第六十話 調査(三)
「警戒は怠るなよ」
マイルズ達は周辺を警戒しながら先と進んでいた。向かう先は夜に聞こえた咆哮の発生地点だ。あの後、ミレーア、アラン、ニールが見張っていたが夜が明けるまでにこれといった異常は無く無事に日の出となった。
そのことに一同は拍子抜けしたものの油断せず準備を整えてこうして現地へと向かっていた。
「嫌に静かだな……昨日の争いなどなかったかのようだ」
あの後、戦いが終わったことからどちらか一方が勝利し、一方は敗北したのは間違いない。最後に見た一条の光からして敗北した側がただで済んだとは思えない。命を失い喰われたにしても同質量の相手を残さず食べるなど不可能ことである。故に残された残骸を求めてスカベンジャーなどが出てきそうなものだがその気配は一切にない。昨日と同じように生命の気配が一切なかった。
「不気味だな……全員何かあれば直ぐに戦えるように気を引き締めてくれ。微かだが臭ってきているな」
クンっと鼻を動かせば風に乗って何か独特の臭いが漂い始めていた。おそらくは敗北した異獣の体液などの臭いだろうということは容易に想像がついた。何度か異獣と戦うことになったミレーアからすればその臭いは覚えがあるものだ。間違いなくこの先に異獣の遺体があると彼女も確信ていた。
「見えて来たな」
目的のものを発見したマイルズは小さな声でそう述べた。大分が食い散らかされた何かの肉片。頭部を完全に破壊されことで確認は出来ないがどんな魔獣、魔物の特徴に当てはまらない体の構造は間違いなく異獣だと考えられた。遺骸の状態は悪く派手に食い荒らされていた。体中にある傷跡や残された歯形から同規模の大きさの生き物に襲撃されたというのが判断出来た。間違いなく昨夜争っていた異獣の片割れだろう。
「脚の形態から随分前に街の下水道に現れたのに近いか?」
「あれは蜥蜴の体に甲殻類の脚が付いていたらしいが……この体の形態だと寧ろアラクネに近いじゃないのか?」
アラクネとは上半身は人の女性のような体で下半身は蜘蛛の形をした魔物である。知能が高く人里付近で見かけることはまずなく、森の奥地などに稀に見かけるくらいだ。人間を見てすぐさま襲い掛かってくることは無く状況を見極めて行動することから厄介な魔物としてベテランの冒険者間では名を知られている。
「となると……あそこに落ちているのは腕か?」
レックスが視線を向けた先には巨大なランスのようなものが地面に横たわっていた。大の大人二人分以上の長さがあり、根本には大きさは劣るが数本似たようなものが付いており明らかに攻撃用のものだということが分かる。
「腕が武器のような生き物は確かにいるが……此処まで武器として形をしているのはやはり異様だ。これじゃあ、戦い以外には使えないだろ」
例えば甲殻類の持つ鋏などは外敵から身を守るために攻撃として使うが、その他にも捉えた獲物を掴むためのものである。しかし、異獣の腕は完全に武器としての用途以外に使うことが出来ない形状をしていた。それは生物としてあまりにも歪に思えた。
「加工すればそのまま武器になりそうだな」
ノーマンが異獣の腕を眺めながらそう述べた。彼の言う通り根元の部分を外し持ち手を付ければ立派なランスが一本出来上がりそうだ。
「これはそのまま回収して……他に何かあるか?」
「残された体を調べてみたはやはり構造が魔獣などとまるで違う。異獣とは本当に上手いか名前を付けたものだな」
魔獣や魔物なども体を構造を調べてみれば基本的に生物の範疇である。しかし、食い荒らされ残されたものから分かる範囲だけでも異獣の体の構造は一言で言えば異常だった。下水道で倒された異獣と同じく消化器官に類するものがなく、同時に排出する器官も存在していない。それにも関わらず異獣は他の生物を襲い捕食している。食べたものが何処に行くのか全く分からないのだ。
「それにどうやって体を支えていたんだ?」
下半身は甲殻類のようの特徴を持つことからまだ分かるが問題は上半身だ。どれだけ調べても骨格の相当するものが見つからないのだ。契られた腕の断面を見てもそこに肉らしきものは存在しているが骨に当たるものが存在していなかった。これでどうやって体を支えていたのか彼らには理解が出来なかった。
「流石に味を見るわけにはいかないか」
食料が乏しくなっているため、そんな意見も出たが流石に死した直後なら兎も角それなりに時間が経っているためその案はお流れとなった。
「一応、これで成果はあったことになるのか?」
「最低限ではあるがな。念のために勝利した異獣が何処へ向かったか確認したいところだが……」
食料が尽き何の成果のないまま街に戻るという最悪の未来は回避出来たもののあくまで最低限であるため、ギルドに多くの情報が渡るように生き残った異獣がどちらへ向かったか確認しようとするが、足跡のような痕跡が一切なかった。戦いの場となったこの場所には多くの踏む跡があり、明らかに今ここで調べていた異獣とは異なる足跡を発見出来たがそれ以上の痕跡がなかった。
「これだけ調べても無いとなるともしや空を飛べる異獣だったか?」
