第六十六話 健診
「さてと今日はフューアの健診の日だね」
「みゅあ?」
ミレーアの言葉の意味が分からず首を傾げるフューア。説明しようとしたがミレーア自身何をするのか詳しくは知らなかっため、何も言えずフューアを抱き抱えた。
「それじゃあ、出発!!」
「みゅぅ~?」
勢いに任せて誤魔化すミレーアだがフューアは何か怪しいものでも見たかのような鳴き声だ。此処最近ではあるがフューアがこうした感情を乗せたような鳴き声を使い分けるようになってきた。それがあまりにも分かりやすいのでミレーアは更にフュ-アのことが愛おしくなってきたくらいである。
「大丈夫!! 痛いことは無いと思うよ……多分!!」
「みゅあ!?」
最後のミレーアの希望的観測に驚いたような鳴き声と共にフューアは顔をミレーアの方へと向けた。
「だって私も何をするのかまったく知らないんだよ。でもこれはフューアにとって大切なことだから受けなきゃいけないんだよ」
そうフューアを説得するようにミレーアは言い聞かせた。フューアの方もこれが大切なことであることをミレーアの雰囲気から感じ取ったのかそれ以上は鳴くことはなく大人しくしていた。ミレーアはそのままフューアを抱き抱えたまま健診を受ける施設へと向かいそこで必要な手続きを行った。
「私は中に入れないみたいだから此処で待ってるね。……ちゃんと担当の人の言うことは聞くんだよ?」
「みゅあ!!」
「分かった」と言わんばかりに元気に鳴いて返事をするフューアの頭を撫でるとミレーアはフューアから離れた。
「さてと健診が終わるまでは何をしてるかな……」
流石に終わるまで此処で何もせずに待っているのは苦痛のため、何か暇を潰せるものはないかミレーアは辺りを見た。他の利用者は独自で暇を潰せるものを持ってきている者もいれば、仲間と来たのだろうか一緒に剣を一緒に振るい稽古を受けている者もいた。
「リナにも付いてきてももらえば良かったかな?」
暇を潰せる何かを各々で用意していたことを見てミレーアはそうぼやいた。健診自体が初めてのこともあり、言われものしか持ってきていなかった。他に何が必要なのかベテランで魔獣をテイムしている先輩冒険者に何か聞けばよかったと後悔した。とりあえずやることはないと判断したミレーアはフューアの健診が終わるまで手近の椅子に腰かけ待つことにした。幸い水は施設の利用者に対して無料のようで飲み物を困ることはなさそうだった。
「……」
水を入れたコップを片手にミレーアは空いているベンチに座り、コップの水を飲みながら人の流れをぼんやりと眺めていた。
「あ、君はもしかして少し前の街での戦いで医療班にいた子じゃないかな?」
不意に声をかけられそちらを向くと自身のより年上と思われる男性と女性がいた。
「あ、やっぱりそうだ。こんなところで会えるなんて奇遇だね」
「ん?……えーと」
突然見覚えない男声に声をかけられことに困惑するミレーア。それを察したのか女性の方が男性の頭を後ろから掌で軽く叩いた。
「ほら突然話しかけて脈絡もないことを言うからこの子が困惑してるじゃないか」
「と、すまない。俺は少し前の魔獣、魔物の大群が街に押し寄せて来た時に重傷を負ったんだが直ぐに君が回復してくれたから後遺症も無く冒険者として復帰することが出来てね。そのお礼を一度言いたかったんだ」
それを聞いてミレーアもようやく合点がいった。あの戦いにおいてミレーアは幾人かの負傷者を治療していた。忙しかったこともあり、治療した一人一人の顔を彼女は覚えてはいなかったが怪我を治療された側である男性はミレーアのことをしっかり覚えていたということである。
「無事で何よりです」
「私からありがとうと言わせて。あなたのお陰で彼が無事に冒険者として復帰することが出来たのだから」
ペコリと頭を下げる女性。
「お二人とも今後も怪我には気を付けてくださいね。私では傷を治すことは出来ても失ったものまでは取り戻すことは出来ませんから」
目の前の男性は運良く間に合っただけだ。実際に運ばれた段階で既に命を失っていた冒険者も何名かいたし、魔獣に食い千切られため手足の何処かを失った者も何人かいた。仮に最上級の回復魔法の使い手ならば失った部位も取り戻せるそうだがミレーアには現状そこまで力はなかった。仮にミレーアが正規の教育を教会で受けていたならば可能だったそうだが、それはあくまでたらればの話であり自由と引き換えに今更教会に入って学ぶ気には彼女はならなかった。
「お互い今後もかんばろうね。何時になるかは少し分からないけど」
冒険者ギルドの依頼数が街への魔獣、魔物襲撃の以前に戻るのは何時になるかのまったく分からない。既に余裕の無い者達は隣街へと移動しており、残っているは貯えがありまだ余裕のある者達だけだ。それとてこの状況が長く続けば仕事を求め他の街へ少しづつ移動する者達は増えていくだろう。
