第六十七話 フューア
「なんだか思っていたのと違う……」
数日後、フューアの健診結果は冒険者ギルドを通して伝えられる筈だったのだが、何故かミレーアはギルドの奥へと通され防音を施された部屋へと案内された。あまりにも予想していたことと異なる状況にミレーアは戸惑うよう呟いた。彼女の予想では健診の結果が書かれた紙が渡されるものだと思っていたからである。それがどういうことか今は内密な話をする部屋で誰かが来るのをフューアと共に待たされている状況だ。
「何か問題があったのか?」
こういった部屋に通されたということは他者に聞かれたくない話がある時だ。何かフューアから問題のある感染症でも見つかったのだろかと不安になるが、それならまず真っ先にフューアを有無言わさず取り上げられだろうとミレーアは思い他に何があるだろうか考えたものの残念ながらそれらしいものは彼女には何も思いつかなかった。不安に圧し潰れそうになりながらも必死で耐えるミレーアを心配そうに見ているフューア。ミレーアはフューアを撫でること必死に冷静になるように努めた。
「ああ、すまない。大分待たせてしまったようだ」
ミレーアが緊張しながら待っているとギルドマスターがドアを開けて入ってきた。おそらくは此処に来る前に何か急用でも入ったのか少し額が汗ばんでいた。
「あれ……?」
ギルドマスターが部屋に入るとそれに続くようにもう一人が入ってきた。その人物を見て意外そうな相手が入ってきたと言わんばかりに声がミレーアの口から僅かだが漏れた。
「アギトさん?」
「それのことの情報を共有するのなら説明役はいるだろう?」
そう彼が述べたことでミレーアはアギトが此処いる理由を察した。彼は最初からフューアが何であるか知っていたのだ。
「私の方は彼に君のテイムした魔獣……いやアギト殿の話によると異獣の幼体の健診結果があまりにも異質過ぎたことで彼に情報を求め私も知ることとなった」
「え……異獣の幼体?」
驚きのあまり自分の膝の上で大人しくしているフューアに視線を向けた。何となく普通の魔獣と違うとは思っていたが、まさか今騒ぎの元凶となっている異獣だと思ってもみなかったのだ。そして、自分が此処に呼ばれた理由に思い当たり恐る恐る口を開いた。
「もしかしフューアを……」
それ以上は口に出来ずミレーアは口を閉ざした。フューアの方もミレーアの異常を感じ取ったのか心配そうに見つめていた。
「あ~いや、おそらくだが君の考えていることは違う。……寧ろそれはアギト殿に事前に止められた」
「ミレーアとフューアに密接な繋がりがある現状では何も問題ないだろう。寧ろ異獣にとってはそれが本来の形だとミレーアの師匠から聞いたことがある」
「本来の形……」
街など被害を及ぼす凶暴な姿ではなく今、ミレーアの膝の上で丸くなっている姿があるべき形と言われてもあまりにも姿形が異なりすぎて信じることが出来ない。ギルドマスターも同意見なのか困惑気味だ。
「その辺りの詳細な話は俺も聞いていないが、逆を言えば正常の状態であるフューアを無理やりミレーアとの繋がりを断とうとすれば何が起こるのかまったく想像がつかない」
最初から異常がある状態ならばそれまでだが、正常な状態であるものを無理やり異常のある状態にするというのはそれ相応の反動があるように思えた。仮にそうした時、今まで出現してきた異獣よりも強力な個体が発生するとなればそれこそ誰にも対処出来ない可能性すらある。そう思い至ったギルドマスターは冷や汗で出て来た。此処で対処を間違えれば爆発しかねない地雷が目の前にあるとなればそれも仕方が無いことだろう。
「それでフューアに異常は無いということで良いでしょうか?」
「ああ、そいつが異獣と同種であることを考えれば成長して大きくなるということは無い。第二フェイズに移行することになれば姿形は大きく変わるだろうが」
第二フェイズに至った異獣は既に何度か目撃しており、どれも一筋縄ではいかない強力な相手であった。しかし、それでも元の世界の第二フェイズに至った個体と比べればまだ弱い方である。仮にフューアが第二フェイズに至った場合、今まで出会い戦ってきた異獣と同じ凶暴性を発揮しないという保証は何処にもない。そして、そうなった時にフューアが誰にも止めることの出来ない強大な存在になる可能性は0ではない。
