第四十二話 魔獣の増加
「今日の依頼はこれで良い?」
リナが持ってきた依頼書にミレーアは目を通す。書かれていた内容はブラックベアという熊型魔獣の討伐である。
「問題ないよ」
何とかなるだろう相手と判断しミレーアが返答するとリナは依頼書を受付に持っていき申請を行った。あの遺跡での戦いから一ヶ月程経過し、その間ミレーアは問題なく冒険者として過ごしていた。変化があったとすればリナとコンビを組むようなったことである。これが予想以上に相性が良かったのかこの一ヶ月で初心者からすれば大物と言える魔獣を何体も討伐しており、冒険者の間でも有名になり始めていた。
「必要なものは買い揃えたし、それじゃあ出発だね」
「うん。……そういえば最近だけど依頼が多くない?」
リナの言葉にミレーアは確かに内心で同意した。冒険者としては討伐する魔獣や魔物が多ければそれだけ依頼をこなし懐が潤うため悪いことではない。ただリナの声音から何かある気がしたミレーアは聞き返した。
「私が此処に来た時に比べてかなり多いね。やっぱり異常なの?」
「はっきり言って異常。魔獣も生態系の一部を担ってるから基本的に村の近くに巣を作って危険だったり周囲に強い影響を与える程の強力な種以外は討伐対象にはならないんだよ」
ベアやボア、ウルフ系統の魔獣の討伐依頼が出されるのは基本的に村の近くや街道付近に縄張りを作ったりしたことで人的被害が予想される場合だ。ゴブリンなどの魔物も討伐依頼を出されるのはほぼ同じである。逆にミレーアが目撃したワイバーンのように個体としての力が強力な魔獣は縄張りもそれ相応に広くなり、周囲の生態系にも影響を及ぼす恐れが高いため発見次第討伐対象となる。ミレーアの目撃したワイバーンはギルドの派遣した調査隊は発見こそ出来なかったもののそこに居たという痕跡は残されていたためその付近にいたのは確実となった。発見出来なかったのはその場から気に入らなかったため、別の場所に移動したのではというのが冒険者ギルドの見解である。そして、ミレーアには有力な情報をギルドに報告したということで報酬が支払われた。
「だけど、今の状態は絶対におかしい。明らかに討伐対象のなるような場所に縄張りを作る魔獣が急速に増加してる」
魔獣にとっても人は自分たちを脅かす危険な相手でもある。そのため、実のところ強力な魔獣程人里離れた場所で縄張りを作っているため、翻って安全とも言える。問題なのは縄張り争いに敗れそこから追い出された相対的に弱い魔獣である。しかし、現在の状況はそれでは説明がつかない程に異常事態だ。
「考えられる可能性は強力な魔獣が出てきたことでそこにいた魔獣達が追い出された」
「もしかしてワイバーン?」
ミレーアが目撃した痕跡は残ったいたものの行方が分からないワイバーンが新たに住みついた場所で他の魔獣を追い出したのかと思ったがリナは首を横に振った。
「ワイバーンは強力な魔獣だし、その危険性から発見次第討伐対象にはなるけど此処までの事態を引き起こす程の力は無いよ。少なくともブラックサウルス以上の何かだろうね」
そこでミレーアが思い至ったのは異獣だ。あの時対峙することとなった異獣よりも強力な個体が人里離れた地で出現し周囲の魔獣が追い出された結果、魔獣の分布が大幅に変化した可能性は大いにあると言えた。二人は意見を出し合いながら歩いているといつの間にか街を出ていた。
「地図で場所の確認は終わってるよね?」
「大丈夫だよ」
念のための確認なのかリナが聞くとミレーアは軽く準備体操をしながらそう答えた。リナの方も腕や腰を動かし柔軟体操を行っており、その様はこれから激しい運動をするかのようである。しかし目的の魔獣が出るのはこの付近ではないため今から戦うわけではない。二人の視線は街道ではなく何故か木々が生い茂る山へと向いていた。地図上では目的地は山の向こうであり方向としては間違っていない。
「それじゃ、今日も競争だね」
「負けないよ」
ミレーアがそう言うと近場にあった握り拳程の大きさの石を拾うとそれを上に投げた。石が落下し地面に当たると同時に二人は同時に駆け出した。ヘファートスから受け取った脚部強化用のマジックアイテムを使ったミレーアの速力はウルフ系統の魔獣以上だった。それに競うリナも負けてはいない。未知の技術で作られた義足は身体強化でミレーアに大幅に劣るリナがミレーアと同等の速力を出せるだけの性能を有していた。木々の間を走り抜け時にはジャンプし太い枝を掴み体全身を駆使するミレーアに対してリナは義足の高い性能が遺憾なく発揮されていた。木の幹すらも足場にして疾駆するその光景は誰にも真似は出来はしないだろう。
「また扱いがうまくなったね」
「いつまでも負けてはいられないからね」
木々の間を縫うように走っているにも関わらず並走し喋る余裕すらあるミレーアとリナ。元々はヘファートスから受け取った脚部強化用のマジックアイテムを使いこなすために近隣の森林でミレーアが始めてたことだが、冒険者ギルドからの要請もありリナの事情を知るミレーアとコンビを組んだ際にリナが義足を使いこなす為の良い練習方法が有るか聞かれミレーアはこれを提案した。最初は冒険の合間に練習していた程度だったのだが、使い方に慣れていくにつれて物足りなくなると二人揃ってやることが競い合うようにエスカレートし今に至るのだった。
