第十三話 同類
「パパ……ママ!?」
それは今でも忘れられぬ記憶。突如として村を襲った強大な魔物の軍勢は次々と村人達を見つけ捕食した。隠れやり過ごそうとしたものを無駄だと嘲笑うかのように正確に居場所を探り当て捕食してく様を見てミレーアの父親は隠れことが無駄だと察し娘を抱き抱えて走ろうとして背後から別の魔獣に襲われた。父親が襲われたことで呆然とした母親を更に別の魔獣が襲い掛かり組み伏した。牙を突き立て肉を引き千切られた痛みで叫び声を上げる二人。息があるうちに父親が力を振り絞ってミレーアに逃げろと伝えた。しかし、恐怖で足が竦み動けない彼女はただ両親が喰われていくのを見ているしかなかった。そこへ両親に捕食してる魔獣と同じ姿の魔獣が彼女に近づいてきた。蜥蜴のような体躯に虫のような手足。特に前肢に至っては鎌の様に鋭く彼女の体など簡単に切り裂いてしまうだろう。頭部には口はあるものの鼻や眼に相当するものがない不気味な容貌に一層彼女は恐怖した。
「来ないで……来ないでぇ!?」
狂乱状態となったミレーアはあらん限りに叫ぶがそんなことなどお構いなしに無機質に近づく魔獣。その様はまるで固い外殻を持つ故に感情がまったく読めない虫を思わせた。焦らすことも無く近づき彼女の体を喰い千切ろうとした魔獣の頭部を背後からヌっと現れた腕が掴んだ。
「……本来の餌が見当たらなくて手当たり次第、見境なく襲い始めたか」
まだ若い女声。声の主は掴んだ魔獣の頭部を握り潰し壁に叩きつけた。手に付いた血を払い彼女はミレーアの方を見た。
「生き残り……」
それがミレーアと師匠との出会いでもあった。
「……姿形は全然違うけど、村を襲った魔獣の同類?」
村を襲撃した魔獣は師匠が全て殲滅した。世界中に魔獣がいるように村を襲撃した魔獣の同種がいることは何らおかしいことでは無い。あの時は小型が複数と大型が一体の群れだった。今いるのは大型が一体だけだ。ミレーアは他に小型の魔獣がいないか外の光で明るくなった周囲を見渡すがそれらしき姿は無かった。
「いないのは有難いけど……どうするかな」
自身の渾身の一撃でどれだけダメージを与えられているのかまったく分からない現状ではもう一度、同じことをするのか悩んだ。あれは魔力消費も大きくデメリットもあるため、ミレーアとしては出来るだけ乱用したくないのだ。
「助けが来るまで粘るか」
下水道の天井が壊れるという事態まで起こっているのだ。街の冒険者ギルドも異常に気付き此処に向かっているだろう。それを期待し生き残るためにミレーアはこちらを捕捉し襲い掛かって来た大型魔獣の攪乱するために激しく動き回る。別の場所に逃げなかったのは再びブレスを発射されては今度こそ生き埋めになる可能性があるうえ、これ以上被害を大きくしない為だ。早く助けが来て欲しいと願いながら彼女は決死の活動を続けるのだった。
「やれやれ、ここまで切羽詰まった状況になるとはね」
対策会議の途中であったが街の中で下水道の天井が一部崩落という前代未聞の事態に非常事態宣言を発令され街にいる冒険者に緊急招集を懸けた。街に残っていた冒険者も異常事態に気づき既に冒険者ギルドに集まっていた。依頼は受けられるのは大型魔獣と戦えるランクの冒険者のみとされ、街の防衛及び複数の冒険者パーティの総合的な指揮は元冒険者でもあるルイーズに一任されることまでは決まったのだが、先程起こった崩落によって一刻の猶予も無い状況と判断され依頼を受けられる冒険者を急ぎ搔き集めたところだ。大型魔獣の討伐依頼を引き受けられるランクとなれば引く手数多なため、日によっては依頼を受けて全員街に居ないなどよくあることだ。この緊急事態に数パーティだけでも集めることが出来ただけでも御の字と言えた。
「現状で地下で害虫害獣駆除を受けていたのは何組かあるけど……まぁ、手遅れだろうね」
あの後、下水道への入り口から帰ってきた冒険者の報告がなかったことからルイーズは全滅したものと判断した。
「……それにしては少し騒がしすぎないか?」
魔獣の咆哮と暴れ回ると分かる戦闘音。明らかに何かと戦っていることは明白だ。新人冒険者の生き残りがいたとしても大型魔獣とここまで戦える筈がない。ならば別の大型魔獣の可能性もある。それはそれで問題ではあるが聞こえる咆哮が一つしかないため、その可能性をルイーズは早々切り捨てた。ならばこの音は何なの疑問に思ったが、今現場に向かっているのならここで考えても仕方が無いと割り切りその眼で確かめれば良いと考えた。
「それじゃあ、いくよ。今更ビビッてる奴はいないよね?」
「まさか、魔獣に俺達の街を荒らされるのは我慢ならないから早々ご退場させてたいくらいさ」
ルイーズの軽口に冒険者の一人がそう返した。口にはしていないが他の冒険者も似たような意見だ。
「それは結構。今回は報酬も弾むから各々しっかりと仕事するように」
現場に到着し路面に出来た裂け目から中の様子を伺いその光景に一同は息を飲んだ。
「はっ……ふぅ」
大型魔獣の攻撃を躱し続けるミレーア。本人すらもどれだけ逃げ回っていたのか既に分からない。只々いつもよりも動き続ける体が有難く死んでたまるかという意思と生存本能に従った。ここで死んだらきっと師匠があの世まで追いかけてきてボコボコにされた後連れ戻されそうだ。彼女にはそんな予感がした。そんなの御免蒙ると言わんばかりに必死に体を動かす。生き足掻け最後まで諦めるなという師匠の教え通り助けが来るのを彼女は待ち続けた。
「―――っまず!?」
先程の爆発の影響で罅割れていた足場に踏み込んだ瞬間、その部分が砕けた。それによって体勢を大きく崩したミレーアに大型魔獣の口から生えた大量の牙が迫る。このままじゃ何も成せないまま自分は死ぬ。そう脳裏に過った彼女は絶望的な現状の打開策を探ろうと必死に頭を働かした。
(何か何かこれを乗り越える手段は!?)
