第六十八話 隣国で
「隣国の戦場で兵士が両軍共に全滅した?」
「そ、今は何処もその話で持ち切りだよ」
フューアの話を聞いた後、リナと合流したミレーアは今の話題となっている話をした。隣国で少し前から一触即発の事態となっており、つい先日その戦端が開かれることとなった。戦争の発端はよくある領土問題の延長である。それ自体はよくあることではないが冒険者の間で話題になることではない。重要なのはそこに巨大な魔獣のような何かいたという目撃証言があったことである。
「それってもしかして異獣?」
「分からない。話に聞けばそいつの体は全身銀色で鎧のような姿をしていたらしい」
大きさも大型魔獣を超える山のような巨体であり、確認されている限りでは類似した特徴をした魔獣は一切に確認されていない。そのため、人が足を踏み入れたことのない未踏の地から迷い込んできた強大な力を持った魔獣なのでは?と噂されているが、異獣と関わったミレーア達は魔獣ではなくそれは異獣だろうと考えていた。
「でも山のような巨体って……今まであった中でも最大級じゃない?」
「そうだね……魔獣でそれだけの巨体を持つという話は御伽噺でしか聞いたことがないかな」
御伽噺や英雄譚で主人公がクライマックで対峙する人々を困らせ苦しめる巨大な力を持った魔獣。主人公が伝説の武器を手にしてすら死闘の果てに撃ち滅ぼされる強大な存在。そういった話はモデルがあったりするのだが、もしかしたらそれらもその時に現れた強力な異獣だった可能性は大いにある。
「で、それはもう討伐されたの?」
まぁ、無理だろうなと思いながらミレーアが聞くとリナが少し困った表情で返答した。
「それが唐突に消えちゃったそうだよ」
一通り暴れ回った後、その巨体が何の痕跡も無く消えた。それ以降の目撃証言は何処にもなく影も形もない。
「現れた時も唐突だったけど消えるのも唐突かぁ……油断してると此処に来るかもね」
「それ洒落にならないよ。少し前の街への襲撃の影響で今の状態なのにそんなのが街に来たら次は本当にこの街が滅びることになるだろうかね」
ミレーアの軽口に少し本気の警告をするリナ。言霊という言葉があり、言葉を口に出すことでその通りのことが起きてしまうことを言う。そう滅多に起こることではないが稀に本当に現実で起きてしまうこともあり、迂闊なことを言うべきではないと彼女は思ったのだ。実際、この街に異獣の襲撃があったのは既に二回であり、三度目は十分ありえることだ。
「この話は此処までしておいて依頼の方だけど辛うじて取れたのかこれ」
リナが自身が受けた依頼書を取り出しミレーアに見せた。依頼内容は村の近くの洞窟に住み着いたゴブリンの討伐である。本来なら冒険者になってそれなりに経験を積んだミレーア達が受けなくうな駆け出しの依頼だが現状ではこれですら取れるのが辛うじてである。
「まぁ、何もないよりはマシだね。じゃあ、今から出発する?」
「そうだね。今から行って依頼先の村で一泊して乗り込むことになりそうだね」
「OK。なら昼食を取ったら行こうか」
「分かった」
「久々に戦ったけど、やっぱりあのくらいじゃないとやっぱり戦った感じはしないもんだね」
黒髪の少女はゴキゴキと音を鳴らしながら右肩を軽く回した。その表情は何処か満足気であり、心行くままに戦っていたのが伺えた。しかし、黒髪の少女の体には怪我どころか服装には破損のようなものは一切も見られず、見た目には激しい戦いの後とは思えない状態である。
「それにしてもまさかまたこの世界に来ることになるとはねぇ……」
旅先で知人を見つけ話をしたことで此処が何処か知った彼女はこれからどうするか今後の方針を立てたのだが、残念なことに最初のスタートではまったく逆の方向へと進んでいたのだった。そのお陰で知り合いと出会い此処が何処か判明したので帳尻はあっていると彼女は自身を納得させていた。
「時間軸は私がいなくなってかそこまで経っていないみたいだけどあの子、元気でやってるかな?」
黒髪の少女は誰かの心配をしているのかそうぼやいた。しかし、言葉とは裏腹にそこまで心配しているような雰囲気ではなかった。
「ま、行ってみれば分かるか……ん?」
黒髪の少女は何か気づいたのか視線を向けるとそこには人かの男性が集まっていた。品の悪そうな笑みを彼女に向けており、武器を携帯していることから相手の正体をだいたい察し彼女は呆れたように大きく溜息を吐いた。
「よお、こんな場所を一人で歩くなんて不用心だな?」
