第三十四話 冒険の無い一日
「う……ん。……お腹が減った」
目が覚めたミレーアの最初の一言は空腹を訴える体の欲求を具現化したものだった。空腹を感じるお腹を摩りとりあえず残っていた燻製肉を齧るミレーア。調理する時間すら待っていられないと言わんばかりに保管している食料に齧りつき腹を満たすミレーアの姿はとてもじゃないが他人には見せられない姿だ。尤もそれを咎めるような同居人など居らず、ミレーアとしてはそんなことよりも今すぐにでもこの欲求を満たしたかった。
「異獣もこんな感じだったのかな?」
果物を皮ごと齧りつき食べるミレーアはふと思った。アギトの話では異獣の本来の食料に近いのは回復魔法を持つミレーアであり、実際に彼女を目にするや否や真っ先に狙いに来ていたのを見ている。今の自身の空腹感を当て嵌めると成程、ああもなるかと一人納得していた。
「日は大分上だね」
カーテンを開け日の位置を確かめたミレーア。既に日は中天に差し掛かっており、もうすぐお昼だということを示していた。昨日の夕方に体を洗い直ぐに布団に飛び込んだことを思えば予想以上に眠っていことにミレーアは驚いていた。自身が想像していた以上に体は疲れていたんだとミレーアは思った。
「今日一日は休んでいたいけど食料が何もないから買いに行くしかないか」
身支度を整え外出の準備をミレーアは手早く済ませた。忘れ物がないか確認していたミレーアはフューアの方を見た。少しだけ心配そうにミレーアを見ているフューア。おそらくはまた置いて行かれてしばらく帰ってこないか心配なのだろうとミレーアは察した。
「今日はついてくる?」
「みゅあ!!」
嬉しそうに一鳴きしたフューアは駆け寄りミレーアが抱き抱えると腕を伝って彼女の肩に乗った。ミレーアの頬に顔を擦り付け甘えてくる仕草によっぽど一人は寂しかったんだろうなと察したミレーアは意図したことではないとはいえ一晩以上、置き去りにしてしまったことに罪悪感を感じていた。
「うん。おいしい」
「みゅあ」
屋台で買った串に刺さった肉を頬張り食べ歩きをするミレーア。この時間は何処も飲食店が人で一杯であり、それを待っていられないミレーアは手早く買い食べられる屋台で食べ物を購入していた。腹も満たし少し食休みしたら必需品や食料の買い出しに行こうと今後の予定を立てていた。
「あら、ミレーアさんは今日はお休みですか?」
声を掛けられ振り向くとそこには幾つかの本を抱えたシャーリィがいた。
「ちょっといろいろあって昨日、ヘトヘトになって街に戻ってきたんだよ」
「そんなに厳しい依頼を受けたのですか?」
「受けた依頼自体は普通だよ。ただその後に異……大型魔獣に追い掛け回された挙句、未確認の遺跡に落下することになってね」
異獣のことはまだ大々的に名を公表されていないため、大型魔獣に襲われたという説明にミレーアはした。それを聞いたシャーリィは同情心が入った声音で言葉を返した。
「それは大変でしたね……それにしても未確認の遺跡ですか。となる近々、高ランクの冒険者による調査が開始されるかもしれませんね」
そう予想を立てたシャーリィだが本来ならそうだろう。しかし、それはそこにあるものを知らないから故の反応であり、彼女たちは知る由も無いがリナの高性能な義足をその目で見たギルドマスターは昨日の時点で関係各所に情報を伝達し今朝にはギルドからも信頼厚い高ランクの冒険者を護衛として雇った調査団を遺跡へと送り込んでいた。
「本当に大変だったよ。後は……」
そこまで言いかけてミレーアは言うべきかどうか迷うことがあった。それはその時に遺跡で死んでしまったエリオのことである。固定のパーティではなかったとはいえ同じ新人専用依頼を受けた仲である。死んでしまったことくらいは伝えるべきかどうか判断出来なかったのだ。
「如何したんですか?」
何かを言おうとしたまま会話が止まったことにシャーリィは不思議に思い尋ねてきた。此処で何でもないと答えてしまうのは容易いが明らかに何かあったのはミレーアの態度を見れば明白であり、此処で言わなくても後で何れ何処かで知ることになるだろう。その時、この場で何故それを隠したのか追及されるだろうし、ミレーアも友人に嘘を貫き通すのは心苦しかったため、彼女はエリオが死んだことを正直に答えた。
「そうですか」
ミレーアの話を聞いたシャーリィは少し寂しそうに一言呟いた。
「冒険者ですから、冒険の途中で命を落とすのはままあることでしょう。……それでも親しくなかったとはいへ知り合いが亡くなるのは良い気持ちではないですね」
「うん。だから最初、伝えるかどうかで悩んでた」
「そうだったんですか。それなら包み隠さず教えて頂きありがとうございます。……ところで先程から気になっていたのですがその子はテイムしたのですか?」
「あ、フューアのこと? 一応そうなるのかな……実は私のよく分かっていないんだ」
フューアとの出会いを簡潔に話すミレーア。
「ギルドでも何の魔獣かも分からないですか……何処か遠い地の未発見の種である可能性が高いですね」
