第三十二話 幕切れ
「しかし、元の世界に比べて随分と弱いな。この世界で他の生物を取り込まないといけない程追い詰められているからか?」
異獣の強さに違和感を感じたアギトはその理由を考察する。想定したよりも弱いというのは悪いことでは無い。どの道このまま成長すれば危険であり安全に倒せればそれにこしたことはないからだ。ただ本当に何も無いのかと判断するには早計だろうと考えたアギトは用心深く異獣を挙動を注視した。アギトが一番警戒していたのはブレスの有無だ。しかし、一向にそれらしくものを使わないことからこの異獣はそういった攻撃を手段を持たない個体だとアギトは判断した。現に持っていれば使うだろうという機会は何度かあった。第二フェイズの異獣は知能面では野生で生きる魔獣と大差ないため、自身の攻撃を敢えて隠しブラフする行動をするとは考えづらい。
「アーマーリザードタイプでないのは唯一の救いか」
異獣に幾つかのタイプがあり、今戦っているのは種別としてはリザードタイプと呼ばれている。アギトが口にしたアーマーリザードとは硬い外殻を持っており、今戦っている異獣と同じ第二フェイズではあるが上位互換と言って差し支えない。
「何ですかそれ?」
「異獣にある幾つかのタイプの一つだ。今目の前にいるのはリザードタイプで第二フェイズの中では弱い方だ」
それに加えてこの世界に流れ着いたことによって大型魔獣よりも少し強い程度でしかない程に弱体化している。尤もそれだけでもこの世界どころか数多の世界では脅威ではある。一応、アギトにも目の前にいる異獣を倒せるであろう切り札はある。それをすぐさま使わないのは戦っている異獣への影響が不明だからだ。それを裏付けた貴重な情報となったのはミレーアが下水道で戦った個体だった。本来なら第二フェイズに移行した時点で異獣は次の第三フェイズに移行しない限り個体ごとの多少の誤差や実戦経験の差から来る実力違いはあるものの体の一部を増やしたり後天的に雷を使えるようになることなどあり得ない。しかし、今戦っている異獣は元の世界に比べ弱体化しており、この世界の魔獣を捕食することで足りない部分を補い自らの強化を図っている。逆に言えば本来よりも弱体化しているため、次のフェイズに行かずとも成長の余地が残されてるということでもある。異獣の性質から考えて下手な手出しは逆に異獣に利する行為になりかねない。故に迂闊なことはせずアギトは異獣の状態を見極め最善の一手を模索していた。
(とは言っても取れる手が無いのも事実か)
下手に刺激して第二フェイズの上位個体である大型種に匹敵するだけの力に達した場合、アギトでは撃破することが不可能になる。大型種ともなれば元々異獣の居た世界でも小国を滅ぼすだけの力があり、それを避けるために彼は細心の注意を払っているのだが、考えれば考える程取れる選択肢が無いという事実が突き付けれるだけだった。
「……ん?」
戦いとは無関係な何かの駆動音を聞き取ったアギトは視線を周囲に向ける。ミレーアも音に気づいていたのか音の出所を探していた。
「あれか……」
音の出所は擱座したサイクロプスだった。大破し動くことは無いと思われたそれは展開されたままの巨大な砲が異獣が再びこの場に現れたことに反応したのか動こうとしていた。砲の大きさから威力は期待出来るが照準機能はまだ動いているものの実際に弾が撃ち出されるかどうかは未知数だ。射線に誘い込んでも弾が撃ち出さなければ誘導した者が危険に晒される可能性があるため、アギトは思い浮かんだサイクロプスの砲を利用する案を直ぐに切り捨てた。そして、やはり自分がやるしかないかと腹を括るアギト。
「……奥の手を使うしかないか。すまないが援護してくれ」
「分かりました」
「頼みます」
「お願いします」
アギトの言葉に三人はそう返した。どの道彼女達では有効打とも言えるものが無いため、アギト頼みしかないというのが現状である。返事を聞いたアギトが異獣の方を見据えると彼の持つ剣が仄かに輝き始めた。
「え?」
その輝きを見て思わず声を漏らしたミレーア。アギトの剣の輝きから自身のよく知る気配を感じたからである。
「やはり分かるか……これのことは後だ」
アギトはこれを使うことでミレーアが何かを感じとることを分かっていたようだ。アギトは今その理由を言うつもりは無く、ミレーアも今は聞いている場合じゃないことに同意した。剣の輝きが高まっていくに連れて途方もない存在感をミレーア達は感じていた。しかし、その高まりはミレーア達だけでなく今も体に埋もれた槍の痛みに暴れる異獣も同じだった。
「気づいたか」
