第五十三話 回復魔法の観測(二)
「今日はここで野営としよう」
先頭を歩いていたマイルズが空を見る。既に日は傾きつつあり、今いる場所は野営向きであった。暗くなるまでまだ時間はあるが、このまま進んで野営向けの場所があるとは限らないため彼はそう判断した。それに意義を唱える者は無く、皆が野営の準備を始めた。
「何だか、いろいろと厄介なことになってきたなぁ……」
ミレーアはマジックバックから野営に使う道具を取り出しテントの準備を始めた。此処まで来るまでにに森の中はいやに静かであり、一度も魔獣、魔物を見かけていない。理由は簡単だ、先日の街への多数の魔獣、魔物襲撃によって殲滅されたことで周辺地域の魔獣、魔物を殆どいなくなってしまったからである。時間が経てば自然と空いた縄張りを埋めるように他の地域の魔獣がやってくだろうが、前の状態に戻るにはそれなりに時間がかかることだろう。そうなると回復するまでこの街の冒険者ギルドから依頼が大幅に減ってしまうため、あぶれた冒険者達が他の街に移動してしまうことになる。現状、それを引き留める方策が冒険者ギルドにはなくこのままでは街を出ていく冒険者達を指を咥えて見ているしかないというのが上層部の予想だ。
「にしても勿体ないよなぁ……あれだけの素材の大半を破棄するしかないなんてよ」
アランがぼやくように呟いた言葉はそこにいる誰もが思ったことだ。あの襲撃後、倒された魔獣、魔物の素材は回収したのだが大半は大規模殲滅魔法『パイロクラスティックフロー』によって素材として使えない程に損壊してしまっていた。それらは使い道は無く破棄するしかないがその量が膨大であり、仮に使えたならば相当な収入が見込めたことだろう。
「しゃあないさ。実際、あれを国の連中が使わなっかたらやばかったのはこっちだ」
アランの呟きを聞いていたレックスはそう述べた。彼の言う通りであり、いくら金が稼げたとしても命が失えばそれで終わりである。
「そんなことは分かってるよ。それでも勿体ないと思っちまうからな」
「未練がましいねぇ……」
呆れたようにソニアが述べた。
「まぁ、でも分からんでもないか」
ニールが苦笑しながらアランの言葉に同意した。
「無駄話はそこまでしておけ、念のため周囲の安全確認を俺とアラン、レックスとノーマンの二組で行う」
マイルズがそう指示を出すと名を呼ばれた三人は準備を始めた。ギルドから要請により今回の異変の調査のため、マイルズとレックスの二つのパーティが招集された。ミレーアが此処にいるのはこの二つのパーティの面々と交流があったことに加えてランクは低いものの実力申し分無い上に回復魔法が使えたからによる特例である。今回の依頼が何れだけの期間で終わるのかも分からず、危険度が不明のため有事の際の回復役である。ただし戦闘に関して基本的に自衛までしか許可されていない。特例として組み込まれているが実力はあってもミレーアの冒険者ランクはこの依頼に参加できる条件を満たしていない。そのため、苦肉の策としてこうした措置が取られているのである。
「ふぅ……」
とりあえず一通りの野営の準備を終えたことでミレーアは自分の掌を眺めながら先日のジェライクとの話を思い返していた。
「え~と、もう一度聞いても良いですか?」
「……信じがたいのは分かる。だからもう一度、一から説明しよう」
ジェライクの話の内容が信じられず何かの聞き間違いではないのか思いミレーアは再度の説明を要求するとジェライクはもう一度、一から説明を始めた。
「観測されたデータから回復魔法及び使っている術者、この場合はミレーアの状態を観測し続けた結果、魔力とは違う未知の力が観測された。それらはどうやら魔力へと変化するだけではなく、回復魔法を通して傷口など癒しているのではなく肉体に結合し変質することで再生させていることが分かった」
それがジェライクが回復魔法を観測し、導き出した答えだった。それは以前にミレーアがアギトから聞いた話でもあり、変質し易いそれを何も知らないジェライクが観測出来たということは彼が非凡な才を持っていたという証拠でもあった。そこまでなら特に驚くことはなかった。しかし、続けて説明を受けた内容にミレーアは驚愕した。
「そして、それらは力を使っているミレーアにも変質が起こっている」
「え……それってどういうことですか?」
一体どういうことなのか分からず戸惑いながら聞き消すミレーア。自分の体に何かが起こっているそれを知って気にならない方がおかしいというものであり、今の彼女の反応は当然だと言えた。ただジェライクの方は変にミレーアを不安にさせてしまったことに気づき。慌てて補足の説明をした。
