第十話 下水道
「それにしても助かりました」
「別にいいよ、私も何かとっても不愉快だったし」
シャーリィの手をクルトが強引に掴んだ姿を見て凄まじいまでの嫌悪感をミレーアは抱いた。それが何なのか分からず思わず師匠に教えて貰った男を黙らす最適な方法を実行した。クルトが痛みに蹲っていた隙に離れた二人は今、道具屋で冒険に必要な道具を揃えていた。ミレーアが買ったのは携帯食料のみだがシャーリィが購入したのは携帯食料に加えて下級の回復や毒消しポーションだ。
「ミレーアさんはポーションは……自分で治療出来るならいりませんね」
「一応、緊急用に自分で作って持っていはいるよ」
「ああ、材料があるなら作れないこともないですからね」
今でこそ安価で買える下級ポーションだが、かつては一部素材が大量に入手することが難しかったため材料の人工栽培方法が確立されるまで今とは考えられない程高額だった。人工栽培された素材は全て回復ポーションを作製する業者や上級ポーションを作る教会に回されるため、冒険者が材料を手に入れるには天然物を探すしかない。そして作成方法を知っているからといって作れるわけでは無く、練習が必要なためある程度の量の素材を集めなければならない。それもあり実は冒険者で回復ポーションの作成が出来る者はいないわけでは無いが多くはない。メリットとしては人工栽培されたものよりも回復力が高いポーションを作れることだが、それなら教会で作製する上級ポーションを買えばいいだけである。他にメリットを探すならば冒険者を引退した後の働き先の確保程度だ。
「ミレーアさんはこれから依頼を受けに?」
「また討伐依頼があればそこに参加してみようと思ってるけど……無ければ下水道の害獣害虫駆除でもしようかな」
害獣害虫は新人が受けられる報酬が一番安い依頼だ。内容は下水道に入りネズミやコカローチの駆除となる。勿論どちらもの魔獣、魔蟲でありスライムも多数生息しているため油断すればあっさり喰い殺されしまうだろう。
「ミレーアさんならパーティの誘いなら引く手数多でしょうね」
ただでさえ使い手が在野では希少な回復魔法。それも重傷すら直ぐに治せるのなら誰もが欲しがる人材だ。魔法使いも冒険者の総数から見れば多いとは言えないがそれでもシャーリィを超える人材など探せば幾らでもいる
「う~ん、でもパーティに入ると受けたいものが自由に受けられなくなのがなぁ」
「?……ミレーアさんは主にどういった依頼が受けたいんですか?」
「基本的には何処かの村とか出される魔物の討伐依頼。やっぱり困ってる人を優先的に助けたい」
残念ながらそういった依頼は依頼主が村ということもあり、報酬が安いことが殆どで大した脅威でない限り特別な措置は取られない。一応は安いの依頼料の代わりにギルドからの評価が多く入るというメリットもあるが大半の冒険者は目の前の金を優先しがちだ。実際、長いこと誰にも依頼が受けて貰えず村が大きな被害を被ることなど稀にあることだ。魔獣に村を滅ぼされたミレーアとしてはそういった依頼を優先的に受けたいが固定のパーティを組んだ場合、それが難しくなる。かと言ってソロでやれる程の実力が自分に無いのも彼女は分かっており、そんな無謀なことをやるつもりはない。地道に同じ志の冒険者を探すしかないのが現状だ。
「……ミレーアさんが何故そういった依頼を優先するかは分かりませんが、確かに難しいかもしれませんね」
倒した魔獣の素材に価値があればそれを売ることで足りない依頼料の補填なるが、ゴブリンなど武具の素材にすらならない魔物の討伐依頼はそれすらない。ゴブリンが溜め込んだゴミの中に価値のあるものがあるのを期待するくらいだ。
そして才能のあるミレーアをその程度の依頼で腐らせる程、冒険者ギルドも人材に余裕がある訳では無くその才能に見合った依頼が冒険者ギルドから指名依頼として来るのが目に見えているというのがシャーリィの考えだ。冒険者も上に上がれば上がる程、上位冒険者としての責任や柵で大変なのである。ミレーアはその才能と現状では性格面の問題が見られないことからこのままいけばとんとん拍子に冒険者として本人が望まずともランクが上がっていくだろう。
他人からすればそれは羨ましいことだろうが、本人からすれば自分が一番やりたいことから遠ざかることになる。シャーリィはそんな未来がミレーアに訪れるのを予見したが、あくまで自分の考えでありもっと違う未来があるかもしないとも考えそれを話すことは無かった。
「まぁ、それはおいおい考えるしかないか」
ここで悩んでもいても仕方が無い。今やれることをやろうとミレーアは答えを先送りにしたのだった。
「それでこれが破損した杖か?」
「ああ、講習の最後に魔法体験として新人の一人が使ったんだが爆発した。幸い怪我人がはいなくかったがな」
講習を受け持っていたギルド職員が少し強い口調で備品の整備をしていたギルド職員に告げた。備品を整備していたギルド職員も事故が起こったのならその態度も止む無しかと内心でも思いながら壊れた杖を隈なく調べた。
