第三話 最初の一日の終わり
「今日は御馳走して頂いてありがとうございました」
「俺としては命の恩人に払う代金としてはまだ安いかな。今後も何か困ったことがあったら相談にのるぜ」
そう返したアランにマイルズとソニアも同意するように頷いた。
ミレーアからすれば既に冒険者の先達として様々なことを教えて貰えたしそれで十分だと思っていたが三人からすればそれは自分達が新人の時に先輩に教えて貰ったことなので別とのことだ。
「本当は回復能力のことも考えれば直ぐにもでパーティにでも入って欲しいくらいだが……一応新人の勧誘は教育とある程度の実績を積んでからってことになってるしな」
何も知らない無知であることを利用して使い潰そうとする輩から守るための措置である。特に期待の新人をそれで失うことはギルドとしても大きな損失となるため、新人用の依頼を受けさせつつ冒険者としての適性と教育の機会を設けている。教育を受けるかどうかは任意であり受けていれば避けられたような何らかのトラブルに巻き込まれた場合、それは自己責任として処理される。
そして、ある程度の実績と言っても新人用の依頼を熟せれば良いだけ話である。ここで実績も作れない様ではこの先冒険者として生きていくのは厳しいと言わざるえないからだ。
「まぁ、でもミレーアちゃんなら問題なく実績は作れそうだけどね」
「ああ、そうだな」
「え~買い被り過ぎですよ」
ミレーアからすればまだ知らないことが多く、この先どんな依頼があるのか分からない。それを自分が熟すことが分からない故の言葉だ。ただ既にそこを通過した三人からすればよっぽどのことがない限りミレーアなら問題は無いだろうというのが感想だ。
「まぁ、さっきもアランが言ったが困ったことがあったら頼ってくれて構わない」
「そうですね……その時は甘えさせて貰います」
一度、頭を下げ礼をするとミレーアとマイルズ達はそこで分かれた。ミレーアを見送った三人は彼女が遠ざかったことを確認すると向き合い表情を引き締め話し合いを始めた。
「先程の話だがどう思う?」
「あの子が嘘を言ってるように思えなかった」
「私もそれには同意。ただそうするとあの子の師匠について話すら聞いたことがないのはおかしすぎる」
油断しアーマー・ベアに不覚を取り窮地に立たされたマイルズ達だが、彼らはこの街でどころか隣街でもそれなりに名の知れたベテランの冒険者である。当たり前だが情報収集も欠かさず行っており様々な噂話程度のことだろと耳にすることは多い。
ミレーアが語る師匠の強さが話の半分程度だったとして異常とも言える実力の持ち主だ。相手が畑違いである傭兵であることを加味しても自分達がそれほどのまでの実力の持ち主の噂話ですらまったくは知らないというのはいくら何でもあり得ないことだ。
「とは言っても悪い人ではなそうよね。ミレーアちゃんを見た感じ」
育てられたミレーアがあれだけ真っ直ぐな性格なら育てただろう師匠も少なくとも悪人ではないだろうと思いソニアがそう意見を出すとそれに残りの二人も同意だった。もしもあれでミレーアが本性を隠しているのならもはやそれを見抜けなかった自分達の落ち度だというのが三人の胸中だ。
「……まぁ、どうあれ彼女の周りは荒れるだろうな」
あれだけの才能を教会が放って置くと思えない。そして冒険者ギルドもあの才能を易々と手放しはしないだろうというのが容易に想像出来る。渦中であるミレーアは嫌でもその策謀に巻き込まれることになるだろう。
「まぁ、俺としては命の恩人だし出来うる限り協力しないとな……」
アーマー・ベアの不意打ちにより重傷を負ったアランはミレーアがあそこにいなければ悪くて命を落とし、良くても後遺症により冒険者を引退せざえるえなかっただろう。ミレーアの回復魔法によって後遺症無く五体満足と成れたのはまさに奇跡だとしか言いようがない出来事だ。
この恩は生涯かけて返さなければならないとアランは自身に誓いを立てていた。
「それなら迂闊な発言はしないようにね」
ソニアの指摘にうっとなるアラン。ミレーアは気にしていなかったから良かったもののあれはあの時の自分を殴りたい程の失言だった。
「……話が分かるギルドの上には俺から話をしておこう」
ギルド側で守るにしても情報が無ければ初動の遅れが致命的となる可能性がある。マイルズは今回の件を誰に話すのかもう決めていたのだった。
これから自分が策謀の渦中になると露知らず美味しいものたくさん食べれたミレーアはご機嫌のまま自身の部屋へと戻っていた。
「え~と、あの人たちに言われたことは……」