体勢が崩れた状態では大型魔獣の噛みつきを躱せない。出来て拳で殴ることくらいだろう。しかし、この短時間では十分な打撃力を発揮させることは不可能だ。それでも何もやらないよりはマシだと言わんばかりにミレーアはタイミングを計る。
「……?」
大型魔獣から発せられる何かがミレーアに右腕に集まり渦巻いているのが見えた。それが何かは分からない。ただ生き残るためならば何であろうと利用すると言わんばかりに右腕に力を込め今まさに自分を噛み砕こうと迫る大型魔獣の下顎に叩きこんだ。
その轟音は思わず近くに天から雷が落ちてきたのではと大型魔獣の討伐に集まった冒険者達が勘違いする程のものだった。今まさに一人の少女に喰らいつこうとしていた大型魔獣。様子を伺っていた冒険者の誰もが今から駆けつけても間に合わないと判断し、見捨てるという冷たい決断をする中で少女が苦し紛れに繰り出した拳の一撃。等級に似合わないしっかりとして作りのガンレットを付けた一撃は一瞬にして誰もが驚く程に魔力が高まり、もはや破城槌の一撃匹敵する程の威力となって大型魔獣の下顎を捉えた。その一撃で大型魔獣の下顎は砕け散り衝撃で吹っ飛ばされて壁へと激突した。
「……え?」
予想外の事態に拳を振るった体勢のまま思考が停止し硬直するミレーア。今のデタラメの一撃は何だったのかあそこまでの一撃を放って何故自分の腕が反動で何ともないのか疑問だらけだ。
「おい!! 大丈夫か!?」
その声に我に返ったミレーアは声のした方を見ると幾人かの冒険者が上から降りてきて向かってきているのを見た。彼らも今の光景に驚愕していたもののそこはベテランの冒険者。直ぐに立ち直り今が突入のチャンスだと言わんばかりに一斉に下に降りてきた。助かったそう安堵したミレーアはまだ戦いの途中であることも思い出し慌てて自分が拳で吹っ飛ばした大型魔獣を見た。下顎砕け散り血をドボドボと流しながら呻き声を漏らし動き出す大型魔獣はミレーアとこの場に駆け付けた冒険者に眼無き顔を向ける。
「おいおい、まだやる気なのか?」
下顎が砕け戦意喪失してもおかしくない重傷を負いながら戦意が衰える素振りを見せない大型魔獣に冒険者達は戦慄した。この魔獣は命尽きるまで決して止まらないそう思わせるだけの雰囲気を発していた。
「嬢ちゃん、さっきの一撃はまだやれるのか?」
「え―――と、すいません。さっきの一撃は我武者羅に出しただけで自分でもどうやってやったのか分からないんです」
期待に応えられなくてすいませんとばかりにそう説明するミレーア。その答えに誰も落胆する事無く朗らかに答えた。
「そっか、なら仕方ないさ。嬢ちゃんは新人なんだろ? あとは俺達ベテランに任せときな」
「……分かりました。自分は回復魔法が使えますので何かあったら私が治療します」
大人しくベテラン冒険者に従ったミレーアは自分のやれることを告げると周りは驚いた顔をした。
「あれま、噂になってる例の新人だったのか。……こんなところで失わずに済んだのは僥倖だな」
そこで言葉を区切り大型魔獣の方へと彼らは視線を向けた。ミレーアは邪魔にならないように後ろに下がり様子を伺う。大型魔獣は身を震わせるとビシビシと何かが裂けるような音が聞こえてきた。一体何が?と一同が訝しむと頭部から一本の角、背から新たな一対の脚が生えてきた。新たに生えた一対の脚は先端が尖っており歩行用のものというよりは槍を思わせる鋭さだ。それを証明するかのように通路に今しがた生えた脚を突き刺し引き抜くとその結果に満足するかのように掲げた。
その光景を見た冒険者達はこれは一筋縄はいかないなと気を引き締めたのだった。
師匠「こんなところで死んだら尻叩き100回だった」




