第五十七話 兄弟子と模擬戦
結論から言えば大したものは見つからなかった。ここで休息をとったような痕跡はあったもののそれだけであり、成果と呼べるものではなかった。このままダラダラと魔獣、魔物の侵攻ルートを逆走してもどれだけの時間がかかるのか分からない上に時が経てば雨、風で痕跡が徐々に消えてしまうため、しっかりとした指針を以て動く必要性が出てきた。
「そもそも中心となったワイバーンが飛行している以上、何処かで痕跡が途絶える可能性は高いな」
「ああ、せめて何処かであの騒動が起こる前のワイバーンの目撃情報があればな」
「ん?」
そこでミレーアは自身が少し前にワイバーンを一度目撃しギルドに報告していることを思い出し、手を上げた。
「ワイバーンなら一度、見てます」
その言葉に一同は顔をミレーアへと向けた。
「同一個体かどうかは分からないが調べてみる価値はあるな」
ミレーアが目撃した場所を地図で指差し飛んでいた凡その方向をなぞりながら指を動かすと今回の異変の侵攻ルートと被っており、有用性が高い情報と言えた。次の行先が決まったことで今後の方針を話し合う方向へと話は移っていった。
「ふむ、明日にはここを発つのか」
「ああ、次の目的地が決まったからな」
調査に区切りを付けゴーンの住居まで戻り、彼に今後の予定をマイルズは伝えた。今日は此処で一晩を明かし明日の朝一には目的の場所に向けて出発するつもりだ。目的が同じということでロニーも調査隊についていくこととなった。
「となるとしばらくは時間があるかな……兄弟子。久々に一手よろしくお願いします」
「ふむ、確か師から貰った木刀があったのはあそこだったか」
そういってゴーンは自分の住居に一旦戻ると木で出来た反り入った剣のようなものを持って出てきた。そのまま立ち合い構えるミレーアとゴーン。何をするのかは既に明白である。
「は!!」
先に攻め込んだのはミレーア。拳を握り繰り出された一撃は受ければ意識を失うだろう威力を持っている。
「シ!!」
ミレーアの拳の一撃を軽やかな動きで躱すゴーン。大きく跳び上がると手にした木刀を振るいミレーアの肩を打ち据えようとするがそれをミレーアは魔力で強化した腕で防いだ。
「鈍っていないようだな?」
「兄弟子の方こそまだ衰えてはいないようですね」
もう遠慮はいらないとばかりに四肢の全てを使いはミレーアがゴーンを攻め立てる。それらを正面から受けよとはせず小柄な体躯を生かし、最小限な動きで躱し僅かな隙をついて木刀で振るうがミレーアはギリギリのところで魔力を纏った腕で防御していた。
「ふむふむ、別れてから大分月日は流れたが順当に腕を上げているようだな」
「それりゃあもう何度か命に危機に瀕しましたしね!!」
力任せにゴーンを押し飛ばす。押し飛ばされたゴーンは体を空中でクルリと一回転させ態勢を立て直し静かに地面に着地したと同時にその姿が掻き消えた。
「っ!?」
振り返り自身を打ち据えようと迫る木刀を防御するミレーア。ゴーンは木刀が防がれたことを認識するとミレーアの腕を掴むとそのまま腕の力だけでバク転宙返り行う。無論、がら空きとなったミレーアへの牽制を忘れない。木刀が肩を掠めことで奔った痛みに少し表情が動くミレーアだが、体の動きを妨げる程のものではない。まだまだやれると言わんばかりにミレーアはゴーンに挑んだ。
「これは凄いな」
「おいおい、ゴブリンが此処まで動けるな初めて知ったぞ」
ミレーアとゴーンが模擬戦を始めたことにマイルズ達は面白うそうだと言わんばかりに観戦することにした。ゴーンの手に持つ木刀と言われる独特な形状をした剣を模した武器も気になったが驚くべきことはその実力だった。はっきり言えば生半可な冒険者では相手にもならず地形よっては自分達すら危ういと思わせるものである。小柄な体躯とそれを生かすために素早く不規則なパターンで動き回り、隙を付くような正確な一撃。
その動きから本来なら洞窟などの閉所において壁なども利用することで立体的に攻めるのが本来の戦術だろうとマイルズ達は予想した。ミレーアがギリギリとはいえ対応出来ているのは力を十全に発揮できる場所でないことと手の内が分かっていることと、ゴーン本人が何処かミレーアを試すように攻撃を繰り出していたからである。
「仮に何も知らない状態であのレベルのゴブリンが居たら一体にどれだけの被害が出るの分からんな」
「だな、新人達が受けて帰ってこなくともそこまで問題視はされないからな」
一匹一匹は弱くとも数というのは存外馬鹿に出来ない。不幸な不測の事態や油断から返り討ちにあい新人がゴブリンの討伐依頼を受け帰ってこないというのは度々あることだ。そして、厄介なことにゴーンは見た目は老齢域に入ったただのゴブリンであり、見た目や魔力で強さを図るのは難しい。マイルズ達レベルの傭兵ですら只のゴブリンではないということだけは雰囲気で分かっていても、ゴーン自身が巧妙に偽ってこともあってその強さを見誤っていた程である。
「やべぇな……あれが終わったら俺も一手やって欲しいくらいだ」
「気持ちが分からないでもないな」