「はい、お互いに頑張りましょう」
そこで二人はミレーアから離れそれを見送ったミレーアは時間を確かめる。健診の予定終わり時刻までまだ時間がある。
「う~ん。どうしようかな」
先程までぼんやりと時間を過ごしていたミレーアだが、先程の会話で中断されたことで我に返り同じように過ごせなくなっていた。
「そういえば此処には他にも何かあるみたいだけど何があるのかな?」
気になったミレーアは移動すると何やら床に置かれた長方形の形をした魔導具があった。これは何だろうかと思い同じようなものを使用している他者に目を向けるとどうやら上にに乗り足を動かしているのが見えた。不思議なことに足を動かしているにも関わずまったく前へと移動をしていなかった。
「?……なんだろう?」
それを見たミレーアは首を傾げながらとりあえず使ってみようと空いている魔導具を上に載った。人が乗る場所にはマットのようなものが巻かれていた。
「え~と、自身の魔力を送ることで魔導具に巻かれたマットが動き出す?」
使用説明が書かれた板を見て注意書きに書かれた少しずつ魔力を送るという文字に従いミレーアは魔力を魔導具に送った。するとゆっくりとだが足元の魔導具に巻かれたマットが動き出した。
「わわ!? 動いている!?」
突然のことに驚きミレーアの魔力操作が止まるとそこで魔導具に巻かれたマットの動きも止まった。
「あ~びっくりした。こういったものだったんだ」
落ち着きどういったものなのか理解したミレーアは再び魔力を少しづつ注ぎ込んだ。再び魔導具に巻かれたマットが動き出すとミレーアは足を動かし前と進むが、魔導具に巻かれたマットが動いていることもあり傍目にその場から移動していないように見えた。
「成程ね……っとすると」
僅かだが強めに魔力を送ると魔導具に巻かれたマットの動きが早くなった。それにより先程のよりも早足で動かさなければ後ろへと流されることになるだろう。思ったように動いたことに楽しくなってきたミレーアは魔導具に送る魔力の量を更に増やした。
「おお~!!」
ミレーアの希望に答えるように更に高速で動く魔導具に巻かれたマットは走らなければ後ろに流されそうな速度となっていた。それを楽しむようにミレーアはそれを使ったのだった。
「ミレーアさん、テイムされている子の健診が終わりましたよ」
「あ、はい!!」
施設に備えられていた体を動かす魔導具を一通り試したことで少し疲れ休んでいたミレーアにそう声が掛けられた。全ての魔導具は自身の魔力を送ることで稼働し体を動かすものだった。体を動かすと同時に軽度ではあるが魔力を操作を必要とすることで室内にいながらどちらも同時に鍛えられる優れものだった。此処にあるのは施設利用者に対して無料で使えるものだが、此処以外では専用のジムが存在し会員制となっているとミレーアは聞いた。月額払いであり値段はそれなりにするのでまだ冒険者としてはランクが低いため依頼もこの前の例外を除き基本的にはそれ相応のものしか受けられないためミレーアは現状での会員登録は諦めた。
「健診の結果が分かるまで数日はかかりますので詳細な結果が分かり次第、冒険者ギルドを通してお伝えいたします」
「分かりました。フューアは良い子にしてた?」
「みゅあ!!」
「当然だよ」と言わんばかりに元気よく鳴いた答えるフューア。職員からも他のテイムされている魔獣達に比べてもとても大人しくしていたとお墨付きである。
「そっか、それじゃあ帰りに何かご褒美を上げないとね……今日はありがとうございました!!」
フューアを抱き抱えたままミレーアはお辞儀をした。
「はい、今後もその子を大切にしてくださいね」
「分かりました」
そう元気に答えたミレーアは出口へと向かって歩き出した。それを見送った職員は奥へと戻ると上司へと報告に向かった。
「例の子は今、持ち主に返しました」
「ご苦労……それにしても珍しい魔獣だなと思っていたがあそこまで何もかも違うとはな……」
分かる範囲の検査では問題は見受けられなったが、詳細な検査で何が分かるのかは一切に不明だ。何しろ体の構造が既存の生物とまったく異なっていたのだ。血液検査の結果などを見るまではまだ分からないがその結果次第では一騒動が起こる予感が彼にはあった。
「まったく此処最近は忙しいものだ」
此処のところ立て続けに大きな事件が何度か起こり、その度に各所で多くの職員が右往左往する羽目になっている。こんなことは今までに一度も無く早いところ収束に向かってもらえないものかと彼は内心で愚痴るのだった。