暴れていた異獣の動きがピタリと止まりアギトの方を向いたことで気づかれたことを彼は悟った。異獣の方もアギトのしていることが自身にとって脅威であると察知したのか大きな咆哮を上げ今までにないほどの勢いで彼に迫った。
「させない!!」
最初に動いたのはリナだ。弓を構え今までよりも多めの魔力を込めて矢を作る。アギトが剣に込めている力の存在感に比べれば劣るが出来上がった矢は膨大な魔力が込められており、見るだけでその破壊力が察せられた。放たれた矢は異獣の頭部の一部を抉り取ったが異獣の突進の勢いは落ちない。
「後のことは任せます!!」
師匠に貰ったガントレットを装着し前に出るミレーア。此処が使いどころと彼女は判断したのだ。力を溜め込み突進してくる異獣の脚部を狙う彼女だがどう見ても分の悪い賭けだ。それでも彼女はタイミングを見計らうがどう考えても間に合わない。そこにジーロが一際強力である最後の一本である槍を投擲した。それは今までのは違い最初から投擲することを前提として作られたものであり、投擲と同時に魔力を用いた推進機構が作動しそれによって勢いの増した槍が深々と異獣の腹部に突き刺さった。そして、最後の仕上げと言わんばかりに突き刺さった槍の矛の内部に刻まれた魔法が発動し、盛大な爆発が起こった。その一撃で異獣の腹部が大きく抉れ血が噴き出した。さしも異獣もこれには堪らず足が止まった。
「今!!」
それをチャンスと捉えたミレーアが異獣の脚部に肉薄すると全力で右の拳を振るった。彼女の拳が当たると同時に響く鈍い打撃音。
「つぅ!?」
口から呻き声を洩らし右腕を押さえるミレーア。彼女の右腕に装着されたガントレットの隙間から攻撃の反動によって肉が裂けたのか血が滴っており、それは彼女が自身への反動を省みない相当の無茶をして力を使ったことを物語っていた。だが、その一撃は絶大でありミレーアの拳の一撃を受けた異獣の脚部の鱗が剥げ、その下にあった肉は体液が滲む程であり異獣は態勢を大きく崩した。そこへ剣に力を注ぎ終えたアギトが一気に肉薄する。それ気づいた異獣は咆哮と共に大きく口を空けるが何をやるにしても既に遅すぎた。
「はぁ!!」
跳躍しながら剣を振るい股間から頭頂部までをアギトは一息で切り裂いた。どう見ても致命傷であり、誰もがこれで終わったと思った。
「こいつまだ!?」
口腔から光が漏れ徐々に強くなっていることからまだ死んでいないことに気づいたアギト。しかもこの土壇場でブレスの能力を発現させていた。流石にこの至近距離でそれを受けたら危険なためアギトは防ごうとするが大技を使い消耗した直後のため、うまく障壁を張ることが出来ない。それでも何とか避けるために足掻こうとした直後、一際大きな魔力の篭った一撃が異獣の切り裂かれた胸部の傷に突き刺さった。
「ふぅ、私もこれで全部だよ」
それを放ったのはリナだった。彼女は残った魔力の全てを弓に込め矢を作り射ったのだ。魔力を使い切った疲労感から膝を付くと同時に異獣に突き刺さった矢が膨大な魔力に耐えきれ爆ぜた。体表が万全なら未だしもアギトによって切り裂かれた部分で盛大に爆ぜたことでその周囲の肉も吹き飛んだ。爆ぜた魔力の勢いに押されるように数歩後ろへと後退する異獣。これだけの攻撃を受けて尚、驚くべきことに異獣はまだその命を保っていた。魔獣ならこれだけの傷を負えば既に死んでいるだろう。寧ろオーバーキルと言っても良い程である。
「奴め逃げるか!!」
これだけの傷を負った異獣はこれ以上の戦いは不利と判断したのかミレーアの拳を受けた脚を引き摺りながら退却を始めた。このままここから逃げ果せたとしても長くは生きられないだろう程の傷を負っているが、アギトは此処で逃がすつもりは毛頭ないのか追撃するために駆け出そうとするが途中でバランスを崩したようにふらついた。
「ぐ……力を使い過ぎたか」
呟きから先の一撃でアギトも相当な力を使ったと思われる。ミレーアは無茶な攻撃の反動で未だ腕を治療中。リナは魔力切れで戦えず、ジーロは武器が無いためこれ以上の戦闘継続は不可能。誰も今すぐ追撃に出ることが出来ない中、異獣はふらつきながらも外に逃げ出すため自身が此処に侵入する時に空けた壁の穴に向かう。その直後、轟音が鳴り響いた。
「え?」
頭部を完全に粉砕された異獣の体が崩れ落ちた。一体に何がと思い視線を巡らすと擱座したサイクロプスの砲から魔力の残滓があることに気づいた。どうやら異獣は逃げよとして壁の穴へ移動しようとしたところ辛うじて砲が稼働していたサイクロプスの射線に異獣は自ら入ってしまったらしい。呆気ない幕切れにミレーア達はしばらくの間、何も言葉を発することが出来ないのだった。




