第四十話 ワイバーンの目撃
「今日も良い天気だね」
「みゅあ」
夕方にヘファートスの鍛冶屋に行くため、冒険者ギルドで薬草の採取依頼を受けたミレーアは近隣で依頼された薬草の成育条件に一致した場所に足を運んでいた。
「周辺の状況には気を付けないとね」
そこは草原であり、周囲には野生の草食動物も多数いることから豊か土地であることが一目で分かった。そして、それ故に危険な場所であり身を隠せそうな草木も多数見えることからそこに草食動物を狙った肉食動物や魔獣がいるのは必然と言えた。実際、ミレーアの索敵にも反応が幾つかあった。
「あそことあそこには近づいちゃ駄目だよ」
ミレーアは少し離れた場所にある少し背の高い茂を指差しフューアに忠告した。姿形は見えないがそこに魔獣が隠れているのをミレーアは索敵によって知っていた。魔獣の方も余程接近しない限りは草食動物よりも食いでが少なく離れた位置にいるミレーアを優先的に狙う可能性は低いため、彼女は魔獣の動向を伺いつつ依頼品を探し始めた。
「ふむふむ、やっぱりあったね。……え~と後は」
依頼品の確認をするミレーア。依頼品は複数あるがどれも此処で手に入るものだ。ミレーアが依頼品の確認していると俄かに周囲が騒がしくなり始めたことにミレーアは気づいた。何事か思い騒がしくなった方に視線を向けるとそこには草食動物に襲い掛かる大きな羽を持つ爬虫類のようなものが見えた。
「あれはワイバーン!!」
魔獣の中では強力な部類であり空を飛び口腔からブレスを吐くため遠距離への攻撃手段を持たない場合、一方的に攻撃されることになる。近隣で目撃情報はなかったためミレーアがこの情報を持ちかえればすぐさま冒険者ギルドが調査し、数日以内で討伐依頼が出されることになるだろう。ワイバーンの爪や牙、鱗に至るまで利用価値があるため冒険者ギルドから遺体回収班が現地に向かうことになるだろう。
「こっちには気づいていないみたいだね」
投擲で攻撃出来るとはいえ空を飛び続ける相手には流石に相性が悪い考えたミレーアはワイバーンがこちらに向かって来たら直ぐにでも逃げ出せる準備をしていたそれは杞憂に終わりワイバーンは仕留めた草食動物を足で掴むと巣へを戻るために飛翔した。
「山の方へ向かったね」
行き先を確認したミレーアは再び採取を再開したのだった。
「ワイバーンですか……どちらに向かったのか教えて貰えますか?」
薬草の採取を終え依頼品を納品する時にミレーアはギルドの受付けでワイバーンを見掛けたことを話すと受付嬢が地図を取り出し広げるとミレーアは自分が採取していた場所とワイバーンが飛んでいった方向を指でなぞった。
「情報提供ありがとうございます。こちらで確認の済み次第、情報料をお支払いします」
冒険者ギルドでは危険な魔獣の目撃情報に対して情報料を定めている。冒険者からの情報提供後ギルドが調査しそれが事実だったことを確認後、有益な情報提供したということで支払われる。見間違いや魔獣側が遠くに移動したということもあるため、数回程度の虚偽報告ならギルドもとやかく言わないが流石に数が重なれば怪しまれ警告されることになる。
「なんだか慌ただしくなってきたね」
「みゅあ」
慌ただしくなったのは他の冒険者がミレーアの冒険者ギルドへのワイバーン目撃の報告に聞き耳を立てていたからである。ワイバーンはベテランの冒険者でも苦戦する相手ではあるがギルド側からの報酬も良く実りのある相手である。それにワイバーンの牙や爪で作られた武器を手に入れるのは中堅まで上り詰めた冒険者の目標でもあるのだ。
「予定よりも採取が早めに終わったからまだ少しだけ時間があるか」
ヘファートスとの約束である夕方まではまだ時間があるため、どう時間を潰そうかとミレーアが考えていると知った顔が視界に入った。
「あれ……アレンもこんな早い時間に終わり?」
「はい、近場でアーマーボアの若い個体が出たそうでそれの依頼を受けていました。思ったよりも早くに見つかって少し拍子抜けでした」
成体となれば固い外殻と強靭な体躯による突進能力が強力ではあるが、若い個体となればそのどちらも発達しきっておらず駆け出しの冒険者には丁度良い相手だろう。
「そっか、でも無事に終わること良いことだよね」
ミレーアがそう述べるとアレンの表情が少しだけ悲しそうな面持ちとなった。シャーリィからエリオが死んだことを聞いたのかもしれないと察したミレーアは話題を変えることにした。
「そういえばワイバーンを採取の途中で見掛けたんだよ」
「ワイバーンですか……襲われなかて良かったですね」
駆け出し冒険者がワイバーンに遭遇し襲われればそれは絶対的な死を意味する。何故なら駆け出し程度が持つ弓矢や使える魔法程度ではワイバーンの鱗を貫き傷つけることは不可能だからである。そして、飛行するワイバーンから逃げ切ることはまず不可能だ。パーティを組んでいたとしても犠牲者が増えるだけであり、生き残る希望があるとすれば誰か一人を囮にしその隙に逃げるくらいである。
「そうだね」
