第五十五話 案内
「師につけられた名はゴーンという」
自己紹介を始めたゴブリンであるゴーンに冒険者達は戸惑っていた。ゴブリンは同族同士ではコミュニケーションを取ることは出来るが知能はそこまで高くないとさいれている。そのため目の前で人の言葉を流暢に話す個体などマイルズ達は見たこともなかった。
「驚いたな……ここまで流暢に会話が出来るとは」
「同族は基本的にそこまで頭が良い訳ではないからな。そういう意味では儂は群れの中で孤立していた」
群れの中で孤立し、疎外され同族の必要なものは他者から奪い取る生き方に疑問を持ち群れを離れた。しかし、その後も苦難の連続であった。
「何度、人に殺されかけたか回数は覚えておらん」
当時は人の言葉を話せないこともあってゴーンははぐれのゴブリンとして冒険者に攻撃されたことがあった。幸い同族よりも頭が良かっため、逃げ方を工夫し何か罠があると思わせ警戒させことで冒険者に深追いを躊躇させ命からがらではあるが逃げきることが出来ていた。そんな生活に少し嫌気がさし一人途方に暮れていたころに出会ったのが師だったとのことだ。そこで言葉と戦い方を覚えミレーアとも出会い、彼女よりも一足先に師の元から離れ今は此処に住んでいるとゴーンは説明した。説明を聞いたマイルズはゴーンがここ周辺ことに詳しい判断し、最近この近辺で何か変わったことが起きていないか尋ねることにした。
「最近ではあるが声が聞こえていたな」
「声?」
「うむ、自身に従うように言っておった。その声に従うかのように多くの魔獣や魔物が何処かへと移動していたな。儂は無視したが」
その移動した魔獣、魔物が先日の街への襲撃に加わっていたのだろうとマイルズ達は予想した。ゴーンの声が聞こえたという話から精神干渉系に類する何かとマイルズ達は予想したが、群れを率いていたワイバーンにはそのような能力を持った種は存在しない。異獣の情報はある程度解禁されており、一般には既存の魔獣、魔物とは生態がまったく異なる新種であるとマイルズ達はギルドから説明を受けている。そして、今回のワイバーンの変異は寄生型の異獣が影響したためとも聞いている。
「おそらくは精神干渉もその異獣の能力だろうな。厄介だな……個として強力なだけならまだやり様はあるが、そうした特異で厄介な能力持ちがいるとなればいくら対策してもきりがない」
「あれの調査をしているならこの地で一度、降りた場所がある。そこに案内しよう」
休憩のために降りただけの可能性もあるが何らか痕跡が残されている可能性もある。そもそも手掛かりになるものが無い状況であるため、マイルズ達はゴーンに案内を受けることにした。
「この付近は滅多に人が入らないのか、貴重な薬草が多く自生しているわね」
ゴーンの後に続きながら周辺の警戒を行っていたソニアは少し驚いていた。
「この付近は前までに強力な魔獣、魔物が多数生息していた上に人里から離れていたこともあって手付かずのものの多い」
今回のような事態でなければここまで森の奥深く来ることは滅多にないだろう。基本的に冒険者がギルドから依頼で受ける魔獣、魔物の討伐依頼は人里近くや人や行商が移動するための道の近くに縄張りを作った時にそれらを排除するのが目的なことが多い。こういった調査依頼や強力な魔獣、魔物の素材入手の依頼の場合、人里離れた場所にいくことになるがそういった依頼は稀だ。
「一応、ギルドにはこの地の情報は出しておこう。他の者に知られると根こそぎ持っていかれる可能性もある」
残念なことに身勝手な人間は数多く存在しこういった場所を偶然にも発見し者がそこで採れるものを根こそぎ持ち去ったことで二度と採ることが出来なくなって事例もある。そうしたことを防ぐため、ギルド側でもそうした貴重な場所は保護することがある。しかも先の街での魔獣、魔物の襲撃によりこの地に居たであろう魔獣、魔物がいなくなったことでそれらを守るものが居なくなったため尚更である。
「ギルドにはゴーンのことも伝えておこう」
「それは助かる。下手をすればまた何処か別の地に移住しなければならないからな」
