第二十八話 異獣
「……とある世界? 国では無く?」
「ああ」
念押しするように聞き返すジーロにアギトは首を縦に軽く振り肯定する。ミレーアは二人の会話の意味が分からず首を傾げた。
「つまりこの方舟は異界から来たものだと?」
「理解が早く助かる。……もしかして伝承でも僅か残っているのか?」
「あまり一般的ではありませんが、それを示唆するような記述を幾つか見たことがあります。最も大抵はお伽話の類ですが」
だがそのお伽話が実話を交えて作られたものだとしたら?アギトが語ったようにここが方舟の内部ならばここにいた者達は何処に行ったのか?そんなこと聞くまでも無い。つまるところ……
「この世界にいる者達は箱舟によって別の世界からこの世界に逃れたきた者達の子孫ということですか?」
「全員かは分からないがな。俺の居た世界には俺が知る限りでは方舟は無かったが人間はいた。この方舟でこの世界にきた人間達とこの世界に元々いた人間が結ばれ交わった可能性は十分ある」
「その辺りは話は歴史研究家にでも任せましょう。……これだけの技術を持った者達が逃げて来たというのはどういうことですか?」
武器庫にあったこの世界で言えば最高ランクに値する魔法武器の数々を量産及び目の前で行われている医療技術の片鱗、それだけのものがありながら世界を捨てて逃げなければならないという事態がジーロには想像出来なかった。
「……俺も彼女の又聞きでしか知らないが、原因となった怪物は既にお前たちも目にしている」
既に見ていると言われミレーアとジーロが思い当たったのはここに落ちる切っ掛けを作った片割れである顔に口しかない大型魔獣だ。ミレーアにとってはこれで関わるのが三度目であり、彼女も冒険者ギルドが自身に情報を求めたて来たことからあれが普通の魔獣ではないことも察していた。まだ一般には公表されていないため、ミレーア達が知る由も無いが冒険者ギルドもあれを魔獣ではない新種として取り扱っている。
「一応、あれのことは便宜上異獣と呼ぼう」
「異界から来た獣ということですか……便宜上とは何故?」
アギトの言葉からあの大型魔獣と思っていた相手には本来は違う名があると察したジーロが尋ねるとアギト自身も確信が無いのか少し自信なさげな声音で答えた。
「曰く奴らを本来の名で呼び広めることは奴らに本来の力を与えかねないからだそうだ」
言葉を発することで実現するという言霊というものがある。そんなものが本当に力になるのかとミレーアとジーロは疑わし気な視線をアギトに向けた。視線を向けられたアギトも俺も良く知らんと言わんばかりに肩を竦めた。
「俺は知らないが奴らがいた元の世界では似た事例があったと聞いている」
「それは誰から?」
「ミレーアの師匠だ」
「!?」
それに一番驚いたのはミレーアだ。つまりそれを意味することはミレーアの師匠は……
「師匠もまた異界……別の世界から来たということですか?」
あまりその手の逸話などを読んだことのなかったミレーアは実のところ二人の話にあまり付いていけてはいなかった。ただ話の内容とこの場の異質な技術で作られた様々な物を見ていたことで普通では行けない場所であることは察していた。
「ああ、おまけに殆どランダムで跳ばされる俺とは違いある程度はコントロールが出来ている」
自分は傭兵だと言い怪物染みた実力を持ちながら無名なこと、この方舟に残されていた武器と似たデザインの師匠から貰ったガントレット。自身の師匠が普通では行くこと出来ない異界から来た人物である根拠がミレーアには幾つか思いついた。
「じゃあ、師匠とはもう会えないんですか?」
ミレーア自身には異界を渡る術は何もない。そして、今この世界には現状そういった異界に渡る技術は存在していない。ここの方舟にある技術を応用すればもしかしたら実現するかもしれないが、自分が生きているうちに実現するのかも怪しいうえに仮に実現したとしてもミレーアが使える可能性は著しく低いだろう。この先もう師匠と会えないのかと思い落ち込むミレーアの言葉をアギトは否定した。
「いや、何だかんだで面倒見は良いから稀に顔を出すぞ。まぁ、いっつも突然だがな」
困ったもんだと言わんばかりのアギトの愚痴のような呟き。それを聞いて表情が明るくなるミレーアだが実際には悠長に話を出来る状況ではない可能性もある。アギトの経験した中で一番最悪のパターンは自身の雇われた先の敵対勢力に傭兵として雇われていた場合だ。知り合いだろとも手加減是ずに本気で戦いを仕掛けてくるため大変目に合うことが確定するからである。ただまた会えることを期待しているミレーアにそういった話をするのは気が引けたため、アギトは必ずそうなるとは限らないこともあってそういった実体験を話さないことにした。