「はぁ……はぁ……ふぅ」
「ふぅ……ふぅ……」
目的地の近場に辿り着いたことで競争を止めたミレーアとリナは街道沿いで息を整える。山を抜けてきたことで何度か魔獣に襲撃されかけたが二人の速力と機動性に対応出来ず追跡されることは終ぞなかった。ミレーアに至っては通行の邪魔だと言わんばかりに襲い掛かて来た魔獣を何匹か蹴り飛ばしたくらいである。
「それにしてもこのままじゃ、近いうちに私じゃ追いつけなくなるね」
リナが義足を完全に使いこなすようになれば性能差からミレーアでは絶対に競争しても勝てない相手となる。正しこれはミレーアの使っているマジックアイテムの性能が低いのではなくリナの使っている義足の性能が異次元なだけである。
「でも、ミレーアは凄いよ」
義足の性能を他の誰よりも実感しているのはリナだ。義足を使いこなすためにミレーアに意見を求め彼女が行っているマジックアイテムを使いこなすための修練を行ったが技量を上げれば上げるだけそれに答えてくれる限界の見えない義足に使用者であるリナですら怖いくらいである。だがそんな義足の動きに付いてこれるミレーアの持つ高い実力をリナは改めて思い知ることとなった。
「師匠に比べれば私なんかまだまだ。……軽食を食べたら出発する?」
「そうだね。そうしようか」
そう言って二人は腹ごしらえをするために携帯食料を取り出したのだった。
「それでは各ギルド支部のギルドマスター定例会議を始めます」
全員が集まったことを確認した王都のギルドマスターが議長となり各支部から集まってきたギルドマスター達にそう告げた。最初に議題は勿論、各支部の活動報告だ。受けた依頼の件数とそれに対する依頼の達成率。ランクの上がった冒険者の人数や死亡が確認された冒険者の数。魔獣の生息分布の変化など様々だ。
「高い能力を持った回復魔法が使える冒険者か」
次に議題の中心なったのはミレーアだ。在野に稀にしかいないうえに教会にいる神官などに比べれば能力が天地の差があるくらい低いもののそれでも冒険の途中である程度の怪我までなら回復ポーションを使わなくとも問題なく治せるのは圧倒的なアドバンテージであり、回復魔法使いの冒険者は引く手数多だ。しかし、ミレーアは教会に所属していれば聖女に認定されてもおかしくは無い程の高い能力を持っておりその有用性は他の支部のギルドマスターから見ても喉から手が出る程に欲しいものである。
「既に若いながら戦闘面でも年齢を考慮すれば高い実力を持つ上に……ほう、読み書きも出来るのか」
他の街のギルドマスターが手元の資料を捲りミレーアのプロフィールを見ても問題となる部分は見受けられない。ただ不自然な程に優秀すぎることが少し彼らに引っかかった。それに言及するとそれに関連することとして約一か月前に見つかった未確認の遺跡についての報告の説明となった。
「それはまた凄いな」
それを聞いた一人のギルドマスターが少し興奮気味に呟いた。彼は古代遺跡などに詳しくギルドマスターとなる前にはそういった遺跡などを調査する部署に所属していた。優秀だったこともありギルドマスターまで上り詰めたがその結果、立場上簡単にフィールドワークに出られなくなってしまったことを現在は嘆いていた。
最近の口癖は早く後任に見つけて任せたいである。説明は遺跡の話からそこでミレーア達を襲撃した異獣の話へと移った。遺跡の発見前に下水道へ侵入した個体の解剖結果も併せてそれら異獣の特徴が説明された。
「危険ではあるが、倒した時の見返りは大きいな」
「とは言ってもブラックサウルスにも勝る個体となれば討伐出来る冒険者は全体の一握りだぞ」
「そっちはまだランクの高い冒険者がこっちよりも多いからマシだろ。俺たちのところみたいな辺境じゃ最悪壊滅だ」
冒険者ギルドの支部ごとによって所属する冒険者達の質は大きく変わるため、異獣の性質を話を聞いた各支部のギルドマスター達は素材の利用価値よりも異獣の対策に対して愚痴のように言葉を漏らす者が多い。高ランクとなった冒険者は実りが良くなると何もない辺境から大きな街のある場所へと移住してしまうことが多い。辺境では大金が手に入っても使う場所が無いからだ。またより良いマジックアイテムなどを手に入れようとするなら大きい街の方が断然有利であり、そういった事情もあって辺境では高ランクの冒険者が常に不足していた。冒険者ギルドでも偏らないよう対策は打っているものこればっかりは立地のなどの問題もあり冒険者ギルドだけでは対応しきれないことも多いため結果は芳しくない。国王の方もそういった場所を治める領主に対して多めに防衛予算を補助金として振り分けているが、そういったことを理解しない安全な王都にいる貴族などから予算の減額する意見が出たりする始末だ。
「失礼します!! 火急の知らせが入りました!!」
ギルドマスター同士が話し合っている中、慌てた様子のギルド職員が定例会議中の会議室に飛び込んできた。余程の事態が無い限りはこんなことはありえない。嫌な予感がしたギルドマスター達は静かに報告を聞くのだった。