声音としっかりした足取りからは感じ取れないがゴーンは明らかに老齢に入ったゴブリンだ。今から住む場所を変えるとなれば相当難儀なことになるのは容易に想像出来る。少し安堵しているような声音からもそれは滲んでいた。尤も先日までは多数の魔獣、魔物が多数住んでいたと証言するこの場所で住居を構え住んでいたこととマイルズ達から見ても一寸の隙もない立ち振る舞い、何よりも若いながら頭角を現しているミレーアの兄弟子であるという点から最低でもそれを行えるだけの実力を持っていると予想出来た。腰には見慣れない細身で片刃の剣、ゴーンとミレーアは師からは刀と教えられた武器も並みのものではない雰囲気を出していた。
「……何者かが先に来ているな」
ゴーンは立ち止まり足下に残された足跡を見つけそう知らせてきた。
「何?」
マイルズは険しい顔しながらゴーンが見つけた足跡の確認を行った。足跡は何か野生動物のものではなく履物によるものだ。オーガなどの人型の魔物は裸足であり、足跡が残れば足の指などもくっきりと残る。足の履物などを使うのは基本的に文明を持つ人間だけだ。
「しかも妙だな……此処から足跡が始まっている」
見つけた足跡は彼らの目的の場所へと続いているが何処から此処に来たのが不明だ。まるで此処に突然現れたかのような痕跡である。
「もしかして転移魔法?」
「ありえないだろ。あれは術式と術式を繋げ行き来きするものだ。そんな自由に行き来き出来るのはそれこそエルフくらい……」
その言葉に彼らはハっとなる。森深くに住み滅多に人前に現れることのないエルフ。人と比べ物ならない程の膨大な寿命と魔力を持ち、人では扱うことが出来ない魔法を使える謎多き種族。その行動基準が人と異なることは解っており、エルフ独自の基準でこの地に現れた可能性は0ではない。
「慎重に向かった方が良さそうね……私達のことはもう察知されている可能性もある」
人とは比較にならない程の魔法の技術を持つとされるエルフ。ベテランの魔法使いであるソニアは周囲に何らかの魔法によるトラップがある可能性を考慮して周囲を魔法で索敵するがそれらしきものが見つからなかった。生半可の隠蔽では彼女の目を欺くことは不可能であり、欺けるとすれば相当の腕前となる。そして、この先にいるかもしれないのはそんな彼女を上回るだろう魔法の使い手だ。彼らはいつ何時襲われても良いように周囲を最大限に警戒しながら目的地を目指した。
「此処だな」
目的の場所に辿り着いたことをゴーンが知らせるとマイルズ達はその場を直ぐに安全かどうかの確認を行った。そこは森の中に出来た池だった。周囲は膨大な魔力で満ちており、その影響で希少とされる木の実などが多く実っていた。
「凄いな……この場所はますますギルドに報告しないわけにはいかなさそうだ」
「此処まで魔力に満ちている場所なんて珍しいなんてレベルじゃない。国の管轄になる可能性すらありえる」
思わぬ場所を発見したことで神妙な表情となるマイルズ達。この場所は取り扱いを間違えれば血を見ることなるからである。
「水も凄いわね。魔力が含み過ぎてこのままじゃ飲めないけど。薄めればポーション用の材料として最高のものよ」
採取した水を鑑定器具に入れたソニアの声も何処か弾んでいる。
「採取は後だ……当初の目的を忘れたのか?」
「怠ってはいないわよ……ただ反応は相変わらずないわね」
何も感じ取れないことに神妙になるソニア。彼女の腕前を知るだけにマイルズの表情は険しい。話を聞いていたミレーアはダメ元で索敵を行ってみた。
「……あそこに誰かが隠れています」
索敵形式の違いなのかミレーアはあっさりと隠れている相手を見つけ出した。しかし、それを聞いたマイルズ達は半信半疑だ。彼らはミレーアが独自の方法で周囲の索敵できることは知らず優秀な魔法使いであるソニアが見つけられなかったものが見つけられるのを疑っていた。とりあえず信じて貰うために手頃な大きさの石を拾うとミレーアはそれを振り被った。
「待ってください。今から姿を現すので」
少し離れているにも関わずはっきりと届いた声。その声に従うようにミレーアが振り被った腕を下すと姿を隠蔽させていた魔法が解け隠れていた声の主が姿を現した。整った容姿に人間よりも長く尖った耳。デザインは質素であるが上質な白い布を使った服を着ていた。
「エルフだな?」
「ええ、そうなります」
マイルズの問いに両手を上げて敵対する意思は無いことをアピールしながらエルフの男性は近づいてきたのだった。