「そういえばミレーアの師匠を知っているのならその名も知っているのでは?」
ジーロの言う通りアギトは一度もミレーアの師匠の名を口にしていない。それを不審に思ったジーロが聞くとアギトは「あ~」っとだけ口から声を漏らした。ミレーアもジーロが指摘したことで気づいたのか「あっ」という声を口から漏れた。
「ミレーアには一度も名を名乗らなかったというのはそこに何か意味があるのかもしれないと思ったからだ。もしくは自分で聞きに来いという彼女のメッセージかもしれないぞ。そうだった場合、ここで俺が教えたら今度会った時に俺が彼女に酷い目に合わされる」
少し神妙な声音で返答した。
「あ~そうだとしたら確かに聞けないか」
アギトが口にした理由に何故だか納得したかのような表情となるミレーア。話を横で聞いていたジーロはそれで納得するのかと内心でツッコミを入れていたが、ミレーアの師匠と会ったことも無いジーロにはその人物の人なりが分からず判断材料が無いため二人がそう言うのならそうなんだろう思うことにした。
「それでその異獣ですが、魔獣とはどう違うのですか?」
脱線してきた話を戻すためジーロが質問するとアギトも話が脱線しすぎたことを自覚していたのか彼も話を戻すべき異獣を話を再開した。
「この世界にも魔獣がいるのか……こちらの魔獣の強さの基準が分からないが何とも言えないが元の世界でも第一フェイズではそこまで大した力が持っていない。それこそ弱い種ならそこらの大人が農具相手でも倒せるくらいだ。問題は第二フェイズに入って時だ。環境や状況に合わせて体を変化させた形態であり、強さも相当な幅あると聞いている。さっき襲撃してきたのは第二フェイズに入った異獣だ」
「大型魔獣と同等ですか、新人冒険者ならば脅威ですがベテラン冒険者なら辛うじて倒せる相手ですね。……正直これだけの技術を持つ文明なら方舟を使って脱出しなければならない程の脅威とは思えません」
「俺は見たことは無いが更に上……第三フェイズ。その形態に移行する条件は不明らしいがそれが出現したことで全てが覆ったそうだ」
アギトの言葉にジーロは息を飲んだ。こちらの世界でいえば一級品相当の武器を量産出来る技術を持つ文明が勝てないと判断し別の世界に逃げる選択をする程の力を持つ強大な存在。そんなものがこの世界に現れれば世界は終わったも同然である。
「ただこの世界でそこまで至れる可能性は低い。元の世界と違って大気中に必要なものが欠けているからな」
ただこれに関してはアギトとしても絶対とは言えない。異獣に関しては元の世界ですら未だに未知の部分が多くあり、今でも何か予想外ことが起きないように注意を払っているくらいだ。水中にいた生き物が陸に進出したように異獣がこの世界に適応するために変化する可能性は捨てきれない。
「……ん、話している間にどうやら施術がもう直ぐ終わるようだな」
アギトが空中に浮かぶ光で出来た板のようなものを見てそう述べると不思議に思ったジーロが質問した。
「それは何ですか?」
「空間投影モニターとかいうものらしい。ここに映っているのはただ光で触ればこうやって透過する」
アギトがそう言って光で出来た板に直接触れると手が通り抜けた。その光景にミレーアとジーロの二人は目を丸くした。
「世界を渡っているうちに何度かこういったのを実現させた世界に行くことがあってそれで使い方を覚えた」
今度は光を軽くタッチするような動作をアギトが行うと画面が切り替わりミレーアとジーロの見たことの無い文字が映し出された。それを見て情報確認を行っていたアギトは溜息を吐いた。
「サイクロプスがやられたようだな」
「サイクロプス?」
「あのデカい金属の塊のことだ。正式名称は魔導式自律戦闘車両『サイクロプス』この方舟に搭載されていた防衛兵器だ」
アギトの説明でそれが先程の自分達を危うく壊滅に追いやり掛けた相手の名だと理解した。防衛兵器ということは人に手によって作り出された物であり、あれ程の強力な兵器まで作りさせながら世界を捨てて逃げるしかなかったという事実にジーロは一段と異獣の危険性を改めた。
「兵器……もしや道中でも見たゴーレムと思っていたのもですか?」
「ああ、あれもこの方舟を守る防衛兵器だ。全地形対応多脚型ロボット『ラーニョ』……っと、どうやら施術が終わったようだ」
プシュっという空気が漏れるような音がするとリナが入った箱の蓋が静かに開いた。そこから失った足を義足で補った彼女が立ち上がった。
「調子はどうだ?」
「問題ないです。使い方も中で教えて貰いました」
立ち上がり服装すら変わっていたリナはそう答えたのだった。
本来の名前は大元の作品時に出ます




