第四十八話 混ざりし者
「ふぅ……っ腕を治さないとね」
リノロックが絶命したことを確認したミレーアは大きく息を吐くと緊張が解けたことで今まで気にもならなかった腕の傷が急激に痛み出し、その痛みで自身が傷を負っていたことを思い出した彼女は直ぐに傷の治療を行った。
「助かったよ。フューア」
「みゅあ!!」
ミレーアの役に立てたのが嬉しかったのか元気良くフューアが鳴いた。先程まで何処いたのか分からなかったが自身の危機に身を挺して助けてくれたフューアの頭をミレーアは優しく撫でた。撫でられたフューアは何処か幸せそうである。
「それじゃあ、本来のお仕事に戻るとしま……」
体に付いた埃を払い医療班のいるテントに戻ろうとしたミレーアはこの場に近づいて来る複数の足音に気づきそちらに視線を向けると何かあった時のために街で待機している防衛戦力である冒険者と兵士達が駆けつけてきていた。
「連絡を聞いて急いで駆けつけて来たが……どうやら既に終わってしまったようだな」
「はい、ですから私はこれから本来の仕事に戻るつもりです」
「そういえば君は今回、医療班だったな。なら早く戻ると良い。後始末は私たちの方でやっておこう」
「分かりました。後のことはよろしくお願いします」
ミレーアは頭を下げ礼の言葉を述べると駆け出した。脚部強化のマジックアイテムを付けていることもあり、ミレーアの姿は一同から直ぐに見えなくなった。
「元気なことだ……それにしてもリノロックを単独で御するか驚くべき成長速度だな」
リノロックは元来、それになり経験を積んだ冒険者パーティでも苦戦は必至であり単独で討伐出来るとなれば間違いなく一流の冒険者の仲間入りである。
「と、此処でぼんやり感想にふけこんでいる場合じゃないな」
そういって彼は後始末をするため、仲間に指示を出すのだった。
「街に侵入した魔獣は討伐されたようです」
その報告を聞いた作戦本部にいた者達は安堵した。中型魔獣に街への侵入されたことに今後の最悪の展開まで考えていたが、何事も無く予想以上に早く討伐されたことに疑問を持ったアレクシアが質問した。
「それでも予想以上に早いように思えますが、腕の良い冒険者が待機戦力の中に残っていたの?」
「冒険者ではありますが、医療班に配属されていた者が単独で討伐したようです」
連絡係がそう述べると冒険者事情に詳しくない者達は不思議がったが、そちらに太いパイプを持つアレクシアはそれで察しがついた。
「……ああ、例の彼女。リノロックを単独で仕留められるとは噂以上ね」
「何者ですか?」
「稀にいる在野の回復魔法使いそうよ。教会に所属していれば聖女に認定間違いなし言われるくらいに能力も高いんだとか」
アレクシアの話を聞いたフレデリックは内心で驚愕していた。
「なんと、そのような逸材が在野にいたとは」
「これだけの能力があるなら、直属の部下として引き抜きたいと思ってしまうわ」
無理強いはしないがアレクシアとしては割と本気である。前衛としての能力も高くもしもの時に治療も出来るとなれば当然だろう。ミレーアが広範囲の索敵も行えることを知ったらアレクシアもっと積極的に勧誘したかもしれない。
「……さと無駄話は此処までとして状況は?」
「魔獣、魔物の量は流石に少なくなったようですが、強力な個体が増えてきたそうです」
「今までの相手の体力を削るための雑兵……此処から本番ということかしら」
報告を聞きアレクシアは考える。単純あるが効果的な作戦である。実際、冒険者や兵士達にも疲れが出ており負傷の報告が増えているからである。そこに来て徐々に現れる中型以上の強力な個体。
「今からが本番……と考えるのは楽観視しすぎね」
「まだ本命がいると?」
「少なくともこの状況を産み出し元凶を撃破するまでは安心は出来ないわ」
その時、強大な力を感じさせる咆哮が辺り一帯に鳴り響いた。
「なんだ今の咆哮は!?」
「どうやら本命が来たようだ」
その場にいた人間や魔獣、魔物の全てが咆哮を耳にして戦いを止めた。冒険者たちは今の咆哮の主を探そうとして首を動かし周囲を確認するとこの場にいた全ての魔獣、魔物が怯えていることに気づいた。一体これはと思っていると自分たちの頭上から影が落ちたことに気づき上を向くとそこには一匹のワイバーンがいた。
「ワイバーン? あれがこの大群を率いたのか?」
ワイバーンは強力な魔獣ではあるがこれだけの大群を率いるだけの力は無い。冒険者たちが困惑していると頭上にいたワイバーンは口から強力な炎ブレスを吐き狙いをつけた冒険者のパーティ諸共多くの魔獣と魔物を焼き払った。
「!?」
他の冒険者が驚くなか今しがた自身が焼き払った場所に降り立つワイバーン。
「なんだあいつは!?」
冒険者の一人がそのワイバーンを見て驚愕した。よく見ればそのワイバーンは彼らが良く知るものとまったく異なっていたからである。特に目を引くのが体の至る所に付着した蠢く肉塊だ。それによってワイバーンは醜悪な見た目をしていた。
