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第三十九話 恐れていた事態

「思ったよりも長居することになっちゃった」


 必要な採寸を終え、ヘファートスの鍛冶工房から出てきたミレーアは日の傾き具合から予想以上に時間が経過していることに気づいた。


「明日の夕方にもう一度、来ないとね」


 急ぎ調整してもそれだけの時間が掛かると言われ明日は周辺で出来る採取の依頼でもやろうかと考えながらミレーアは配達を終えたことを伝えるため鍛冶屋に向かった。その途中、何度か他人に驚かれ凝視されることが何度かあったため、何だろうかと思い自分の状態を見た。


「あ……」


 ヘファートスにも驚かれたことだが今の自身のは腹部に穴が空き、その周りが血塗れになっていることに改めてミレーアは気づいた。血塗れにも関わず平気な顔をして道を歩いている自分を周囲の者が見れば驚かれ怪しまれるのは当然と言えた。


「どうしよう先ずは部屋に戻ってき着替えてくるのが先かな」


 このまま鍛冶屋に言っても同じことの繰り返しになりそうだと考えたミレーアは急ぎ部屋に戻るのだった。






「……それで話とは何でしょうか?」


 緊張した面持ちでギルドマスターは訪問者……赤い髪の女性に今日此処に来た目的を訪ねた。まったく予定になかったことであり、突然の事態にギルドマスターは内心で困惑していた。それでもそれを少なくとも表情に出さず対応していることから地位に見合うだけの胆力はあるということだろう。


「本来ならお忍びでこの街に来ているのだから此処に来る予定はなかったがつい先程、何処から情報が漏れたのか襲撃がありました」


 その一言にギルドマスターは息を飲んだ。赤い髪の女性自身は後継者争いからは初めから退いており、彼の兄が継ぐことが既に決まっている。兄妹仲も悪くなく寧ろ困難なことには協力し合い物事に当たることが多いくらいだ。その才故に兄妹として同世代に生まれたことを惜しまれた程である。逆に言えば彼女が本気になれば兄の地位を脅かす可能性があり、本人たちの思惑とは別に周囲が動いてしまっているのだ。


「犯人は既に捕縛済み。今頃は配下の者が尋問していることでしょう」


「そうですか……」


 なら何故、此処に来たのかギルドマスターに分からなかった。


「その際に冒険者の一人が巻き込まれました」


 その一言にギルドマスターの眉がピクッと動いた。


「腹部に重傷を負ったため神殿に運ばせようと思ったのだけど彼女、自分で傷を治してしまったの」


 それが誰なのかギルドマスターは聞くまでもなかった。この街で冒険者をしていて重傷すら治せる回復魔法が使えるのは一名だけだ。本来なら王都で行われる各支部のギルドマスター会議で伝えるつもりだったのだがそれよりも先に赤い髪の女性に知られてしまったため、この場でミレーアが冒険者となった経緯をギルドマスターが説明した。


「成程」


 話を聞いていた赤い髪の女性は短くそう呟くと何かを考えるように目を閉じ顎に親指と人差し指を当てた。ギルドマスターは何も言わず赤い髪の女性の思考が終わるのを固唾を飲んで待った。時間にしてほんの数分だったがギルドマスターには既に何時間もこうしていたように思えた。


「彼女はまだ冒険者に成りたての新人。過度の期待は寧ろ害となるでしょうから今は置いておきましょう。あなたもそのつもりでしょう?」


 実際、ギルドマスターもベテランの冒険者達と話し合いミレーアへの勧誘は現状待って貰っている。ミレーアはこの先有用な人材であり、その扱いは細心の注意を払うべきだとしそれにベテランの冒険者達も同意した。目先の利益に釣られてどうやって育てれば良いか分からない回復魔法の使い手の可能性を潰せばその損失は計り知れない。


「それよりも何やら慌ただしいようですが、何か問題ごとでも?」


 慌ただしいのはミレーア達が迷い込んだ遺跡の件でだ。現状上がっている報告だけでも次々見つかる新発見で大変なのにそれを纏め上げ王都の本部に次の会議までに報告しなければならないギルドマスターには現在、多大な負荷がかかっていた。実のところ此処数日睡眠を削っており、今日くらいはゆっくり休みたいと思っていたのだが、その矢先にまさかの人物が訪れたことで今日もゆっくり出来ないことを覚悟した。


「次の会議で報告するつもりでしたが……少々お待ちください。今、現状で判明し纏めてある資料を持ってきます」


 そう言ってギルドマスターは立ち上がり退室すると少しして紙の束を持って戻ってきた。紙の束を見て赤い髪の女性は形の良い眉がピクリと僅かに動いた。「どうぞ」と言われ紙の束をギルドマスターから受け取った彼女は無言で内容を確認する。ペラペラっと紙を捲る音だけが室内で響く。