「そうなるとこれ以上の追跡は困難になるが……異獣について何か話せる情報はないのか?」
これ以上は考えても答えが出ないため、自分達よりは異獣について知識があるロニーに尋ねるとそこまで秘匿するべき情報ではないのかあっさりと話してくれた。
「第一フェイズはそこまで脅威となる個体は存在しないと聞いています。強くて猪系統の魔獣程度だそうです。問題になるのは第二フェイズから。第一フェイズの時点ではそこまで種類が多いわけじゃないですが、第一フェイズから環境や状況によって変異する第二フェイズは異獣中では最多種と聞いています」
「つまりは第一フェイズの体形が同じでも第二フェイズに変異する時は環境や状況に合わせてまったく違うの姿になっているということ?」
「流石にある程度の方向性はありますが概ねその認識で構わないです……何者かが此方に向かってきていますね」
何かを探知したのかロニーは視線をそちらへと向けた。こんなところに人が来るなど自分達のような理由が無ければ怪しすぎる。どう対応するのから彼らは直ぐに思考を巡らし結論を出した。隠れて様子を窺い相手の出方を待つ方針だ。異獣の遺骸から全員が離れ近場で身を隠せる場所に隠れロニーが隠蔽魔法を発動させたことによってあちら側から発見される可能性を大幅に下げた。身を隠ししばらくするとミレーアと同じくらいの身長の誰かが一人で歩いてきた。全身をローブのようなもので覆い体を隠しているため、性別は分からないが怪しい人物であることは明白だ。
「何者だ?……こんなところに一人で来るなんて」
「冒険者なら稀にこういった珍しい場所にふらっと訪れる者もいるが見た感じ武器の一つも持っているようには見えないな」
出来るだけで声を小さくして話し合うマイルズ達。声が大きければそれだけ隠蔽魔法の効果が薄れてしまうからである。謎の人物は異獣遺骸に近づくとそれを観察するかのように動き首を傾げると周囲を調べるような動きを見せたことで様子を窺っていたミレーア達は物陰に隠れた。
「俺達が調査にしていたことに気づいたか?」
「痕跡は出来るだけに消したが違和感を持たれた可能性はあるか……どうしたロニー? 随分と顔色が悪いようだが?」
「……この距離まで近づいてきたことで認識できましたが、あれは人でもエルフでもありません」
「何?」
ロニーの断言に一同の表情が変わった。ならあそこにいるのは何なのか聞き返そうとした直後にこの場にいる誰でもない声が彼らの耳に届いた。
「隠れて様子見とは趣味が悪い」
ミレーア達を咎めるような言葉。声の主は声音からミレーアと差して変わらない少女だと推測出来た。
「何者だ?」
「答える必要性は無い」
そう返答すると手近なアランへと駆け出すフードの少女。相手が少女だろうと襲ってきたのなら容赦はしないと言わんばかりに迎撃するためにランスを突き出すアラン。それをフードの少女は裏拳で簡単に払いのけた。しかも相当の力が込められていたのか弾かれたランスの勢いにアランは大きく態勢を崩した。防御も回避も間に合わないアランに拳を振うフードの少女。ドゴォンという重々しい音共に拳の一撃でアランは身に着けていた鎧の破片を巻き散らしながら殴り飛ばされた。
「へぇ……良い防具を付けてる。今ので終わらせるつもりだったんだけど」
一撃で終わらなかったことに不満そうな口調で語るフードの少女。そして、それを見ていたマイルズ達は相手が只者じゃないと瞬時に察し最大の警戒を持って相対した。
「ミレーアはアランの回復を頼む!!」
そう言うと否や剣で斬りかかるマイルズ。フードの少女はそれを受け止めると反撃しようとするがそこへロニーの弓が放たれた。それを回避したとこへソニアの魔法が撃ち込まれるがそれをフードの少女は防御魔法で防いだ。それらを横目にアランの元へとミレーアは駆け出した。
「これは……」
「……ああ、すまない。っ……ドジった……」
まだ意識のあるのか近づいてきたミレーアにアランは話かけてきた。回復魔法も使うが回復ポーションと合わせた方が良い判断し、回復ポーション飲ませた後に回復魔法を全力でミレーアは行使した。アランの傷はみるみるうちに治り直ぐに戦闘復帰の可能な程まで回復した。
「助かった。これで俺も……後ろ!!」
起き上がろうとしていたアランの忠告に後ろへと振り返ると拳を構え襲い掛かってくるフードの少女がミレーアの目に映った。咄嗟にミレーアは後先考えていない全力の魔力行使で拳と拳をぶつかり合わせた。
「……この使い方は!?」
拳と拳を合わせたことで気づいた相手の力の使い方に驚愕するミレーア。フードの少女の魔力行使は自身とまったく同じ……否、ミレーアよりも洗練された数段上の技量だった。故に相殺自体は出来たがぶつかりあった右腕の状態は正反対だ。全く無傷のフード少女と肉が裂け血を流すミレーア。しかし、腕の痛みが気にならない程今のミレーアは動揺していた。
「あなたは何者なの?」
フードの少女の力の使い方はまごう事無きミレーアが自身の師から教えてもらっていたものと同一のものだった。




