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第六十五話 失敗も一つの経験

「うぐ……頭が痛い」


 ベッドの上で痛む頭を抑え呻き声を上げるミレーア。そもそも自身がいつ部屋のベッドに入ったのかあやふやであり、もっと言うなら昨日のマイルズ達との打ち上げパーティーの途中から記憶がない。


「あの後、どうなったのだけ?…あ、つつ」


 何とか思いだそうとするが痛む頭に阻まれてうまくいかない。そこへ部屋の入口のドアを叩く音がした。


「こんな時に一体……」


 起き上がり最低限の身嗜みを確認したミレーアは痛む頭を堪えながらドアを開けた。


「おはよう……あちゃぁ~聞いた通り酷い状態みたいだね」


 ドアを開けるとそこにいたのはリナだった。今の状態のミレーアを見て驚くどころかまるで誰かに自分の状態が悪いことを聞いたかのようなリナの呟きに訳を聞こうとするがそれにリナが待ったをかけた。


「とりあえず挙がらせて貰うね。ミレーアも今のままじゃ辛いでしょ?」


「うん」


 辛いことに間違いはないため頷いたミレーアはリナを部屋に挙げるとリナの進められるままもう一度、ベッドの上に横たわった。


「それで今のミレーアの状態だけど……二日酔いだね」


「二日酔い……」


 聞いたことのある単語を口の中で反芻するミレーア。


「聞いた話だと、間違えて酒を飲んでからいろいろおかしくなったみたいだけどね」


 それを聞いてそう言えばと思い出す。テーブルにあった不思議な味のした飲料を飲んでから記憶が曖昧になっていることからあれがお酒だったのだろうとミレーアは思った。


「なんかそのあとそれが気に入ったのか飲んでたらしくてね」


 その後は語るまでもない。酒が入り酔っぱらったミレーアはどんどんテンションが上がっていきついには男連中が始めだした腕相撲大会に飛び入り参加。そのまま優勝してしまったという。


「え~あ~」


 何があったのか話を一通り聞いたミレーアは何か言おうとしたがそれらは単語にならず、意味の無い声にしかならなかった。とりあえず自分のお酒デビューは失態の繰り返しだったというのは理解出来た。そのことで恥ずかしくなり布団を被るミレーア。


「うう、どうしよう。今度会った時にどんな顔して会えば……」


「気にしなくても良いじゃない? この話をしてた時のソニアさんは良いものが見れたって感じで機嫌が凄く良さそうだったし」


「それはきっと私の醜態を笑ってるんだよぉ」


 か細い声で泣きそうな声音で呟くミレーア。実際はソニアが笑っていたのはミレーアにぼろ負けしたことで大きく落ち込むことになった男連中に対してである。ミレーアに腕相撲を挑まれ意気揚々と挑戦を受けた端から撃破されていく男連中の姿にソニアとバーバラは隠れて大笑いしていた。間違いないくしばらくの間はこのことをネタにソニアとバーバラは自分のパーティの男連中を弄ることになるだろう。


「ほら二日酔いに良く効くってらしい料理を作ったから食べな」


 食卓にコトンとリナが作った料理を置くとミレーアはのそのそと布団から出てくるとそれを食べ始めた。ゆっくりと味わないながら時間をかけて完食するとミレーアは布団の上に腰かけた。調子の悪いミレーアを心配するようにフューアが足元に駆け寄ってきた。


「大丈夫だよ、美味しいもの食べたからしばらくすれば良くなるから」


「みゅぁあ……」


 安心させるようにフューアの頭を撫でるがフューアの心配そうな鳴き声を出すだけだ。そうしているミレーアが食べ終えた食器を洗い片付けも終えたリナが伝えるべきことを言うため口を開いた。


「一応、伝達すると教会のクーラには時間が合えば会うこと伝えておいたよ」


「ありがとう」


「詳しい日取りは向こうの予定次第だからその時はまた私の方に伝えに来るって」


「分かった」


「それじゃあ、私は向こう行くから今日一日は安静にしているようにね」


「は~い」


 リナを見送ったミレーアは再び横になり言われた通り安静にするのだった。





「……まったく厄介なことになってきたね」


 ギルドからの報告書を読んだアレクシアはその内容に顔を顰めた。ギルドの方ではエルフとの情報交換をすることで不足している情報を補おうする旨も書かれていた。アレクシアにとってエルフから齎されるであろう情報に興味は無い。既に知っている既知の情報が大半だと思われたからだ。


「それよりも重要なのはこっちだね」


 調査隊を襲撃した謎の人物。ミレーアの師匠と関係があると思われ、異獣に関しても詳細な情報を知っておりそれらを利用した未知の技術を持っていたという。そして、その存在にアレクシアには心当たりがあった。


「だけどそれは……」


 心当たりはあるが信じたくはないという思いも強い。


「……もしかしてそのためにこの世界で新たな弟子を?」


 仮にそうならミレーアの存在はこれから先の趨勢に大きな影響を与えることになるだろう。


「そうなら手元に置いた方が良い。だけどそれは……」


 それは自分の主義に反する。しかし、国を守るためならば手段を選んでいられないことなどこの先多く出てくるだろう。その時に今のように一々悩んでいたら取り返しのつかないことになりかねない。心を鬼にして最善の道を取るべきだと為政者としての自身が訴えかける。