「とんでもないものを見つけたようね。今此処で纏めてあるものだけで王都で大騒ぎになるでしょうね」


「現状分かっていることだけでもまだ纏めきれていない上に次々と新しい報告が上がっているため、実際どれだけの量になるのか想像も付きません」


 少し疲れたような声音で女性にそうギルドマスターは述べた。それを聞いた女性は隣で控えている部下の青年に耳打ちすると視線をギルドマスターに戻した。


「王都に戻り次第、手伝える者をこちらに派遣します。ですから可能な限り資料を纏めなさい」


「分かりました」


「それと……今日はもう休みなさい。相当な疲労が溜まっているようですから」


 有無を言わさない強い口調で彼女はギルドマスターにそう告げた。それにギルドマスターは大人しく従うしかなかった。






「成る程、なかなかの傑物だな」


 赤い髪の女性が帰ってしばらくした後、ギルドマスターの前にアギトが現れた。幾つかの世界を巡ってきた彼から見ても彼女は優れた人物のようだ。しかし、一つだけ解せないことが あった。


「立場を考えれば態々、冒険者ギルドに気にかけるとは思えないが」


 冒険者など冒険者ギルドに登録していなければそこらの無頼漢と変わらない。尤も魔物の討伐などを報酬を払えば自己責任で行ってくれるため、死ねばいろいろと補償を行ったり場合によっては責任問題などが出てくる騎士に比べて使い易いため無関心という訳にはいかないだろうが、先程の女性は やけに入れ込んでいるようアギトには見えた。


「あの方がまだ幼い頃、暗殺者に狙われ森で遭難したことがあった。その時、付近で別件で探索していた冒険者に助けられたことがあった」


 そのことに感謝した彼女は成長後、率先して冒険者ギルドの後ろ盾となったと同時に組織の健全化を図ったことで昔に比べて冒険者の待遇は格段に良くなったと言える。新人の冒険者への支援なども行われており、その一環が魔法などの講習会だ。それでも質の悪い冒険者は出てくるがそれでも相当少なくなったと言える。


「俺が知っている冒険者に比べてやけに質の高い者達が多いと思っていたがそういうことだったのか」


 ここ数日、街の中を歩いたアギトはそのことに驚きつつ疑問に思っていたのだが図らずともその疑問が解消された。


「君のことは済まないがまだ話せそうにない」


「それは俺自身が一番分かっていることだ」


 ギルドマスター個人としては彼が信用に足ると考えているが、流石にそれだけで赤い髪の女性に会わせるわけにいかなかった。アギトの正体を考えれば下手をすれば不穏分子と判断されその場で斬り捨てられかねない。故に慎重な立ち回りをギルドマスターは常に心掛けていた。尤も彼女の部下も皆優秀であり、既にアギトのことを把握している可能性は大いに有り得る。


「それでどうするんだ?」


「一度、帰って寝てくる。あの方直々の命令だからな」


 実際、職員からも倒れる前に休んでくださいと言われおり、ギルドマスター自身も身体の調子からそろそろヤバいと経験則で感じていた。そのため、赤い髪の女性の忠告は良い切っ掛けだったと言えた。


「まぁ、こちらとしても今倒れられても困るからな。しっかりと休んで来い」


「そうするよ」


 そう答えたギルドマスターは帰宅の準備を始めたのだった。


 




「それで今後はどのように?」


 防音魔法が施された馬車の中で青年が赤い髪の女性に尋ねた。


「そうね。一先ず遺跡の件は私の方から父上に話しておきます。それに現れたという魔獣とはまったく違う脅威である異獣。他のギルド支部でも同じ報告が無いのか確かめねばなりません」


 異獣が他の地域でも出現していないのか調査するのは彼女のとって急務だ。もしそれが王族のみ閲覧を許されている書物に記されている初代国王と初代聖女、そして歴史から抹消された三人目の仲間である傭兵が打倒した存在と同じならば初代国王が恐れていた事態が遂に起こったことを意味していた。


「……それで王女殿下」


「堅苦しいのはもう止めましょう。外に声は漏れないし、此処にいるのは私とクライドだけだから」


「はぁ……それでアレクシア。例の相手に対してはどうするんだ?」


 一度溜息を吐くと先程まで畏まった雰囲気から何処か気安い雰囲気となった青年。王女であるアレクシアが許したとはいえ、青年の戸惑いの無い慣れた様子から今日や昨日に言い出したことではないというのが伺えた。


「そちらの方は秘密裏に接触を図るつもり。あの街のギルドマスターも例の人物も直接会うにはまだ早いと判断したようだから」


 アレクシアはそのことでギルドマスターを責めたりはしない。実際、アレクシア自身の立場を考えれば今会わせようとすることが例え安全だとしても迂闊としか言えない。事態に焦って今回引き合わせなったこの街のギルドマスターを逆にアレクシアは評価していたくらいである。


「それよりも重要なのはあの娘。今後の動向を注視する必要がありそう」


「確かに唯一言ってもよい在野での高い能力を持った回復魔法使いだが……それ程まで?」


 確かにその能力の有用性はクライドも認めるところだが、態々王女であるアレクシアが動向を注視する程までとは思えなかった。そんなクライドの心情を察したのかアレクシアは何やら複雑な事情がありそうな表情で答えた。


「今は言えないの。だけど今後何か大きなことが起きる時鍵になるとだけ言える」


 そう断言したアレクシア。おそらく自分が聞いてはならない事情があるのだろうと察したクライドは今まで通り彼女を信じそれ以上は何もその件については聞こうとはしなかった。

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