アレンの感想に同意の言葉を述べたミレーアだが、内心ではあれくらいなら何とかなりそうかなと思っていた。彼女の正直な感想で言えば異獣に比べて脅威には感じなかったためである。だがそれは自身の感覚が短期間での異常事態に麻痺しているだけの可能性もあるため、敢えてその感想は口に出そうとはしなかった。
「僕は買う物があるからこれで」
「あ、そうなんだ。引き留めて悪かったね」
「いえ、そんなことはないですよ」
そう言って歩いて商店街に向かったアレンを見送ったミレーアは自分はどうするか考える。偶には普段行かない場所に行ってみるのも良いかもしれないと考えポーション等を売っている道具屋へと足を運んだ。自分で回復ポーション等を作れるミレーアは必要がなかったため、今まで入店したことが一度もなかった。良い機会だから一度くらいは言ってみようと思ったわけである。
「と、此処だね」
地図で場所を確認し、目的の場所に辿りつたミレーアは店のドアを開け中へと入った。冒険でお世話になうだろうポーションをはじめ、他にも様々な道具が売っていた。非常食や野営用のテント、一般的な回復ポーション等の冒険で使えるものがその店で一通り揃っていた。
「へぇ、こんな感じなんだ」
今まで使ったことがなかったため、ミレーアにとって見るもの全てが新鮮だった。回復ポーション等は自分で作るため買う必要性が無いどころか作っているものいざという時の緊急用であり、よっぽど切羽詰まった状況でもない限り基本的に回復魔法を使うため消費される事はほぼ無い。野営用のテントも彼女の師匠が置いていったものがあるが、街に来るまでの道中では使っていたが街に来てからは未だ一度も使っていない。非常食に関しては現状では必要性がなかったため、購入すら考えたことがなかった。店内は冒険者が帰ってくるには時間がまだ早いこともあって閑散としており、ミレーア以外には冒険者は数名しかいなかった。
「ん……? これは」
店に並べられていた品物を手に取りじっくりと眺めるミレーアに声がかけられた。
「何かお探しでしょうか?」
店内で品物の確認をしていた店員が作業を中断しミレーアの声に反応し声をかけた。それにミレーアは「今は大丈夫です」とだけ答え品物を戸棚に戻した。店員の方も「そうですか」っとだけ答え中断した作業に戻った。
「あ、これは欲しいかも」
ミレーアが目にしたのは野営に時に使う小型の調理器具だ。所有者の魔力によって火を起こすことで炎系魔法が使えなくとも手軽に火を起こし野外で料理が出来るマジックアイテムだ。少し高いがミレーアなら問題なく払うことが出来る値段である。それを手に取ったミレーアは他にも調理に必要なものを購入にし店を出た。
「偶にはこういった場所に来て商品を見るのも良いよね」
店員とミレーアは話したところちょくちょくこういった便利なマジックアイテムが数量限定で売り出されているという話を聞くことが出来た。ミレーアが購入したものも遂先程、店の商品棚に並べたものであり購入出来たのは運が良かっただけである。少し気分が良くなり足取りも軽くなったミレーアだが、唐突にその足が止まった。
「よぉ、少しばかり景気が良いみたいじゃないか?」
ミレーアの目の前には数人の柄の悪そうな男が三人いた。時間帯故にそれを止めるようなものはおらず周囲の者達は見て見ぬ振りを決め込んだようだ。
「その景気の良さを少し別けて……て、てめぇ!? 待ちやがれ!!」
こういった輩は無視にするに限ると師匠に教えられているミレーアが素通りしようとすると立ちはだかった男の一人が激昂するように叫んだ。正直言ってミレーアからすれば異獣どころかワイバーンと比べれば脅威には思えず怖くも何ともない。
「若い女だから優しくすればつけあがりやがってぇ!! 痛い思いをしたくなければ有り金全部今すぐ此処に置いてきな!!」
男達からすれば最終警告のつもりだが、それも無視してミレーアは去ろうとするが無視されたことで更に腹を立てた男の一人が拳を振り上げミレーアに殴りかかろうとするがくるりと振り返った彼女はその拳を片手で平然と受け止めた。
「な!?」
「とりあえず正当防衛ってことで良いですよね?」
受け止めたぐっと拳を握り締めるミレーア。何か固いもの砕ける音と男の絶叫が周囲に響き渡った。
「ぎゃぁああああ!? い……痛いィ!?」
「てめぇ!?」
別の男性がミレーアに掴みかかろうとするが、彼女は掴んでいた男性の手を離しひらりと掴みかかってきた腕を躱すとその鳩尾に槍にも似た突き刺さすような蹴りの一撃を見舞った。
「がぁ!?」
短い濁声と共に蹴られた男は人一人分以上の距離を飛んだ。残された最後の一人はそこで漸くミレーアが並みの相手ではないと気づいて逃げようとするが、瞬時に近づてきた彼女によって投げ飛ばされ組み伏せると首を絞められ意識を刈り取られた。
「ふぅ……後はこのまま待っていれば良いのかな?」
「みゅあ?」
ミレーアが一人目の拳を受け止めたと同時に彼女から離れていたフューアはどうだろうね?っと言わんばかりに首を傾げたのだった。
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