レックスが何処かうずうずした調子でそう述べるとマイルズはそれに同意した。あれだけの実力を持つ相手と一手模擬戦出来るのは貴重な機会である。加えてゴーンの存在は魔物としては弱いゴブリンといえど才能とその腕を磨く場所さえ用意されれば厄介な相手になるということを如実に表していると言えた。ゴーンという前例があることから今後、自分達もそういったゴブリンと出会う可能性は0ではない。ゴーンのように友好的な相手ならまだ良いが敵対的な相手だった場合、対応策を知っているか知らないかで生存率が大きく変わる。
そういった意味でもゴーンと一戦模擬戦を行うのはマイルズ達からしても大変有意義なことと言えた。
「っうう!!」
「ふむ、動きに無駄が出て来たな」
模擬戦を開始し、しばらく経過するとミレーアの動きに粗が目立つようになりそこを容赦なく突くゴーン。
しかし、クリーンヒットをまだ許すつもりはなく辛うじてではあるがミレーアは防いでいた。彼女の体力そのものは高く疲労にはまだまだ遠い。しかし、絶え間なく攻め続けるゴーンの猛攻に集中力が切れ始めていた。ゴーンはミレーアが振るう四肢による攻撃を力を受け流しその勢いを利用することで独特で読み辛いを動きを実現していた。それだけでなく速度に緩急をつけることでタイミングを外させ絶対にミレーア側にペースを握らせようとはしない。
「やはり何よりもやり辛いのが一番のネックか?」
冒険者となり多数の魔獣、魔物を討伐し異獣と戦いに生き延びてきたミレーアであるが、ゴーンだけはそれら明確に違う点があった。それは大きさだ。魔獣、魔物は基本的に強いものほど大きく力も強い傾向がある。
そういった手合いを相手にする場合、基本的に攻撃が躱すか魔法が付与された盾などで防ぐのが常套手段だ。そして、隙を付いて懐に潜り込み弱点部位などを突き撃破する。人間よりも小さいゴブリンは基本的に頭が悪く数にものを言わせた集団戦法であり、油断しなければそこまで怖い相手でもない。
「改めてこうして模擬戦をすると兄弟子が相当厄介な相手だっていうのを再認識できますね」
「いつもとは真逆な目に合うのはそうそう体験できることはではないからな」
そうゴーンを相手にするのは今まで培ってきた経験が何もかも役に立たないのだ。自身よりも小柄で素早く動き回る達人の動きなどそうそう経験出来ることではない。まるで自身が大型の魔獣、魔物になったような感覚にミレーアは歯噛みする。普段の魔獣、魔物を相手する以上の集中しなければゴーンの持つ木刀に打ち据えられることになる。しかし、そんな極度の集中力など何時までも持つわけはなくミレーアの動きに粗が出るという形で影響が出始めていた。
「つぁ!!」
防御し損ねたことで脇腹辺りに木刀が決まり崩れ落ちるミレーア。うまく息が出来ないのかゴホゴホと咳き込む彼女にゴーンは評価を下した。
「別れる前に比べて強くなっているが動きや魔力の使い方にまだまだ無駄が多い。その分だと師が渡されたあれを十全に使いこなせていないな?」
「はい。まだ反動で腕を負傷しています」
まだ横腹が痛むのか手で抑えながらミレーアは立ち上がりそう自身の現状を誤魔化さず伝えた。
「……腕を反動で負傷しても治せるから問題は無いがそれに頼り切るのはやはり関心は出来ないな。少し休憩したらもう一度、模擬戦を行おう」
それだけ言うと見学していたマイルズ達へと足を向けるゴーン。ミレーアは手近の木に凭れかかり座った。
「それでまだこちらの余裕があるが一手どうだろうか?」
「おお、そうこなくっちゃな!! あ~でもどうするか流石に剣を向けるわけにはいかんよな」
「レックス!! これなんか丁度良いじゃないのか?」
そう言って彼が使う剣と同じ長さ程の棒をニールが投げ渡した。それを受け取ったレックスは握った感覚を確かめ問題がないか確認を行った。そして、何度か振り問題が無いことを確認するとゴーンの方を向き木の棒を構え直した。
「待たせたな。こっちはいつでもいけるぞ」
「初見の相手は久々だ。……出来れば手心を加えて欲しいものだが」
「さっきの動きを見ていてその必要性は感じないがな!!」
レックスが手に持った木の棒を振う。恵まれた体躯から振るわれる木の棒の一撃はそれだけで人を殺しうる危険な一撃だ。遠慮なく振るわれた一撃に対してゴーンは正面から受けようとはせず躱し、相手が振り切り地面を叩き木の棒が止まったタイミングを狙って反撃する。
「そうわぁ!! させねぇ!!」
片手を木の棒から離し拳を振うレックス。体躯差からミレーアよりもレックスのリーチは勝りゴーンの木剣とほぼ同等だ。空中で身を捻り躱したゴーンは地面に着地すると同時に襲い掛かるレックスの蹴りの一撃を木剣で受け勢いに逆らわず飛ばされることで衝撃を逃がし事無きを得た。
「今のをノーダメージでやり過ごすとはやはり良い腕だ」
「ふむ、成程。そちらも良い腕だ」
互いに相手の実力を認め合うレックスとゴーン。様子見は終わりだと言わんばかりに再度、二人は得物を手に持ち全力で振るうのだった。
体色が緑で小さい体躯の年寄り。小振りの剣で激しく動き回り戦う姿はどう考えてもアレにしか見えない。