ギルド側もその可能性を考えていたが問題は親となる魔獣がどうやってこの地まで辿り着いたかである。稀に海に漂う倒木などの漂流物と一緒に生き物が運ばれることもあるが、フューアが孵った卵の大きさがミレーアの頭と同じくらいだったため、そこから考えると親の大きさも相当な筈であるため、その可能性は薄い。
「まぁ、そうだったとして私もこの子も変わるわけじゃないからいいかな」
「ただ希少な魔獣か何かの場合、それを狙ってミレーアさんから奪い取ろうとする者は現れますから気を付けてください」
「そんなこともあるんだ……忠告ありがとう。それじゃあ、私はそろそろ行くね。いろいろと買い出ししないといけないから。また機会があったら冒険に行こうね」
「そうですね。その時はご一緒にしたいですね」
二人はそこで別れミレーアは食材が売っている市場へと向かった。距離はそう遠くないため歩いて直ぐに辿り着いた。ミレーアは最近常連となっている店へと足を運んだ。
「おじちゃん、今日は何がオススメは?」
「おう、今日はこのグリーンボールの新鮮なのが入ったからこれがオススメだ」
店主が籠ごと持って見せたのは丸く固まった葉野菜だ。炒めても良いし煮込んでも良しの美味し食べられる野菜の代表各である。値段も手頃だが今日は輪をかけて安い。そのため、ミレーアは直ぐに購入を決めその他にも幾つかの野菜を購入した。
「このホワイトホーンは煮て一晩置いておくのも良いかな」
白く自身の腕よりも太い根野菜を見てミレーアはどう調理するか考える。
「あらミレーアちゃん」
「ソニアさん。こんにちは、今日はお一人ですか?」
後ろから声を掛けられ振り向くとそこにはソニアがいた。アランとマイルズが居なかったため、そう聞く彼女は不機嫌そうな声音で答えた。
「あの二人なら昨日、飲みすぎて二日酔いなって部屋でダウンしてる。まったくだらしないったらありゃしない」
それで今日は依頼を受けられずソニアは暇つぶしがてら街でふらついていた。今度は逆にミレーアがソニアに質問をされると詳細は伏せ簡易な説明で今日は依頼を受けず食料品の買い出しに来たことだけを伝えた。
「あ~イレギュラーな事態があって予定より遅れるのは私たちでもあるね。ただ新人で日帰りの筈が日を跨ぐのは運が無い」
新人となればまだお金に余裕が無く野宿のため道具など買っている余裕はないし、近場の村でお金を払い泊めてもらうなど夢のまた夢だ。そのため、新人は日帰りで終わりそうな依頼を受けるのが殆どである。稀に村の住人を脅しタダで泊めるよう強要する者もいるがバレれば厳しい罰則を受けることになる。新人が受ける依頼は街から近いこともあり、ギルド側も危険性の有無を調べてはいるが今回のミレーアのように運悪く不測の事態が起きることは無いわけではない。
「はい、流石にもうこりごりです」
「……それで表情から察するにその時、組んでた誰かがしくじった?」
「え……?」
見透かしたようなソニアの言葉にミレーアは驚き、ソニアの顔を見た。
「これでも冒険者歴はそれなりだからね。仲間を失った冒険者を見たのだって一度や二度じゃない」
何処か遠い目をするソニア。彼女自身も冒険者仲間を失なった経験が有るのかもしれない。そう胸の内に抱いた考えをミレーアは聞こうとはしなかった。誰しも触れられたくない過去はあり、ソニア本人が自分から語るか聞く必要性が無い以上は触れようとはミレーアは思わなかった。
「と、少し湿っぽい雰囲気になっちゃたね。お詫びとして私のオススメのお店を教えて上げようか?」
「よろしくお願いします!!」
ミレーアは嬉しそうに頭を下げた。
「良い場所を紹介してもらってありがとうございました」
肉を詰めた袋を手に持ちソニアに頭を下げるミレーア。ソニアが案内したのは裏通りにある魔獣肉を専門に取り扱うお店だった。魔獣肉は一部を除いて独特の臭みがあり、臭み抜きをしっかりしないと食べれたものでは無い。それ故に街に住む者達には不人気であるが、一部の冒険者は安く手に入る肉として地味ながら需要がある。ミレーアも師匠に魔獣肉のおいしい食べ方などを教えてもらっていたためありがたかった。
「多分、調理方法を知ってると思って紹介したけど良かった良かった」
ミレーアの師匠が彼女に様々知識を伝授していることをソニアは聞いていたため、生きるために不可欠な食に関して何も教えていないとは考え辛かったことから此処を紹介してみたが案の定処理の仕方を知っていた。寧ろミレーアは此処でも滅多に取り扱わない魔獣の肉のことも知っていたため店主に気に入られたくらいである。
「じゃ、私はまだ寄るところがあるからここでお別れだけど。さっき言ったこと気を付けるんだよ」
「はい」
ここに来る途中でソニアからシャーリィと同じようにフューアについての忠告を受け、更により踏み込んだ話を聞くことが出来た。この辺りは経験豊富な冒険者とまだ成って間もない新人冒険者の違いである。
「とりあえずギルドにいこうか」
「みゅあ」
ソニアからアドバイスを受けたミレーアは今日行く予定の無かったギルドに足を向けたのだった。
グリーンボール キャベツ
ホワイトホーン 大根