「ああ、いや体に何か悪影響があったりすることじゃないからそこは大丈夫だ」
「主にどうういった影響があるんですか?」
「体が丈夫になっているな」
そうジェライクは簡潔に答えた。
「体が丈夫になっている?」
「実感はあるんじゃないのか?」
言われてミレーアは自分の右腕を見る。ジェライクの言う通り自身の身体強化する時に耐えられる上限が上昇している。ただミレーアは本人としては自身に技術が上がったことよるものだったと思っていたが実際は体が変質し、耐えられるだけの肉体強度になっていただけだったことになる。
「このまま行くとどうなるんですか?」
「体の丈夫になるのは間違いない。……ただそれ以上のことは何も分からない」
前例が無いことであり流石にジェライクもそれだけしか答えようがなかった。話を聞き終えたミレーアはアギトから聞いていた話を思い出す。回復魔法には魔力の他に異獣の力に近い性質のものが含まれており、それは魔法学における根源の力という概念に近いものである聞いていている。
「あ……」
そこで先日の戦ったワイバーンが変化したドラゴンのことを思い出した。異獣に侵食されたことで肉体が変質を続けていた。そしてミレーアが師匠から教えてもっら魔力で汚染することで木の実を変異させた「ポリューション」それと似たことが自身の体にも起こっているという結論に至った。そう思うと自分の使っているものが怖くなってきたミレーアだが、ふと師匠が言っていたことを思い出した。
『力はあくまで力、大事なのはどう使うかだよ』
まるでこうなることが分かっていたかのような口ぶりだったとミレーアは思った。寧ろ知っていたのかもしれない。ミレーアの師匠は元々、異獣のことを知っていた。ならばそれらに近い力を使えば身体にどんな影響が出るのか知らない訳はないだろう。
「どうかしたのか?」
一言何か言葉を発したかと思ったらそのまま黙り込んでしまったミレーアを訝しみ声をかけたジェライク。
「っ……少し気になったことがあったので考え事をしてました」
思考の海から浮上したミレーアは少しだけ慌てた声音でそう返した。その返答にジェライクは不審に思ったようだがそれを根掘り葉掘り聞くようなことはせず、「少し待っていろ」とだけ告げて部屋を出ると少しすると何かミレーアが見たことが無いマジックアイテムを持ってきた。
「新しい観測用のマジックアイテムだ。これはミレーアの体に起こっている変化を観測することを重点に作ってある」
今のところ力を使うことを止めるつもりのないミレーアとしても自身の力が身体にどう影響するのか知るのは重要であり、ジェライクが持ってきた新しいマジックアイテムをつけ観測に協力することに異存はなかった。
「まぁ、私がいろいろ考えても仕方がないか」
考えても分からないことだらけであり、こういうこちは専門家に任せようと結論付けたミレーアは炊き出しのための道具をマジックバックから取り出した。周囲の偵察にいったマイルズ達が戻り、最終的な安全確認が終われば調理を開始することになる。効率を考え食事は大きな鍋で一括作ることがベストだ。ランクの上の冒険者となればパーティでマジックバックの一つや二つは所持しており、ギルドから提供された大鍋などを分担して持ち込んでいた。特にミレーアの持っていたマジックバックは此処にいる冒険者達が所持しているものと比べても大容量であり特に大き目なものは彼女が運ぶこととなった。
「お、手伝うぜ。お~い、これは何処に運べば良いんだ?」
ノーマンがミレーアが取り出し大型の荷物を持ち上げ仲間に尋ねた。ミレーア一人でも身体強化を使えば問題なく持ち上げ運べるものであり、マジックバックから出したものをミレーアも運ぼうとするが他の男性冒険者が「こういった物を運ぶのは男の役目だ」っと言って全て持ち上げ並べていった。
「あ~」
キョロキョロとやることがなくなり手持ち無沙汰となったミレーアはやることが無いか周囲を見渡した。するとソニアから声が掛けられた。
「そういえばミレーアちゃんって料理は出来るの?」
「簡単なもので良ければ出来ます」
「そういえば前に店で食料品を買ってたね。ならマイルズ達が戻ってきたらこっちを手伝って貰おうか。男連中に任せたら雑なものしか作らないからね」
そういってチラっとソニアが見ると話を聞いていた男達はサッと顔を逸らした。その光景にミレーアはクスリと笑うのだった。




