第二話 初めての依頼
「え~と、それで探してくる薬草は」
ミレーアは街で買った図鑑をバックから取り出すと薬草の形を確かめる。何度確かめても自分の知っている薬草であり、生えやすい場所も分かっているものだ。
図鑑を仕舞い今度は地図を確認するミレーア。大体の当たりを付けた彼女はそこを目指し歩きながら周囲の木の実や生えている草を引っこ抜く。それらは薬草や希少な木の実等ではなく何処にでも生えている利用価値のない代物ばかりだ。
ただミレーアは知っている。これには師匠に伝授されたあることをすると利用価値が生まれることを。
「ポリューション」
そうミレーアが呟くと彼女の手に持っていた木の実や草の形状が変化した。
「うん、今日も問題なく作れるね。……それにしても師匠もこんな便利な秘儀なのに汚染なんて不吉な名称にするのはどうかと思うんだけど」
ミレーアが変化させたことで手に入れた木の実と草は図鑑では希少なものと書かれいる。どちらも高価なポーションを作る時に必要とされる一品だ。
師匠と過ごしている時に覚えておいて損はないと言わんばかりにこれを覚える序に大量のポーションを作らされた。回復魔法の使い手はポーションを作る時に自身の魔力を込めることでより高い性能の上級ポーションを作製することが出来る。
ポーション作製自体は秘匿されている情報では無いが回復魔法の使い手が作製するポーションに関しては教会の秘匿情報であり、一般には出回っては無い。回復魔法についての専門的な教育は教会でしか取り扱っていなため、在野にいる希少な回復魔法の使い手がそれらを作ることはまず不可能だと言えるがミレーアは大量のポーションの犠牲を対価に答えに辿り着いた。
一般的には使われる下級ポーションも需要自体は多く。作製出来るならば冒険者なんぞやるよりもそれで生計を立てた方がよっぽど安心、安全な暮らしが約束される。ましてや回復魔法の使い手製の上級ポーションが作れるとなれば一財産を築くことも夢ではない。
規律が厳しい教会ならまだしも上級ポーション作製が出来るのに冒険者をやるミレーアはかなりのモノ好きと言えた。彼女としては室内で篭っているよりも外に出て動いている方が性に合っているため、これで良いのだとと思っている。
「う~ん、走らないと到着までまだ時間が掛かりそう」
すると周囲を来るっと見渡したミレーアは木に生えていたキノコと木の実、そして葉を先程と同じよう変化させると空のガラス容器に入れ水筒から水を注いだ。
「ファブリケーション」
そう唱えると魔法によって容器の中身が調合されスタミナポーションが作製された。ミレーアはその新品のスタミナポーションを一気飲みすると目的に向けた駆け出したのだった。
「お~あったあった!!」
今回の依頼のものを見つけご機嫌となるミレーア。必要分を回収し残りはその場に残した。全て回収してしまうとこの場ではここで増えなくなってしまうからだ。それでは後で困ったことになると師匠に教えられたミレーアは必要分以上は回収しようとはせず地図に薬草の情報を書き込んだ。
「うん?」
地図に書き込みを終えると何か聞こえた気がしたミレーアは耳を澄ませた。すると僅かだが人の声が聞こえた。何処焦っているようにも感じられ何か危機的状況に陥っているように彼女は思えた。無視する訳にもゆかず声のした方に向かうミレーア。現場に到着し目撃したのは重傷負い倒れている男性を守るために魔獣に武器を向ける二人の冒険者。
二人が相手にしているのはアーマー・ベアと呼ばれる熊の魔獣だ。両腕や足、胸部付近が硬い外殻で守られておりその膂力も合わせて新人なら見掛けたら撤退が推奨されている危険な魔獣だ。狩りを行う際、気配を消して背後から奇襲することがあり油断していたベテランの冒険者が奇襲され命を落とすことがある。状況から重傷負って倒れている男性が奇襲にあったのだろう。まだ息があることから直前で
気づいたことで辛うじて命を繋ぐことになったと推測出来た。最も早く治療しなければ助からないだろう。
「下手に割り込めば邪魔になるだけだろうし、ここは」
足元にあった手頃な石を握り構えるミレーア。アーマー・ベアが攻撃のため二足で立ち上がった瞬間に彼女は手に持った石を投擲した。
魔力で筋力を強化したミレーアが投擲した石は狙い狂わずアーマー・ベアの頭部に直撃した。強烈な一撃を頭部に受けたことで意識が失ったのかバランスを崩し倒れるアーマー・ベア。その光景を唖然とした冒険者の二人だが直ぐに我に返ると首を断ち切りトドメを刺した。
「今のは……」
アーマー・ベアの頭部を断ち切った冒険者が石が投擲されてきた方向を見ると自分達に向かってきている少女の姿を見たことで彼女が援護してくれたのだと察した。
「助かった。ただ仲間が一刻の猶予も無い。この礼は後日……」
「これくらいなら治せますよ」
そう言って気軽に回復魔法を使い倒れていた男性をミレーアは治療した。その光景に冒険者二人は驚愕し、治療された方も何が起こったのか分かっていない様子で突然痛みの無くなった自分の体を確かめていた。