「ぐぎゃがぁああああああああ!!」
明らかに異常としか言えない狂った咆哮。その咆哮に冒険者達は警戒心を強くしワイバーンの様子を伺った。ワイバーンはそのまま地面を走り手近な冒険者達に突撃した。進路上にいる魔獣や魔物を跳ね飛ばし、踏みつけていく。狙われた冒険者達は迎撃のために武器を構え備えた。
「ロックランス!!」
後衛である魔法使いの一人が槍の形をした岩を作り出し射出する。それは自分達に真っ直ぐ突き進んできたワイバーンの顔に直撃しその顔の半分を抉った。それを見て誰もが倒したと思った。
「な!? 再生しているだと!?」
抉れたワイバーンの顔が内側から肉が盛り上がるように瞬く間に再生し元の状態に戻った。それに驚愕しつつも彼らは経験豊富な冒険者であることもあって突進してきたワイバーンの進路上から退避して躱す。躱されたことを認識したワイバーンは長い尻尾を鞭のように振るい打ち据えようとするが、その尻尾を剣も持った冒険者が切り落とした。
「ちぃ!!」
切り落とされた尻尾の断面から新たな尻尾が生えたことを見た冒険者は舌打ちした。異常な再生能力に対抗策が思いつかず距離を取ろうとした直後、ワイバーンに付着していた蠢く肉塊から触手のようなものが生え距離を取ろうとした冒険者を絡めとった。
「な!? く、これは何だぁ!?」
触手に絡めとられた冒険者は身動ぎし拘束から逃れようとするがガッチリと拘束しそれは叶わない。そうこうしているうちに拘束されたまま引き寄せられ持ち上げられると口元に寄せられた。ワイバーンがその咢を多く開けたことで何をやるか明白だ。生暖かい吐息を感じとった冒険者の顔が恐怖に歪み一層暴れ出した
「く、ぐくっそ!! だ、誰か助け……」
その言葉を最後に触手に拘束された冒険者の上半身をワイバーンの咢が食い千切った。冒険者を拘束していた触手は血で紅く染まり残された体はまだ生命の残滓があるのかピクピクと痙攣していた。喰われ冒険者の仲間達も喰われのを黙ってみていた訳ではない。何とか助け出そうとしたがワイバーンの肉塊から生えた残りの触手によって妨害され近づけなかったのだ。
「あ、く……す、済まない。助けられなかった」
喰われた冒険者の仲間が助けられなかったことに悔しみを滲ませた顔で喰われた仲間に謝罪した。ワイバーンの方は味わう様子すら見せず数度咀嚼すると飲み込み残りを口に放り込むと周囲を見渡した。そこにあるのは魔獣や魔物死骸の山。それらはこのワイバーンが引き連れた者達であったのだが浸食が進みバランスを崩したことで真面な思考が出来なくなったそれにとっては食料の山にしか見えていなかった。しかし、これだけのもの食べようとすれば口一つだけとなれば食べきるまでに相当な時間が掛かるだろう。
「な……なんだ!? 触手の先端が裂けて口になったぞ!?」
口一つで時間が掛かるなら増やせば良い。そんな単純で不可能であろう結論を出したワイバーンは迷わず実行した。触手の先端が二つに裂け牙が生えると手近な魔獣の死骸へと食らいついた。触手は肉を噛み千切り嚥下しながら奥へ奥へ魔獣の体の内側へと潜り込んでいく。冒険者達はその異質な光景を唖然として眺めていた。
「っ!! あのワイバーンの体が更に変化しているぞ!!」
ワイバーンの体が徐々に巨大化し、頭部には太くて頑丈そうな鋭い角が生え体の体表も鱗から外殻へと変化していく。その翼も一対か二対へと増え胸部横から腕も生えた。それは魔獣の中でも頂点の一角とされるドラゴンの姿だった。
「がぁああああああ!!」
まるで変化しこの姿へとなったことに歓喜するような咆哮が辺りに一面に響き渡った。それと同時に周囲の魔獣や魔物達までがそれを祝福するかのように咆えた。
「なんだ一体に何か起こって!?」
「考えるのは後だ!! 魔獣や魔物が勢いが明らかに増しているぞ!!」
その冒険者の忠告通り一気に先程よりも勢いよく攻め込んでくる魔獣の大群。同時にワイバーンから変化したドラゴンは飛翔し街へと向かった。
「……暴走か。素体になったワイバーンが耐え切れなかったのか取り付いた異獣に問題が起こったのか分からないが」
ワイバーンの身に何が起こったのかアギトはある程度察していた。そこに慌てた様子のマイルズがアギトに声をかけてきた。
「アギト!! 今は外の魔獣、魔物を優先するぞ!!」
マイルズがアギトに叫ぶのようにそう伝えるとアギトもそれに賛成だった。ここであのドラゴンを追っても防衛線に穴が空き大量の魔獣、魔物に街に入り込んでしまう。街中は障害物や隠れる場所、背後に回り込める場所などが複数あり、それらを魔獣や魔物に利用されると討伐の難易度が上昇することになる。それを防ぐためにも街へ魔獣や魔物の大群が入り込むのを何としてでも阻止しなければならなかった。
「すまないがそっちは頼んだぞ」
アギトは一度、街の方を向きそう呟くと雪崩れ込んでくる魔獣、魔物に対処するため駆け出したのだった。