「俺達が護衛についてやっても良いぜ? 勿論払うものは払ってもらうが」
「俺達は紳士だからな、女性には優しいんだぜ?」
進行方向にいるため、邪魔であるが迂回せずに道を通ろうとすると黒髪の少女に声をかけてきた男性達。獲物は逃がさないと言わんばかりに脅すように彼女を囲んだ。とりあえず無視して合間を抜けようとするが正面の男性が彼女の肩を掴んだ。
「な!?」
黒髪の少女の肩を掴んだ男は驚愕の声をあげた。全力ではないが力を入れているにも関わらず彼女の体はビクともしない。まるで巨大な岩か何かを掴んだような異様な感覚に思わず声を漏らしたのだ。
「……はぁ」
一度だけ溜息を吐いた黒髪の少女は自身の肩を掴んだ男性の腕を払おうと掴んだ。
「あ……」
「え……」
黒髪の少女は何かを失敗したかのような間の抜けた声を漏らした。彼女の掌の中には掴んだことでまるで柔らかい果物のように握り潰された男性の腕があった。彼女の様子から意図してやったものではないようだ。
「ぐぎがぁああああ!?」
腕を握り潰された男性の口から痛みよる絶叫の声が迸った。突然の事態に彼の仲間である男達も唖然としている中で腕を握り潰した当人はやってしまったと言わんばかりにぼやいた。
「しまった。イラっとして調整を間違えちゃった」
軽いミスをしたような調子の黒髪の少女。残りの盗賊達は我に返りこの事態を引き起こした彼女のがなり立てた。
「テメェ!!」
「こっちが優しくしていれば調子に乗りやがってよぉ!!」
激昂した男達が一斉に黒髪に少女に襲い掛かった。一人は剣を抜くと背後から斬りかかった。手加減して殺さないようにするという思惑は全く無く完全に殺すつもり剣を振り下ろしている。その振り下ろされた剣を振り向かず彼女は裏拳だけで半ばから砕いた。砕かれた剣の剣先は別方向から武器を振るおうとした男の頭部の突き刺さった。
「おおおおお!!」
しかし、男達がほぼ同時に武器を振るっていたことで戦斧を防ぎ切りことは出来ず黒髪の少女の首筋に直撃した。戦斧を振った男はこの後の光景を想像し舌なめずりするがその表情が直ぐに驚愕へと変わった。
「な……何で……!?」
戦斧は重量武器であり、その重さで敵を叩き切る武器だ。魔獣や魔物であろうとその一撃を真面に受ければドラゴンのような相手で無い限り大きな傷を作ることが出来るだろう。そこから考えれば人の体など一振りで容易く真っ二つだ。しかし、男が振るった戦斧は彼女の首筋の皮一枚すら斬ることは叶わず停止していた。そして、男が感じたのはまるで金属に塊にでも叩き込んだようなその異様なまで感触だった。
「その程度?」
首だけを動かしそう聞く黒髪の少女。戦斧を振った男その視線を受けて蛇に睨まれた蛙のように動きを止めた。彼女は振り替えると自身に叩きつけられいた戦斧を頭突きで砕くと武器の持ち主の頭を掴みそのまま握り潰した。
「ひっ!?」
それを見ていた剣を砕かれた男性は恐れをなして逃げ出そうと踵を返して逃げようとするが突如として片足が動かなくなりバランスを崩して前につんのめった。
「あ……? あぁあぁああああ!??」
状況が分からず自分の足を見た男性は現状を把握して絶望の声で喉を震わせた。彼が見たのはある筈の自身の右足が切り落とされていた光景だった。黒髪の少女は背中に背負った剣をいつの間にか抜いて逃げられないように切り落としたのだ。彼女から逃げるように手で這って逃げようとするが残された左足を彼女が掴むとそのまま高々と上に持ち上げ勢いよく地面に叩きつけた。肉が潰れるような音が辺りに鳴り響くと彼女は腕を離すと最初に腕を握りつぶした男性の方を向いた。
「ひ……あ、あ……」
残された男は自身の仲間達が瞬く間に殺される光景を目の当たりにして腕の痛みをすら忘れたように茫然自失しへたり込み失禁していた。そんな男の状態に眉一つ動かさず近づく黒髪の少女。
「あなたがこの面子のリーダーみたいだね……なら一番の残酷な方法を取らせてもらおうかな」
そういってその頭を掴んだ。しかし、戦斧の男を殺した時にように然したる力を込めている様子は全くない。しかし、恐怖で動けない男はそれに抵抗を見せていなかったが続いて起こった自身の身に起こった現象と感じ取れた潜在的な恐怖に声を上げた。
「いや……だ。止め……て」
自身の体が光の粒子となって消えていく。それから逃れよとするが既に黒髪の少女に捕まれた影響なのか身動き一つ取れなくなっていた。そのまま意識を保ったまま彼は自身の体が光に粒子へと分解される光景を完全に消滅するまで見続けるのだった。




