った襲撃者は剣を引き抜き叫びながらトドメを刺そうと首を狙うが別の冒険者がその顔を殴りつけ吹っ飛ばした。


「おい、大丈夫か!? 急いで医者のところまで運ぶからそれまでなんとか耐えろ!!」


 腹を刺された冒険者は倒れ伏しており、周りがなんとか止血しようとするが止まるず血が流れ続けている。既に男性の意識も朦朧としているのか不味い状況だ、一刻も早く治療しなければ命の保証がない。


「どいてください!!」


「うお!? なんだ嬢ちゃん!? ……って!?」


 見た目によらない力で引き剥がされた冒険者の前で、ミレーアは回復魔法を使い剣で腹部を刺された冒険者の体を治療を始めると腹部の傷はたちまちのうちに塞がり傷跡すら無くなった。


「治療は終わりました」


「あ、ああ……助かった。……おい、大丈夫か?」


 目を疑う光景に反応を遅れたもののそこはベテランの冒険者、直ぐに我に返ると治療された冒険者に声をかけた。治療された冒険者も最初は何が起こったのか分からなかった様子だが、慌てて刺された部分を目視で入念に確認し傷が綺麗さっぱり消え去っていることに信じられず声を掛けた相手に確認を取った。


「……俺が刺されたのは夢だったか?」


「現実だ馬鹿野郎。寝ぼけてないで立て治療してくれた礼を……て、あら?」


 治療が完了した時点ですでにミレーアはその場から去っていた。慌てていたため碌に顔を見ておらず、騒ぎを聞きつけ集まってきた人混みに紛れてしまい知らずうちに立ち去っていたミレーアを見失ってしまった。今すぐ探すことも考えたが、既にフードを被った下手人は取り押さえられており憲兵も来たこともあって一先ず彼らはそちらを優先した。





 ミレーアが戻って来ると四人は後処理の邪魔にならないよう既に喧騒から離れていた。


「大丈夫そうだった?」


「うん、治療したから大丈夫だよ」


「……寧ろあの傷をあの短時間で治してしまったことに驚きです」


 冒険の間、誰も負傷しなかったため使う機会がなかった回復魔法。冒険の前に捥げた腕も治せるとは聞いていたが、シャーリィとしては実は回復魔法関連の教育は教会が秘匿していることもあって半信半疑だった。しかし、あの短時間で明らかに重傷だと思われる怪我を治したことからシャーリィはミレーアの才能が本物であることを理解した。


「あれくらいならちょちょいのちょいだよ」


 あれくらい大したことないよっといった言動のミレーア。謙遜しているわけはなく心からそう思っていることが見て取れる。教会に運べば治療して貰えるだろうが対価として金貨を数枚要求される怪我を無償で治療したミレーアにシャーリィはこの後も一波乱起きることを予見した。





「それで話と言うのなんだ、マイルズ」


 この街の冒険者ギルドの上級職員の一人である男は、マイルズに相談があると話を受けギルドの一室を借りた。この部屋はギルドが特定の冒険者に内密の依頼を出す時や商人等と取引する時に使われる外に声が漏れないよう防音処理が施された部屋だ。無論魔法による盗聴にも対応している。


「オーガスト、最近入った回復魔法が使える新人のことは知っているか?」


「ん? ああ、珍しいことだから記憶している。そのうち争奪戦でも起こりそうなものだが……言っておくがお前たちのところに入るよう手を回せというのはお断りだぞ」


 中堅より上の冒険者は数が少ないこともあり、優先的に危険度の高いがそれ相応に報酬も高い依頼を回されてたりと優遇されるがこれに関しては越権行為となるため、オーガストは予め釘を刺した。


「確かにあの子をパーティに入れたいという気持ちはあるが……この際、回りくどい話は無しだ単刀直入に言うと彼女は重傷者を瞬時に治療するだけの能力がある」


「はっ?」


 耳にした言葉を一瞬、理解出来ず呆けた顔になるオーガスト。その反応はマイルズの予想通りにものだった。実際に目の前で眼にしなければ到底信じられることではないからだ。


「おいおい、冗談にしてはあまりにも……はぁ、本当のことなんだ?」


 最初は何か冗談かと思い笑い飛ばそうとしたオーガストだが、マイルズの表情を見てそれが事実であることを察した。


「お前の懸念も分かった。それだけの能力、失うにはあまりにも大きな損失だ」


 冒険者で最も死亡率が多いのが新人から冒険に慣れ始めた時期だ。前者は経験不足によること、後者は慣れ始めたことによる油断である。稀にいる在野の低い能力しかない回復魔法使いですら、その希少性と魔力さえあればポーションを使わず治療できる有用性故に争奪戦となる。

 ましてや重傷すら瞬時に治せるだけの能力があるならば、その時点で高位冒険者に限定で出される未開の地への調査依頼に同行させても良いくらいだ。かと言って特権で高位冒険者のパーティに入れてもおんぶ抱っこされたままでは本人が冒険者として育たないため扱いが難しいところだ。それに加えて……


「それだけの能力を持つなら、教会が間違いなくなんらかの動きを見せるな」


 今まで在野で確認された回復魔法使いは、専門の教育を受けていないこともあって能力も低く教会は積極的に自分達の所に引き込むような動きは見せなかった。だが今の時点で既に高い能力を持つならば教会から聖女認定さてもおかしくない逸材だ。利権絡みのこともあり、教会の動きがまったく予想できないと言えた。


「この話は明日、ギルドマスターに伝えておく」


 ギルドマスターともなれば多忙であり、今は視察で隣街まで出かけており帰ってくるのが明日である。


「ああ、それとあの子を育てたという傭兵について調べてくれ」


「傭兵が育てたのか?」


「あの子が言うにそうらしい。回復魔法に関してあの子の才能だろうが、今の時点でブラック・ボアを単独で倒せるだけの実力を身に付けさせ上で識字まで出来ているんだ。そこまで手塩をかけて育ておいてある日、置き手紙だけ残していなくなったそうだ」


 才能を見出し育てるのは分かる。しかし、その後の行動があまりにも不可解だ。ミレーアが語った師匠である傭兵の実力も含めて改めて情報収集をしたがそれらしき人物の影も形も掴むことは出来なかった。これ以上の調査は自分達の手に余るため、マイルズはギルドにも要請することにした。そして、その話を聞いたオーガストも調査することに同意見だった。


「分かった。それも含めてギルドマスターにも話をしておこう。そういえば近々王都で各ギルド支部のギルドマスターを集めた会議あったな」


「ああ、そういえばもうすぐそんな時期か」


 たださえ多忙なギルドマスターが更に忙しなくこのタイミングでこの案件はさぞギルドマスターの胃に大きなダメージを与えることだろう。自分達がギルドマスターでなく良かったと笑う二人が広場でミレーアが回復魔法を使ったと知るのはこの少し後である。

この辺りまでがプロローグ

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