第五十六話 エルフ
「私の目的は調査ですよ。あなた方と同じく」
エルフの男性は此処に来た目的を問い質すとあっさりと答えた。ゴーンから聞いた話からも此処に街を襲撃した魔獣、魔物を率いた異獣に寄生されたワイバーンが寄ったこと分かっていたため、調査となれば此処に来るのは不思議では無い。ただそれをどのように知ったかである。
「俺達は此処のことを話で聞いて知ったがそちらはどうして此処がそうだと分かった?」
ゴーンが足跡を見つけた時の反応からエルフの男性が別の方法でそれを知ったのは明白だ。
「魔法で感知したとしか言えないかな」
エルフの男性は少し困った表情でそう述べた。嘘である可能性もあるが、人間よりも複雑な術式を扱えるエルフとなればそれで感知した可能性は否めない。それを追求したとしても人では使えなければ証明は出来ない。そのためこの話は平行線にしかならないとマイルズは判断し、それ以上の追求は止めることにした。
「その話を鵜呑みには出来ないが、嘘か誠が証明出来ない以上はこれについてはこれ以上の追求は止めておこう。そちらのルールもこちらは知らないことだしな」
「話が分かる相手で助かるよ」
エルフの男もマイルズが話の分かる相手だと分かったのか少し警戒心を解いていた。彼としても今の自身の説明で相手が察してくれるのか自信がなかったなのかもしれない。
「それで滅多に住んでいる場所から出てこないエルフが出てきたのは此処に来ていたのがエルフにとっても無視できる存在では無いと考えて良いのか?」
「そうなりますね。私の代は直接見たわけではありませんが、直に見たという世代の方々からその恐ろしさは伝わっています」
長命種だけあって当時のことを知るものがまだ生きていると語るエルフの男性。直接話を聞きたいところだがそこまでの信用が互いに無いため、マイルズは聞ける情報を聞くことにした。
「あれは一体何なんだ?……ギルドからは魔獣や魔物とは異なる生態を新種であり、異獣と呼称されている」
「異獣……言いえて妙ですね。詳しくは我々のルールに抵触するので話すことは出来ません。ただ言えるのはあれが発生したということは何処かに大本が存在しているということです」
「大本?」
「はい、あれらは繁殖するのではなく特定の条件を満たした場所で発生します。元の世界では発生にそこまで条件は厳しく無かったと聞いていますが、この世界では条件の満たす場所は少ないため限定的な場所でしか発生できません。ただその発生する場所は地脈に沿っていることまでは分かっています。それに沿って行けば大本に辿りきます」
「つまりは発生の原因となる存在が地脈の上にあったがために漏れだした何かが地脈に沿って湧いているという認識で良いかしら?」
「はい、その認識で構いません。そして、この現象が起こり始めたのはつい最近であり、大本にあるものが活性化していると考えられます」
そこまで聞いてミレーアが思い出したのは千年程前にこの国の初代国王と聖女に討たれた魔獣、魔物の王だ。アギトの見立てではそれがこの世界に最初に現れた異獣であり、サードフェイズに至った個体である可能性が高い。
「ならば何処かで何か以上な事態が起きている可能性が高いな。地脈がどうなっているのかギルドに問い合わせる必要があるな」
全てを鵜呑みにするわけではないが、こちらを騙すメリットが見当たらない現状ではある程度は信憑性が高い情報だろうとマイルズは判断した。どのみち持ち帰った情報の精査はギルド側が行うだろう。ならばそれだけでは分からない現地調査をするのが自分たちの役目である。
「そういえば名乗っていませんでしたね。ロニーと言います」
エルフの男性はそう自己紹介をした。
「よっこらしょっと。これといって気になるものは見つからないかな」
ミレーアは少し大きめの石を横にどかしてみたがいるのそういった場所を好んで住む小さな虫達だけだった。調査を開始していそれなりに時間が経ったが目立った痕跡は何も見つからない。此処には立ち寄っただけで特に特段意味は無かったのかもしれないとミレーアは考えていると背後から気配を感じ、近づいてきた相手の名を呼んだ。
「ロニーさん近づいて来るならもう少し気配を出してください。危うく蹴り飛ばしてしまいますよ?」
「それは怖いね。気をつけるとしよう」
悪びれずそう返すロニー。その様は何処か年上の余裕といった感じである。見た目はミレーアよりも少し上の年齢といった感じだが、エルフを長命種であり見た目が若い時間も長いと聞く。ロニーも見た目は青年といった感じではあるが実年齢は人間の年寄りよりも上なのかしれないとミレーアは思った。