部屋に戻ったミレーアが最初に行ったのは道具のチェックだ。冒険に出る時、様々な小物を持ち込むことは多々あり状況に合わせて使い分ける。そして、いざ使う時に壊れていたり何処にあるのか分からない様では話にならない。買ったばかりとはいえガラス瓶などは移動中に何かとぶつかり割れることは間々あることだ。バックから小物を取り出しミレーアは入念に確認するがどの道具にもこれといった問題はなさそうだった。
「うん、なら次は……」
小物の確認が終わり次に行うのは手に入れた薬草などの確認だ。既に師匠から教えて貰った秘儀により変化済みのそれらは市場で売ればそれなりに金額になるだろうが作ったポーションを含めこれらを売るつもりは無い。理由は自身の魔力で変質させたものであるため、他人が摂取した時に何が起こるか分からないからだ。
回復用ポーションも自身の魔力によって効果を高めているがあれとは根本から違うため安易に他人に使うべきではないというのがミレーアの考えだ。
「……それにしても考えれば考える程、師匠は不思議な人だったなぁ」
師匠のことを話していて改めて何者だったのか疑問に思った。怪物染みて強くミレーアは目の前で素手で魔獣を打ち倒す姿を何度も見ている。
教育を受けていないにも関わらず軽い怪我なら回復魔法を使い治すことが出来る程の才能があったミレーアは師匠のように強くなりたいと願った。回復魔法で怪我をした人を救えても戦えなければ目の前で魔獣に襲われて人を助けることが出来ないからだ。
それは家族を目の前で魔獣に殺されどうすることも出来なかったミレーアが抱いた強迫観念だった。
その思いをミレーアは師匠に訴えことで戦い方を教えて貰った。
「―――私としてもこれは実験。どうなるかはミレーア次第、か」
それはミレーアの師匠が最初に告げた言葉だ。師匠にとっても自分を鍛えることに何かのメリットがあったと言うことだが、今思うと実験とはどういうことだろうかとミレーアは疑問に思った。
覚えている限り師匠に何かされたわけはなく寧ろ大切に育ててくれた思い出しかない。
修業は回復魔法を使って自力で治療出来るからとかなり厳しく行われ怪我すれば回復魔法で治療し、それが魔力切れになるまで行われた。回復魔法の腕前が上がればより大きな怪我を負わされたが、そのかいあって今では骨折くらいなら朝飯前だ。
虐待ともとられかねない修行だったが、ミレーアの回復魔法の技量に合わせた怪我を負わせていたことからしっかりその辺りを見極めて負傷させていたと彼女は確信している。
修行以外では気さくで少しズボラな困ったお姉ちゃんといった感じであったが一緒にいて苦にならず覚えておいて損はないと識字を含め戦い以外のことも多く教えてくれた恩師であり、それに故に置手紙だけおいていなくなった時は少し間、ミレーアは涙で顔を濡らした。
師匠は選別として置いていったのは換金用の魔物の素材と幾つかの武器そしていつか自分の信頼できる相手に任せて作って貰えとだけ書かれた何かの素材だ。その素材は魔獣とは違う雰囲気を醸し出しており何処か神秘的すらあった。彼女の師匠が置いていった幾つかの武器にも似たような雰囲気を漂わせていることからこれらは同系なのだろうと察せられた。
「とりあえず準備はこれで終わりかな」
明日に備えスタミナポーションを複数作り、緊急用の回復ポーションも少量作製した。今日は持ち込まなかったが素手で戦っては危険な魔獣もいるため、念のため武器もマジックバックに入れた。
「これで終わり後は……」
ミレーアはくるっと自身の部屋を見る。
ある程度の手入れはされているが少し小汚い部屋。しばらくここに住むのだからもう少し綺麗にした方が良さそうだと考えたミレーアは魔法の発動させた。
「クリーン」
ミレーアが短い詠唱によって魔法を発動させると小汚かった部屋があっという間に綺麗になった。師匠と暮らしている時に住んでいた家を掃除するために使っていた魔法だ。
これよって床や壁の染みや残された埃を綺麗に取ることが出来る。片付けが苦手で自分の部屋に関してはズボラなことも相まって放って置くと汚かった師匠の部屋を綺麗にするためミレーアが独学で編み出した。
攻撃系の魔法は使えないがこういった補助的な役割の魔法はいくつか使えることが分かったのはのは自身が幾つくらいの年齢になった時だったかなとミレーアはたわいの無いことを考え始めていた。
「お金に余裕があれば試しに魔導書を買ってみるのもありかな」
今、ミレーアが扱える魔法は独学と師匠に教えて貰ったものだけだ。師匠も攻撃系の魔法が使えず身体強化と独自の魔力の使い方しか出来なかった。
回復魔法に適性があるのは知っているがそれでも他の属性の魔法も使えるのか使えないのかそれすらも分からない。当面の目的はそういった基礎的なことを学ぶことを重点的にやることにしたミレーアだった。
師匠としてとりあえず使わせて体で覚えた方が速いかな程度の感覚で修行させてみたらたまたま一発目でうまくいってしまった。