「……ふぅ。此処で自分一人で考えていても仕方がない。兄上に相談しにいこう」


 思い悩んだ末にアレクシアは自身の兄を頼ることにした。実際のところ自分の懸念が正しいならそれは自分一人ではなくこの国の建国者である祖王の血を引く王族が対処しなければならない事柄でもあった。アレクシアも自身の兄が何か困ったことがあったなら頼れと言っていたことを思い出し駄目元で相談しようと考えた。


「兄上は確か公務で王城にはいない筈……」


 ふとそこで重要なことを思い出したアレクシアはどうするべきか考える。兄の直轄の配下に伝言を伝えるべきだろう。クライドを呼び用事を伝えると彼は「わかりました」と答えると退室何処かへと向かった。


「とりあえずこれで良し。……とりあえず残りのものも片付けないと」


 一番頭を悩ませているものを片付けただけでアレクシアの仕事はまだ終わっていない。各所のギルドの報告に目を通さなければいけないためやることはまだまだたくさんあると言えた。これが終わったら兄上に相談する前に行くところがあることを思い出しそちらに行く準備も進めるのだった。






「……と、今度は何処の世界に降り立ったのかな?」


 一人の少女が月明かりに照らされた野原の上に降り立った。年の頃はミレーアよりも少し年上といったところであり黒く長い髪をポニーテールにしており、軽装ではあるが鎧を身に着けていた。背中には大剣を背負っていることから冒険者か傭兵といったところだろう。


「周囲を確認しても何処か分かるような目立つものは無し。星は……まぁ見ても分からないか」


 やれやれといった感じで首を左右に振った黒髪の少女は落ちていた木の枝を見つけるとそれを持ち先端を地面に付け垂直に立てると手を離した。木の枝は黒髪の少女の指という支えを失ったことで地面に倒れた。そして倒れた木の枝の先が示した方向を向くとそこには生い茂った森が見えた。


「あちゃぁ~運が無い」


 既に夜も深く月明かりしかない状況で安全確認もしないまま森の中に入るのは明らかな自殺行為だ。どう考えても魔獣に食べてくださいと言っているようなものである。しかし、黒髪の少女は鼻歌を歌いながら迷いなく気軽に森へと進んでいく。当然だが月明かりしかないこの状況で明りになるようなものを持たずに森の中に入れば目を凝らしても殆ど何も見えない暗闇となった。


「ん~やっぱりこっちに進むべきじゃなかったかな~」


 辺りの視界が悪いことへの愚痴を吐きながら危なげない足取りで森の中を進み障害物も難なく避けていく様は黒髪の少女にはまるで周囲全ての状況が見えているかのようだ。


「おっと来たかな?」


 何かを感じたのか気配のした方へと顔を向けた黒髪の少女の視線の先で木々が揺れ何かが出て来た。


「虎かな?」


 それはナイトタイガーと呼ばれており、夜に単独で出会ったならば死を意味する程と恐れられてる魔獣である。暗色で夜の闇に同化しやすい体毛に夜目が効き力強い上にしなやか身のこなしは夜目は効かず乏しい光しか持てない冒険者からすれば例えベテランであっても戦うことを忌避する相手である。それ故にその体毛は高値で取引されているが、進んで挑む者は少なく自身の実力を見誤った冒険者が返り討ちされることが多々ある。危険な魔獣ではあるが生息域は極限られた地域だけであり、少なくともミレーアが活動している街周辺では確認はされていない。


「う~ん、見覚えがあるようなないような……いくつかの世界で似たような相手はいるからね」


 既にナイトタイガーはいつでも獲物に飛び掛かれる臨戦態勢であり、本来なら出会った者は顔を青くし絶望しているような状況である。しかし、黒髪の少女はそんな様子はまったくなく自然体だ。そんな様子に困惑したのは寧ろナイトタイガーの方だ。このナイトタイガーは幾度もの冒険者を返り討ちにした歴戦の猛者であり、目の前にいる存在と似た形をした相手の戦い方を熟知していた。故にタイミングを見計らって襲うことを考えていたのだが、今までは違う相手の対応にナイトタイガーはどうするべきか悩んでいた。今まで出会った相手は自身を見ると直ぐに戦意を失うかまたは闘志を漲らせかのどちらかだった。


「どうしたの?」


 襲い掛かってこないナイトタイガーに対して不思議そうに首を傾げる黒髪の少女。いやその口元は僅かだが楽しそうに歪んでおり寧ろ襲い掛かってくるを期待しているようだ。それを見たナイトタイガーは踵を返して去った。この相手は襲い掛かって良い相手では無いと悟ったのだ。


「ふ~ん、中々賢明な魔獣みたいだね」


 去っていくナイトタイガーに感心したような視線を向けた黒髪の少女はそのまま追おとはせず先の棒倒しで示した先を目指して暗い森の中を進んでいくのだった。

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