「それで何かようですか?」
「君は力の使い方は何処で知ったのか聞きたくてね」
口調は差程変わらないが声音にはハッキリと出ている。間違いなくロニーはミレーアのこと警戒していた。
「師匠からです。今は何処にいるのかはしりません」
取り立てて隠すことでもないため、ミレーアは正直に答えた
「師匠ですか……力の使い方が長老達が元居た場所で使われていたという方式に似ていたのですが何か心当たりはありますか?」
元居た場所とまるでこことは違う何処かから来たかのような発言にミレーアは思い当たるものがあった。随分前に潜ることとなったあの遺跡。アギトの話ではあれはとある別世界においてそこから逃げ出すための箱舟だったという。
「……もしかしてあの箱舟に乗ってこの世界に来たんですか? 師匠は確かにそこの世界から来た可能性はあります」
「そういうことですか……ならばあれらが最近になって活性化し始めたのはやはり何か関係が?」
ミレーアの話を聞いたロニーは何かを考え込むように黙ってしまった。この状態では話をしても真面な返答が期待できないと考えたミレーアは調査を再開することにした。
ロニーは自身の親からその体験を魔法を通じて疑似体験したものだ。恐るべき力を振いあらゆるものが破壊し尽くす巨大な生物。あるものは無機物を自由自在操り、あるものはエルフですら不可能な大魔法を同時に10以上の制御を可能とし、あるものは一定範囲内の時間操作すら可能とした。それだけの強大な力を持った存在に対してあらゆる種族が同盟を結び挑み……そして、敗れた。
強靭の力を持つ種族は率先して前線に出たことで真っ先に滅ぼされ、彼らエルフも王の直系が絶えたことで士気を維持できなくなり逃げ出した。人間達が建造していた箱舟に乗り生まれた世界から親の世代は逃げたのだ。しかし、それを誰が批判出来ようか。疑似体験で見せられた怪物たちは途方もなく強大であり、強力な魔法が使えるエルフですらあれら怪物から見ればそこらを飛び回る羽虫が少し力強い虫になった程度だったのである。
最初はこの世界に共に来た人間達と協力し暮らしていた。しかし、それはたったの百年程だった。長命種であるエルフと違い人間は短命であり、魔法を通じて疑似体験させてもあれらに対する恐怖が薄まってしまったのである。そして、その恐怖の感情は怪物たちではなく身近で絶大な魔法を振うエルフへと向いた。それに気づいたエルフ達は関係が破綻する前に逃げるように人では踏み込めぬだろう森の奥地へと身を隠した。
この世界にも魔獣、魔物は存在したものの幸い残された人間達にも魔法を教えていたため、自分たちが居なくなった後も暮らせなくなるなどいうことはなかったため、その後現地の者達と関わり子孫を残していった。
魔法は広く広まり、現地の者達も魔獣、魔物に十分に対抗できる力を得たことで急速に文明は発達し、最悪の厄災がこの世界に到来した。エルフ達の世界にいた災厄がこの世界にも顕現したのである。それの出現にエルフ達は嘆いた。奴らの暴威からは逃げきることは出来ないのかと。実際のところ彼らエルフ達が奮い立ち挑めば不完全なサードフェイズだったそれに勝つことは出来た。しかし、当時のことを知り心を折られた彼らには最初から挑むという選択肢が存在せずただ怯え滅びの時を待つばかりであった。そんな中、人間達によってそれが討たれたという報は彼らに衝撃を与えた。自分達よりも短命で魔法に関しても稚拙としか言えない人間が戦いに勝利したにも関わず、自分たちはただ怯えただ滅びを座して待つだけだったからである。エルフ達はそれを恥、次が現れる時にための対策を話し合った。人間達との過度の交流は危険なことは既に分かっているため、交流は必要最低限に留めるし彼らは大戦のことを知らないこの世界で生まれた若い世代に望みを託した。大戦を経験した者達は植え付けられた恐怖がトラウマとなり、相対することすら叶わないからであった。
そうした若い世代の一人でもあるロニーは自分達の重ねてきた修練の使う時が来たことに何処か使命感のようなのものを抱いていた。
「それにしてもどういことだ」
ミレーアが使った探知は自分達の仇敵たるそいつらの使うものと酷似したものだった。頭部に視覚器官を持たないそいつらは特殊な方法で辺りを探っている。察知されないようにジャミングを組み込んだ隠蔽魔法は編み出されており、今回もそれを使っていたのだが酷似しているが方向性は異なっていたミレーアの探知を防ぐことが出来なかった。彼女の師匠には注意するべきかだと結論を出したロニーも周囲の調査を再開するのだった。