「……なぁ、本当にこれは過負荷で壊れたのか?」
「そうだと言っている。実際、魔力過剰で内側から壊れているだろ」
杖の先端部分は内側から爆ぜたような形となっており、何処からどう見ても魔力を過剰に取り込んだことで内部で魔力が暴発したのは明らかだ。
「形状だけ見ればな……ただ隈なく確認してみたが過剰魔力にならないようにするための制御系の魔力回路に問題は全く無いんだ。正直いって何で壊れたのかまったく分からない」
講習を受け持っていたギルド職員はその返答に憤怒の表情を浮かべるが、整備担当のギルド職員は冷静に言葉を続けた。
「おいおい、俺が今まで備品の整備に手を抜いたことはあったか? 実際に俺が整備した道具を使っているお前なら知ってるだろう?」
その返答に講習を受け持っていたギルド職員は言葉を詰まらせた。彼の言う通り今まで彼が整備した備品に異常は無く問題なく使えている。そもそも彼はこういった魔法使い用の杖やマジックアイテムの整備の腕を見込まれてギルドがスカウトした人材だ。
「だがな、実際に魔力過剰で壊れたのは間違いないだろうリック」
「それはそうだが魔力回路になんら異常がないのに壊れた原因が分からないとまた同様ことが起こるぜ。そうならないためにも原因究明は急務だ。違うかロニー?」
講習を受け持っていたギルド職員のロニーは整備担当のギルド職員のリックにそう諭されると一度、深呼吸を行った。
「……すまない。先程のまで些か冷静さに欠いていた。確かにお前の言う通りだ……それで先ずは何をすれば良い?」
「俺は道具作りや整備は得意だが、魔法そのものはそこまで得意という訳じゃない。道具が原因じゃなく魔法で問題はあったのならルイーズに聞くべきだ」
ルイーズはこの街のギルドで最も魔法に長けたギルド職員でロニーの同僚だ。彼も魔法に詳しいが彼女には劣る。悔しいがリックの言う通り彼女に見せれば何か分かるかもしないとロニーは自分の部署に戻り聞きに行くのだった。
「うわ、凄い臭い」
講習会の後では既に大半の依頼を他の冒険者が受けていたため、ミレーアがギルドで受けられる依頼があまり残っていなかった。そのため先刻シャーリィに告げた通り下水道の害獣害虫駆除を受けることにしたミレーア。下水道へと繋がる扉を開けた彼女はその異臭に顔を顰めた。事前に匂いが凄いとは聞いていたが想定以上の匂いに気が萎えそうになっていた彼女だが一度、受けた以上は依頼を達成しなければと気合をいれ先へと進んだ。明かりは魔力で光るランタンを冒険者ギルドから貸し出されており問題は無い。流石にここまで汚い場所にいる害獣などを素手で触ることは躊躇われたため、彼女は師匠に貰った棍棒を持ってきている。
「うわ、スライムか」
討伐依頼対象では無いが放って置いてもを襲って来るため倒すしかない。スライムには粘液の体を統括する核がありそれを潰せば倒せる。魔法であれ炎で燃やしたり凍らせればもっと手早く終わる不意を打たれなければ倒すのは簡単な相手だ。
「よっと!!」
ミレーアは棍棒を振るいスライム核を潰した。スライム核は保存が難しく核だけ取り出しても直ぐに組織が崩れ素材としての価値を失ってしまうえに原型が崩れボロボロに崩れてしまうことから討伐の証拠として持ち帰ることも出来ない。スライム核を手に入れる場合、専用の保存魔法が必要となる。そんなものは習得していない彼女にとっては金にならない障害物であり淡々と処理していく。
ミレーアが入ってきたことで新鮮な肉にありつこうと下水道の中に住んでいる住民も動き出した。最初の動き出したのは鋭い歯持ち人の首筋を抉り取ることも出来る顎力を持つブラックマウスと呼ばれる魔獣だ。こうしたジメジメした場所を好み時に地上に出てはゴミを荒らすこともあり、ある程度間引かないと被害が多くなるこういった下水道の代表的な害獣だ。襲い掛かってきたところを棍棒で打ち据えるとそれだけで動かなくなった。倒した証拠としてナイフで尻尾を切り落とし彼女は次を探す。
「これは大変だ」
周囲の酷い臭いと周囲は問題なく見えるが遠くまでは見通せないランタンの光。新人ですら嫌がり不人気なのも納得の依頼だ。
「とりあえず少しはマシになるかな?」
全力で「クリーン」を使うミレーア。今までは部屋の中で軽くしか使ったことがなかったが今回は試しに思いっきり魔力を込めて行った。
それによって周囲の状態が見違える程、綺麗となったことで驚き目を丸くした。
「……そう言えばこれも講習で聞いた魔法の定義から少し外れてる」
自然と使えた回復魔法の使い方をベースに独学で使えるようになった周囲を綺麗にする魔法。言葉には力を持つという師匠のアドバイスで完成したこれも改めて使ってみると謎が多いと言えた。
「まぁ、いっか―――それも含めてこれから学んでいけば良いし」
綺麗になった下水道を歩くミレーアはとりえあえず何処まで綺麗になったのか確認しに向かったのだった。
定番の危険が一杯な下水道探索。