「今の話を聞いて心配事も多く生まれただろうが、今まで通りに接し大切にしろとしか言えん。もしかすれば戦ってきた異獣と別の方向性に行く可能性もある」
異獣は環境によってその姿を大きく変える。ならば野生化して弱肉強食として生きる異獣とテイムされミレーアに大切に育てられたフューアがまったく異なる変化をすることは十分考えられる。そう考えたミレーアはもう一度、膝の上で丸くなっているフューアを見た。戦ってきた異獣とは違い自分によく懐き時には手助けもしてくれた自分の愛らしい家族とも言える存在。アギトの言う通り自分次第でフューアの今後に影響があるのなら全力で暴れていた異獣と同じにならないようミレーアは全力で取り組むつもりである。
「その顔はこれからどうするか聞くまでも無いようだな?」
「はい!! 絶対にこの子を暴れ回っていた異獣にようにするつもりはありません」
アギトの確認にミレーアはそう胸を張って答えた。その意志を確認したことで今回の診断結果に関しての隠蔽工作などはギルド側で行うの為、ミレーアから出来ることはないため話は終わりとなり退室することになった。その場に残ったギルドマスターは緊張から解放されたことで大きき息を吐いた。
「とりあえず何事も無く終わったことで一つの山場を越えたという認識で良いのか?」
「その認識で間違いない。あれがミレーアと共にある限り後は彼女の次第だ」
命運を個人に任せるのはリスクが大きすぎると言えるがアギトから聞いた話をよく加味した結果、これが結局のところ一番ベストの選択であった。
「不安があるのはも分かるが、ミレーア自身が善良なのは言うまでもないだろう?」
ミレーアは回復魔法のこともあり、ギルドから目をかけられておりその行動もある程度把握されている。実際街に来たばかりの頃は無償で回復魔法でレックスを治療したことで後でマイルズから忠告されたこともあった。そのことからミレーア自身は現状では善良なのは間違いない。
「それは分かっている。だが人と言うのは時間経過と共に変わるのは君も知っているだろう?」
「む……」
ギルドマスターの言葉を詰まらせたアギト。それは彼自身が経験したことでもあった。彼がこうなったのは仲間の裏切りでありその理由は横恋慕だ。冒険者を始めたころからの付き合いで彼自身は親友だと思っていたこともあり、その裏切りには強いショックを受けていた。アンデッドとして復活し数奇な運命を辿ったことで今の魔導具で身を包んだ姿となったことで殺された恨みもあり、復讐のために奔走したのだが……
「それは確かにそうだろうな。現に俺自身もそれの被害者だ」
「金や情念というのは時として人を大きく変えるものだ。現にそういった理由で後ろ暗いことにで手を出し身を滅ぼすこととなった冒険者を何度か見ている」
長年ギルドマスターに就いている彼はそういった後ろ暗いもの何度も見て来た。冒険者だけでなくギルドマスターである自身に立場を奪おうと様々な奸計を巡らし失敗し、追放されることとなったギルド職員もそれこそ多くいた。ミレーア自身がこの先で手にした名声と金に驕り高ぶり道を外す可能性は0ではない。そうなった時に彼女がテイムした異獣の変化次第では止められる者がいなくなる可能性すらありえる。しかし、その可能性を憂慮して下手に手出をした結果、最悪の事態に陥る可能性もまたある。
「結局のところ彼女に任せるという冒険をする道しかないとはな」
「良いじゃないか? ミレーアは冒険者……そしてその冒険者達を束ねるのが仕事だろ?」
アギトの投げ槍とも言える言葉にギルドマスターは苦笑するしかなかった。結局のところ冒険者に冒険させる癖にその統括する者達が冒険もせず保守的な考えでは笑い話にもならない。組織を維持すという見方からすれば落第だが、冒険者達を統括するという立場から考えればこのままミレーアを信じて任せてみるのも一考だろう。
「何かあった時に自分の首が物理的に飛びそう話だが、まぁ何として見せるさ。……それで先程耳にした情報だが君にも意見を聞いておきたい」
「ん……?」
何だろうかと話を聞いたアギトはギルドマスターからの話を聞いて盛大に頭を抱えたのだった。