「ちょ……あんた、大丈夫なの!?」
「あ……ああ、痛みは無い。不思議なことに全部治ってる」
三人目は女性だったようで傷の治った仲間に駆け寄り確かめている。
「君は何者なんだ?」
「今日、冒険者ギルドに登録した新人の冒険者です!」
そうミレーアは自己紹介した。
「はい、確かに依頼品の薬草ですね。それでは報酬の方は振り込んでおきますのでご確認ください」
採取した薬草をギルドに納品したミレーアはカウンターから離れた。
「お待たせしました」
そこにいたのはミレーアが助けた三人の冒険者だ。
あの後、助けてくれたお礼がしたいと言われたミレーアはそれじゃあ、美味しいご飯が食べたいですと答えた。そこで彼らのオススメの料理屋に行くこととなった。既に予約が取れていたのか店に着くとすんなりと通された。
「……連れてきてこういうこというのはあれだけど、少しは警戒した方が良いんじゃないかな?」
三人の内同性である女性の冒険者がそうミレーアに忠告した。それに対して良く分かっていないのか首を傾げるミレーア。これから先、恩人が不幸な目に合うのは見過ごせないため女性の冒険者は説明することにした。
「世の中悪い奴らもの多いからね。親切そうに近寄って引き込んで酷いことする奴らはごまんといるから気を付けなさいってこと」
「む、その時は返り討ちにすれば良いんでしょうか?」
グっと拳を握るミレーア。
「ああ、まぁ、正当防衛なら問題ないよ」
アーマー・ベアに向かって投擲された石はかなりの速度で出ていたことから身体の魔力強化に自信があるのだろう。あれだけのことが出来るなら生半可の奴なら返り討ちくらいには出来るだろうなと三人は思った。
「それにやり過ぎてしまったら治せば良いので」
それを聞いてヒェっとなったのは実際に治療して貰った男の冒険者だ。ミレーアの回復魔法なら例え半殺しにしても直ぐに治してしまうと察したからだ。
「それでも無用なトラブルは極力避けた方が良い。君のその力はこれから先狙わることも多いだろうからな」
「だろうねぇ……そう言えば自己紹介がまだだったね。私はソニア」
「俺はアラン。治療してくれて本当に助かったよ」
「マイルズだ。仲間を助けてくれ本当に感謝している」
「ミレーアです。今日ギルドに登録したての冒険者になります」
改めて自己紹介行う三人と一人。
「本当に新人さんなんだねぇ……それに教会に属していないのにあれだけの回復魔法が使えるなんて凄いじゃない」
「それよりもそれだけの才能がありながら教会に認知されていなかった方が驚きだが」
稀にある様々な事情が絡んで幼い時に教会に引き取られることがなかったと言ってもこれだけの能力があるならば何処かで教会の耳に入ってもおかしくは無い。回復魔法の教育関連は教会がほぼ独占している状態で貴族ならコネ次第である程度は情報を入手出来るかもしれないが市井の一般人では独学で学ぶ以外は不可能だからだ。
それにも関わらず重傷だったアランを即座に治療させてみせたミレーアの才能は飛び抜けている。ちゃんと教会で教育を受けたならばそれこそ聖女として認定されもおかしくはない程だ。
それが冒険者になれる年齢になるまで認知されていないなど何処かで意図的に隠していない限りまずあり得ない。
しかし、その場合彼女が冒険者という立場にいることが酷く歪な有様だ。その才能を隠されていたのならそれ相応の目的があったと見るべきだからだ。
「師匠に拾われて少し外れたとこに住んでいたからじゃないかと思います」
拾われたというミレーアの何気ない言葉に事情を三人は察した。そこについては触れず師匠のことについてマイルズは聞くことにした。
「その師匠と言うのは冒険者だったのか?」
「本人は傭兵って言ってました。背中に大剣背負ってましたけど基本素手で戦ってましたし。なんかめちゃくちゃ力あるみたいでアイアンゴーレムを投げ飛ばしてました」
「ええ……?」
ミレーアから語られた師匠の強さにソニアは何とも言えない声を出した。アイアンゴーレムは全身が鉄で出来たゴーレムであり魔力による身体強化を使っても投げ飛ばせる重さではない。
「……え、何それが本当ならミレーアちゃんの師匠って怪物か何か?」
思わずといった感じでそう本音を呟いたアランだが、直ぐにしまったという顔をした。拾い育ててくれた相手を怪物呼ばわりされミレーアの気を害したと思ったからだ。マイルズとソニアもアランの失言に何言ってんだ馬鹿と言わんばかりに顔を顰めた。
しかし、それに対してミレーアはあっけらかんとした口調で返した。
「ん~師匠は自分ことをかいじゅうとか言ってました。口からなんか光線とか出してましたし本当に人間だったのか少し怪しかったですね」
三人もミレーアの語る師匠が本当に人間だったのか怪しく思えてきたのだった。
師匠の教育の賜物で殴って反省させて後で治せば良いと思っています。